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昨日、世界が滅亡しました。  作者: 伯灼ろこ
第五章 互いの気持ちを
17/28

1.死体集め

【登場人物まとめ】


(※)第三章のキャラクター表と見比べて頂くとよりわかりやすいです。


■尾張律(旧姓:一色)

(18歳/女/奏の姉/第1階級“正室”)

■一色奏

(17歳/男/律の弟/第3階級“処刑人”)

■果月ミライ →穀潰しであった妹を救う

(19歳/男/銀行強盗/第5階級“平民”)

■富士原朝匕→客の子を身ごもる

(15歳/女/悠匕の姉、光代の孫/第5階級“平民”)

■堂沢   →奏に処刑される

(28歳/男/デブの遊郭狂い/第5階級“平民”)

■霧島茜

(31歳/女/“エデンの園”幹部/第2階級“支配人”)

■尾張都嵩 →律を見初める

(?歳/男/エデン教、教祖/第1階級“族長”)


《第3階級“処刑人”》

■ソンショウ(62歳/男/処刑人たちのリーダー)

■ディー  (17歳/男/刀の扱いに長ける)

■リィ   (21歳/女/家族思い)

■ハナキチ (25歳/女/人殺しが大好き)

■ブルガ  (27歳/男/寡黙な分析家)

「お初にお目にかかります。僕は第3階級“処刑人”。名は、ディーです」

 黒衣と、腰にさした日本刀。24階にて、平民たちを恐怖で支配するべくその腕を振るう殺し屋――処刑人が、護衛として私の前に立つ。

「ディー……?」

 本名ではない名と、長く見つめるには後ろめたい気持ちが鈍く光る眼。私は視線を合わせられないまま、小さな声で「よろしくお願いします」と答えた。

 どうして? という気持ちが渦巻く。どうしてこの人は――ディーは処刑人の道を選んでしまったのか。

 私のせい? なら、いったいどこから進むべき方向を誤っていたのか。

「律様、参りましょう」

 丁寧な言葉遣いと姿勢が、胸に刺さる。

 真っ白い衣を纏ったエデン教徒が9人と、私と、その護衛が1人。計11人構成の探索班が昼下がりの沙京己へと乗り出した。

 班の指揮をとるのは、原田という名のおじさんだ。少人数の集団をまとめるのが上手く、また段取りも完璧で、エデンの園に必要な資源が空き家となった民家から次々と採取され、台車に乗せられてゆく。

 世界が滅亡する前は、高校で校長をしておりました。原田さんはそう言っていた。

「尾張夫人、如何されました?」

 採取作業の見学よりも、旧市街地の様子に気を取られていた私に原田さんが声をかける。

「いえ、街へ出たのは……本当に久々なので」

「ああ、そうでしたね、夫人はずっと平民でしたから」

「そうなの。でも、気になっていることは久しぶりの外界だけじゃないのよ」

 少し――少しだけ原田さんの顔を鋭く見やる。

「はて? では夫人は他にどんな疑問を?」

「死体が無いの。沙京己の街の、どこを見渡しても」

 私が生まれ育った雫石市や、佐波市、沙京己へ至る場所には住人たちの死体がゴロゴロと転がっていた。それがどうだろう。世界滅亡からおよそ半年が過ぎ――腐りきっているはずの死体は沙京己の街から綺麗さっぱりと無くなっていた。

「消却処分でもしたの? 衛生的に悪いから」

「あー……」

 原田さんは苦笑いを浮かべ、しかし私の身分が最上級であることを改めて思い出し、話すことにしたようだ。

「沙京己の住人たちと、刑務所から出てきた囚人たちには、船をつくる材料となって頂きました」

「ふ、ね?」

 想定をするにはあまりにも難しすぎる答えに、私はキョトンとせざるを得なかった。

「人間を使って、一体どうやって船を造るっていうのよ?」

 おおよそ“エデンの園”設立の根幹に触れるであろうこの質問は、原田さん自身、自分が喋ってもよいものか迷っているらしい。

「答えてちょうだい」

 私が詰め寄ると、原田さんは本当に困ったという顔で視線をキョロキョロとさまよわせていた。

「――人間を軽石のような物質に変化させて、ハンマーで砕き、船型になるよう組み立てていくんですよね?」

 困っている原田さんに追い討ちをかけたのはディーだ。さっきまで沙京己の街を興味深そうに観察していのに、いつの間にか原田さんの背後に立ち、こちらにも聞こえる声量で造船方法を確認させた。

