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昨日、世界が滅亡しました。  作者: 伯灼ろこ
第五章 互いの気持ちを
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2.実の姉弟として

「はぁ、はぁ、はぁ」

 小屋の中は狭かった。当たり前だ。掃除道具や使わなくなった家電などで溢れていて、人間1人がやっとおさまるスペースに2人が入っているのだから。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 外は静かだ。地下室の惨劇が、ここにいたら聞こえない。でも、いつ“やつら”が私たちを見つけるかわからない。

「ね、ねぇ……ここにあった死体、外に放置して大丈夫だった? あんなの、私たちがここにいますって言ってるようなものじゃない?」

「心配は要らないよ。とにかく生きている人間の匂いや音さえやつらに届かなければ、裏へ来ることはない」

「はぁ、はぁ……自信、あるの?」

「ある。何故なら、解き放たれた極悪犯罪者たちが次にどこを目指すかが……手に取るようにわかるから」

「そうなの? ……はぁ、はぁ、はぁ」

「……律、もう少し呼吸の音を抑えられない?」

 私を胸に抱きながら、奏がお願いする。

「ごめん、なさい。でも、自分ではどうしようもなくて」

「……そう。怖かったね」

 よし、よし。奏は私の頭を撫でる。

「なによ……あんた、なんでそんなに冷静なの」

 年上と年下の立場が逆転したようで、私は納得がいかない。

「まぁ、罪人とか死体とか、見慣れてるから」

「刀を上手く扱ってた」

「上司に鍛えられたから」

「私を護ってくれてる」

「……当たり前」

 頭から足の先まで、全てを弟に委ねる。距離なんて無いどころか、互いが互いの身体を侵食している。苦しくなるくらいにくっついたのは初めてだ。

「ごめんなさい」

 私は謝った。

「いや、あんな光景を見たら誰だって怯えるよ」

「違うの」

「ん?」

「私……他の人の妻になっちゃった」

「……。ああ、だから?」

「え? だから……」

 だから、奏にはしばらく会えなかったし、まさか処刑人なんて道を選んでるなんて知らなかったし、私だけ、こんな裕福な生活を送ってしまっている。申し訳ない気持ちでいっぱいで、でも、だからといってどうしたらいいのかわからなくて。