「えっ? あ、あ、そうか……処刑人がいたんだった……こりゃ隠せませんな」

 原田さんは力無く笑い、観念したかのように“エデン教徒の仕事”を告白する。

「尾張夫人。我々教徒の本日の目的なんですが、実は大きく2つの班に分かれて別行動をとっているのです」

「2つ?」

「はい。1つはこの探索班、もう1つは“取引班”です」

「取引……。誰と、何を、取引するの?」

 原田さんは白いコートの内ポケットから瓶を取り出し、中の液体を私に見えるように傾けた。

「この透明な液体はね、白化剤と言いまして……人間の肉体を軽石のように軽く、そして白く変色させる効能を備えているのです。ちなみに日本国では採取できないんです」

「なら、どこで採取するの?」

「マーラオです。ええ、聞いたことのないでしょう。それは国名でも地名でもない、マーラオ族が住む場所を我々が勝手にそう呼んでいるだけです。えぇっと……確か日本列島と韓国との間に位置する孤島ですよ」

「そのマーラオ族が住む島から、白化剤は採取できるの?」

 原田さんは頷く。

「しかしマーラオは彼らの神聖なる地域です。我々のエデンの園と同じく。だから土足で踏み込み、白化剤を採取するわけにはいかない。だから取引をするんですよ。白化剤と、現金を」

 私は有り得ないと首を振った。

「なんですって? 現金? ちょっと待って。世界滅亡後にマーラオ族の人たちが生存していることはわかった。けど、こんな終わってしまった世界で取引をするなら普通は物々交換でしょ? お金なんてもらっても、仕方ないじゃない。使う相手がいないから!」

 ここで原田さんはニヤリといやらしく笑った。

「マーラオ族の人々の生活がどんなものか知っていますか? それはひどいものですよ。貧しいところですから家は未だに手作りで、材料は木。セキュリティなんてあったもんじゃない。電気が通らないから家電も無し、ガスが無いから料理をするためにわざわざ火をおこす。しかし着ているものはどこかから輸入したんでしょうねぇ、ちゃんと洋服だ。現金の価値も知っている。でもメディア端末が無いから世界の情報なんぞ入るわけがない」

 ここまでの話を聞き、私の脳に浮かんだのは富士原家の人たちだった。彼らは世間から隔絶された場所で、ひっそりと暮らしていた。世界が滅亡したことも知らなくて、現金の価値を信用していて。

「もしかして……霧島さんたちが現金を必要としていた理由って……」

「そのマーラオ族から白化剤を買い取るためだったんですね。それも法外な額で、白化剤をもっと買ってもらいたいと思わせるために。――世界が滅亡し、現金の価値など無になった事実を知らない彼らを騙すべく」

 割り込むように護衛――処刑人のディーが言う。噛み切るような強い口調だ。

 原田さんの顔がみるみるうちに赤くなってゆく。

「こら! 君、なんという暴言を吐くんだね!! たった今、君は我らの教祖様とそして霧島様を侮辱したんだぞ。この事実は“国”へ帰り次第、真っ先に上告するからな! たとえ処刑人であろうと、我々は容赦せんぞ!!」

 原田さんは激昂していた。私はヒヤリとした冷たいものを背中に感じ、ディーの顔を見た。彼の表情はあくまで涼しげで、動揺も恐怖も感じていないようだった。この余裕は一体どこからくるのだろう。

「ちょ、ちょっと待って……」

 私の制止を振り切り、原田さんは仕事を続行する。怒りに打ち震える様は、信じてきた神を冒涜された信者と同じ。

 どうしよう。このままでは、この少年が処刑されてしまう。周囲を見渡すと、探索班の面々も同じくディーを睨みつけている。今にも殴りかかりそうな勢いで、急激に充満した殺気に私はただどうしようもなく手をこまねいているだけ。

 両手で口元を押さえる。激しく波打つ鼓動のせいでディーから声をかけられていることに気がつかなかった。

「大丈夫ですよ、律様。どうせあいつら――もうすぐお亡くなりになりますから」

 え? なにを言ってるの?

 採取班が進む道をなぞりながら、私はディーに振り返った。彼は答えない。

 つい数分前に反逆者となった処刑人には、2人の教徒がまるで見張りのようにぴったりとくっついている。声が掛けられない。どうしてなの? だって、あの人は私の――。

 原田さんが従えた探索班は、沙京己元刑務所から一番近いマンションの――その地下へと向かった。ここは他のどこよりも血痕が多く、当時の悲惨さを暗に語りかけてくる。

「ここを探索したら、今日の仕事はもう終わりだ。帰ったら反逆者の首が飛ぶ様を見て祝杯をあげようではないか。おい、鈴季、その処刑人が逃げ出さないように引き続き見張っとけ」

 原田さんはディーをきつく睨みつけて見張りをつけさせると、この地下室にある扉の前に立った。

 私はすかさず鈴季という教徒へ擦り寄り、慣れない命令を下してみた。

「ねぇ、私の顔に免じて、処刑人の罪を帳消しにしてもらえない?」

「なぜです?」

「え、なぜって……」

 家族だから、と、言ってもいいのだろうか。いいえ、迷ってる時間なんて無いわね。尾張が妻の友人の罪を不問としたように、私だって家族の罪くらい取り消せるはず。

「その処刑人はね、私の」

 言いかけたとき、処刑人の少年がすかさず人差し指を自身の口元に当てた。黙っていて。と、言いたいらしい。

「私の?」

 鈴季が訝しげにこちらを見る。私はディーの考えが素直に納得できず、しかし安易な判断もくだせずにいた。

「わ、私の……大切な、国民だから」

 散々迷った挙げ句の答えを聞き、鈴季はにこりと笑む。

「まことに正室様はお優しい方ですね。ですが尾張批判は、族長殺しを企むことと同罪なほど重いのです。ですからこればかりは、処刑を免れるものではありません」

 ピシャリと拒否をされ、私は苛立ちを飲み込む。正反対にディーは落ち着きはらい、まるで他人事のようにこの事態を静観している。――何か考えがあるのかなと、そう思わざるを得ないほど冷静で。

「ここを開けば、今月イチの資源が手に入るぞー」

 扉の前で原田さんは舌なめずりをしている。

 扉とはいってもまるで壁のようで、隙間が無い。よく見ると足元にはレールがあり、スライド式に動くものらしい。

 開錠するにはパスワードを入力をする必要があり、そのための装置が扉の端に備えつけられている。以上のように厳重なる設備が施されているここは、緊急避難時にその効果を発揮するシェルターのようだ。

「あの中には、なにがあるのかしら」

 原田さんが求めている資源がシェルターの中にある。容易く思い浮かべられるのは食糧だが、ならば何故もっと早くにここへ来なかったのかという疑問が浮上する。来たくても来れない理由があったのかもしれない。

 私の疑問に答えたのは、鈴季だ。

「や、待ってたんですよ。全員が確実に死ぬのを。んー、まぁ、少し臭うかもしれませんが――……中には、今年の2月15日に避難したこのマンションの住人と、そして」

 ピピ、と、軽快な電子音が地下室に鳴り響く。原田さんに命じられた教徒がシェルターを開くためのパスワードを入力したようだ。あらかじめこのマンションの管理会社へ赴き、情報を入手していたのだろう。

 重い音をたて、スライド式の扉が開く。私はすぐに鼻を押さえた。何故なら、扉の隙間から鼻がもげそうになるほどの強烈な異臭が滑り出てきたからだ。

 ――なんなの、これ。

 しかし、本当に驚くべきは異臭などではなく、開け放たれた檻(シェルター)から勢いよく飛び抜けてきた――猛獣(極悪犯罪者)

 ひっ、と悲鳴をあげる間もなかった。扉の手前にいた原田さんの腕の肩から先が無くなり、続いてもう片方の腕、両足。「助けてくれ」と叫ぶことすら許されず、達磨となった原田さんが赤い水溜まりの中へ落ちた。

 これは――なに?

「律!!」

 処刑人の少年が私の名を叫び、回り込むように背後へ立った。

「ちっ」

 低く落とされた舌打ちと、ディーの呼吸が混ざり合う。

 開ききった扉の前で四肢を分断され、崩れ落ちてゆく原田さんの顔から目を逸らせないまま、私は伸ばされたディーの手を取った。

「……奏!!」

 私はここで初めて名前を呼ぶ。ディーの――弟の名前を。

「お前さぁ、狙う相手間違ってるって。エデンの狂信者どもを殺せよ」

 奏はずっと腰にさしていた日本刀を引き抜き、“極悪犯罪者”が手に握るナイフの一撃を受け止めていた。否、それは私に向けられていたものだった。

 私の視線は開かれたシェルターの中へ滑り込む。中には無数の折り重なった死体。破損が激しいのは、四肢を切断されているからだけではない。

 ――喰われてる。

 四方からあがる8人分の悲鳴と、嬉々とした叫び声をあげている極悪犯罪者――6人。私は嫌な想像を存分に働かせ、結果、身震いを止められなくなった。

「けど、こんなに生存していたのはさすがに計算外だな」

 奏はするりと身を翻し、異臭を放つ犯罪者の首をスパンと刎ねる。断面はスライスされたように鮮やかで、噴き上がる血液すら芸術の一部のように思えた。

「う、うわぁっ」

 休む間もなく向けられたナイフの刃を、弟は手近にあった鈴季の背中を盾にして防ぎ、私の元へ駆けてくる。

「律、こっち!」

 半年間、閉ざされていたシェルターの中で生き延びていた残り5人の死刑囚から逃れ、私と彼は互いの手を強く握りあい、マンションの1階へと駆け上がった。

 地下室から怒号のように響く悲鳴から耳をそらせない。

「かな、奏っ、探索班の人たちがっ」

「はぁっ? そんなもん、ほっとけ!」

 狩り取られてゆく肢体と命と、奏はそれらへ気を向けることなく私の手を引き、前へ前へと進んでゆく。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 マンションから出れば、500メートル先にエデンの園がある。しかし奏は私の足では間に合わないと判断し、マンションの裏手へまわった。

 一瞬の判断だ。連れられた場所は、物置小屋。中にあった腐乱死体を躊躇せず掴んで引きずり出し、弟は私の肩を抱き寄せて身を潜め、慎重に扉を閉めた。

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