「律は尾張都嵩のことが好きなの?」

「まさか!! やめて!」

「ふうん?」

「仕方なかったのよ……! あのとき、私には尾張の正室になる以外に道がなくて」

「わかってるよ」

 奏は薄く長い息を吐きだし、私のうなじに唇を這わせた。その感覚がこそばくて、肩が震えた。

「か、奏??」

「……ごめん……安心したんだ。もしかしたらって考えてたから、事実は違うとわかって、少し、力が抜けた」

「疑ってたの~?! やめてやめて。本当なら、このままエデンの園から連れ出してもらいたいくらいなのに!」

「……本気?」

「本気。でも、ムリ」

「そうだね」

 逃げ出すには、私は多くのものを抱えすぎてしまった。何も持っていなかったあのときなら、どこまでも自由に羽ばたけただろうに。

「でも、律。僕は約束するよ。君は必ず僕が攫うから」

「えー! 本当に? 昔見たアニメのヒーローのように、私を魔王の城から救い出してくれるの?」

「魔王? 律は尾張が魔王に見えるの?」

「……見える。だってあの人、魔王みたいに――高見から世界を見下ろしてんのよ」

「……へえ。律になにか酷いことをしたりする?」

「それはない。むしろ、めちゃくちゃ優しい」

 そう答えると、奏は悩むようにぐりぐりと頭を動かす。それがくすぐったくて、私は彼の喉元できゃらきゃらと笑った。

「優しい……か。あのさ、これ言いたくなかったらいいんだけど……その、律は尾張の正室として」

「まだ何もしていないわ。尾張には、私は初めてで何も知らないから怖いと伝えた。そうしたら、あいつは私のタイミングで決めてくれたらいいって言ってくれたのよ」

「そ……そう! そうか、良かった。尾張は優しいね。あ、でも」

 話の途中で奏が何に気づいたかはわかっている。私は奇妙な後ろめたさを感じながら、訊ねられる前に答えた。

「キスは……した。というか、させられた。霧島と、エデン教徒たちの前でね。結婚式みたいなやつを挙げたから」

 奏もわかってはいたのだろう。でも、改めて私の口から聞き、それが事実として彼に重くのしかかっていたことなんて――私は知らなかった。

 奏の指が私の唇に触れる。どきりとした。

「そうかぁ……僕の望みは、叶えられなかったわけか……」

 指の腹で唇をなぞり、奏は溜め息を多分に含ませながら呟いた。

「望み?」

「うん。律のファーストキス。その相手をしたかった」

「いっ」

 思わず叫びそうになった声を寸でのところで抑え、私は弟の顔を睨みつける。今の至近距離でそんな告白は止めてもらいたい。

「適当なこと言わないでよ。あんた、普段から軽口ばかり叩いてるでしょ」

「エデンの園へ入国するまではね。それ以降は常に本気でしか話してない」

「……本気、なの?」

「うん、本気」

 心臓の鼓動がうるさいのは、殺人鬼に対する恐怖だけではない。目の前にいるこの少年の、隠された本音と私への優しさが今まで感じたことのない胸の苦しさを誘引したのだ。

「わ、私とキス……したいの?」

「したい」

 どうして? ――今日はその言葉が頭の中をぐるぐると巡る。何度も壁にぶち当たっては、スタート地点へ戻ってしまう。

 尾張と誓いのキスを強要されたときは、嫌というよりも諦めが先にあったから割り切ることができた。でも、今はすごく考えてしまう。どうして? ――と。

 最初から距離なんて無いに等しい奏の顔を見つめ、私は返事ができないでいた。

「……ちょっと~」

「……え?」

 半ば笑いながら奏は言う。

「いつまで待たせんだよ。こっちはもうその気なのに。それとも、僕とキスするの嫌なの? 尾張とはやったのに」

「その言い方はなに?! 嫌なわけないでしょっ……」

 きっと相当に痺れを切らしていた奏は、私の意思を確認するや否や奪うように唇を重ねた。

 あれだけ脳内を駆け巡っていた思考は一時停止し、触れ合ってしまった弟のそれを受け止めることだけで精一杯となった。

 血の繋がった家族として、決して触れえぬもの。それは温かくて、優しくて、愛しいもの。

「はっ……かな、で……」

「だめ。もう少し」

 一度離れるも、唇は再び一つとなることを望む。厭らしく、じんわりと広がる感情が次を求める。私は自分でも気がつかぬうちに口を広げ、舌の侵入を懇願していた。

 絡みあう舌と、唾液と、身体。

 すごく熱い。扉の外には殺人鬼がいるかもしれないのに、私たちは互いのことだけを夢中で考えた。


 ――ああ、どうしよう。もう、止められないじゃない。


「ごめんなさい」

 奏の胸を押し、私は唇を引きはがすように離した。

「律……ねぇ、好きだよ」

 足りない。奏は切ない声で私の下唇を舐める。

「奏」

「どうして他のヤツなんかのものになったの?」

「奏」

「いつまでも僕だけの姉さんだと思ってたのに」

「奏……」

「本当は世界が滅びて良かったと思ってたんだ。邪魔なやつらが全員死んで、律と2人だけの舞台になれたから。なのに、尾張都嵩は悠々と僕から姉さんを奪っていった」

「かなで」

「好き、好きだ。律、お願いだから僕の元へ帰ってきて」

 痛いくらいの、心の叫び。奏は私の首筋に噛みつくように赤い“所有印”を押した。

「あ……」

 我が物顔で居座るそれを指でなぞったあと、我に返った奏が焦りをみせる。

「やば。族長にこれなんて説明すれば。だってすぐに消えないよね」

 私は溜め息を吐いた。

「殺人鬼にやられたって言うわ……。尾張は私が言うことを疑わないから」

「本当に大丈夫かな……」

「あら、危なくなったら助けに来てくれたらいいじゃない」

「え」

 私はギュッと口角をあげ、悪戯っぽく笑ってみせた。

 今度は私の番。なるべく我を失わないよう、意識をしっかりと持って奏の――弟の唇に吸い付く。

「私が好きなんでしょう? シスコン野郎っ」

「なっ……そんな、軽いもんじゃ」

「わかってる。というか、今、わかった。私も奏が好き!」

 弟はキョトンと目を丸くする。

「……は、はぁ~? なんもわかってなさそうなんですけど」

「失礼ね。ちゃんとわかってるわよバカ」

 私は頬を赤らめ、それを隠すように奏の胸に顔をうずめた。

「好きなのよ、奏。私も貴方の元へ帰りたいよ」

「……。律――」

 ただ自覚をしていなかっただけなのかもしれない。私は弟が好きで、弟は私が好きで。終わってしまった世界の中であんなに楽しく過ごせたのは、大好きな人が一緒だからだったのだ。

 こうやって触れ合ってみて、舌を絡ませて、ようやくわかった。

 私は、弟を愛している。

「弟なのに……とか、思わないわけ」

「あんたこそ。私は実の姉なのにさ」

「関係ないよ。好きなもんは、好きなんだから」

「私もそうなの」

 再び接近しあう唇は、しかし最初に求めた側が思いとどまる。

「外、出よう。死刑囚たちは別のところへ移動したはずだから」

 せっかく気持ちに応えたのに、奏は不自然なタイミングで現実へと戻っていた。私は膨れる。

「興醒めなんだけど。私の気持ちが確認できたら、もう満足なわけ? 用済みなわけ?」

 奏は私と目を合わせようとせず、なんだかソワソワとしている。

「そういうわけじゃ。意外だったし、嬉しいよ。けど、ずっと律と密着したままだったら本気で我を失っちゃうかもしれないから」

「うん?」

「花街で朝匕に裸を見せられたとき、律のが見たいとか考えてたくらいだし」

 何が言いたいのか、やっと理解した私は顔を赤くし、おずおずと物置小屋の扉に手をかけた。

「けど、本当に大丈夫かな? 小屋が死刑囚に囲まれてたり……してないかな」

「その点に関して心配は要らないと思う。探索班の死体をいたぶり、マンションを出たやつらが次に狙う先は容易く予測が立てられるから」

「それ、さっきも同じこと言ってたわよね。死刑囚たちはどこを目指しているの?」

 奏は答えた。


「“エデンの園”」

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