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昨日、世界が滅亡しました。  作者: 伯灼ろこ
第四章 造船
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4.支配人との再会

「会うのは、2回目ですね」

 長い黒髪をきっちりと結び、肌色のストッキングにピンヒール、タイトなスーツを着こなし、指には派手になりすぎない適度な色合いのマニキュアをぬり、仕上げに赤い眼鏡を装着した“エデンの園”の支配人――霧島茜きりしまあかねが、律へ向けて頭を下げた。

 律の服装は、囚人服からエデン教徒と同じ白い衣へと変わっている。装飾が少しだけ豪華なのは、一般の教徒と差別するためだろう。

「まさか貴女が選ばれるとはね。ふふふ、大躍進ですよ。平民から族長の正室――第1階級へ成り上がるなんて」

 嫌味ではない。霧島は心の底からめでたいと感じ、律を祝福したのだ。

「私たちエデン教徒は“正室”一色律を歓迎致します。共に新たなる世界への第一歩を踏み出しましょう」

 今、律と霧島がいる場所はエデンの園が居城と定める沙京己元刑務所――その29階だ。ここは支配人である霧島茜のオフィスが配置されている。30階が最上階となり、そこはフロア全体が族長と正室のプライベートルームとなっている。

 これまで第5階級“平民”の身分であった律が一度も足を踏み入れたことのない部分であり、エデンの園を運営する幹部たちとメイドのみが立ち入りを許可されている。構造的には下のフロアと大差無い気がするが、やはり一番大きな違いは――“窓がある”ということだろう。

 牧場で働いているときにビルの全容については観察済みだ。元刑務所であるこの建物に窓という窓は無く、四方がコンクリートの壁で埋め尽くされている。第4階級であるエデン教徒が居住する26~28階にですらも窓が無い。ただ、29階と30階にだけは存在するから、特別な人たちが住む場所であることだけは知っていた。

 窓がある部屋は良い。時間の移り変わり、季節の移り変わり――それらが視界の端にあるだけで何故か納得するものだ。しかし、どうだろう。いざ窓のあるフロアへやってきた自分は納得をしている? 身分も底辺から最上級へ格上げ、しかも族長の正室だからもう働かなくていいし、処刑に怯える必要も無い。それでも納得できないのはやはり、自分で望んだことではないからだろう。

「なんだか不満そう」

 仏頂面の律を見て霧島は笑う。

「平民での暮らしが懐かしい? それとも、尾張の妻になるのは嫌?」

「というか……疑問だらけです」

 そう言うと霧島は腰に手をあて、“休め”の体勢をとる。

「質問してみて。答えられる範囲でなら答えるわ」

 質問など山ほどある。しかし正室である律にですら答えられない質問があるなんて、やはり納得できない。

「あら、答える前から不満そう。ふふ。大丈夫。正室として尾張へ付いていけば、嫌でも全てを知るわ――“エデンの園の真実”を」

 律は小さく息を吐き、とりあえず“自分が置かれている状況”について質問をした。

「男女別居制は、一体、誰に対して敷かれているものですか」

「第5階級以下の男女ね」

「第4階級以上の人間は、第5階級以下の異性との交流は許されていますか。その場合、異性と交流した罪で平民は処刑されますか」

「許されているし、その場合に限って処刑は適用されない」

「つまり男女別居制の本当の目的は、上階級の人間が好みの男性女性を全ての階級から自由に物色する仕組みってことですよね。――遊女を選ぶ客のように」

「んー、その言い方は下品ねぇ」

「事実、族長はその方法で私をめとったわ」

「あ……そうだった。でも庇うわけではないのだけれど、尾張は、時代を遡って復活した色街に興味があっただけなのよ。人と人の関係、交わり、目的――遊郭にこそ人間を人間たらしめる根幹が眠っていると言っていた」

「世迷言ですね」

「手厳しい」

「だって、遊女たちは皆やりたくて何人も男を相手にしてるわけじゃない。どうしても、そうせざるを得ない理由があるから……。それをまるで人間観察の宝庫と表現して楽しむなんて、人でなしだ!」

「まさに、富士原朝匕のような?」

 名を出され、律の肩がビクリと震える。

「まぁ尾張の花街論は置いておくとして、男女別居制についての貴女の見解は少し間違ってるわ」

 霧島は眉を逆八の字に上げ、人差し指で律の鼻先をちょんと突いた。

「男女別居制の真の目的は、族長の血筋を絶やさぬよう妻に相応しい女性を発掘すること。尾張には、焦らず、ゆっくりと正室を決めてほしかったからそのためには他の大勢の男が邪魔だった。勝手にくっついて子供でも作られでもしたら、より邪魔となる。だから別居制度なるものを無理矢理に制定したの。第3、4階級の人間も異性との交流は一応認めてはいるけど、あくまで尾張優先。尾張が妻を決めない限りは彼らも好みの女を決められない。――そんな裏事情がこの制度には隠されていたのよ」

 思わず笑いがこぼれた。心底どうでもいい理由のせいで、律も朝匕も家族から引き離されての生活を強いられたわけだ。

「なら、他人同士ならともかく、家族を引き離す必要はなかったですよね?」

「それがあるかもしれないから、引き離したの」

 首を傾げる律へ、霧島は声を潜めて教える。

「ほら、いる可能性があるじゃない。父娘や母息子、兄妹や姉弟で愛し合っちゃう人たち」

「ないですよ」

「そうかしらー。とにかく、僅かにも可能性があるパターンは全て潰そうと考えたわけよ」

 何故こんなくだらない危惧に対してきっぱりと断言をしてやらないといけないのか。律は霧島の心配性を嘲笑った。

「あとね、さっきから気にしている富士原朝匕さんの件だけども、無事に無罪放免となったわよ。尾張が貴女を妻に迎え入れたとエデン族全員に告知したことにより、ご友人の命を救うことも可能となったから。もちろん、これから生まれる命も」

 律は張り詰めていた胸を撫で下ろし、しかし次々と浮上する疑問と不安を拭えないでいる。

「あの……まだお訊ねしたいことが」

「構わないわ。でも仕事があるから、手短に」

「では、一つだけ。その……私と尾張との、結婚……の告知、は、全ての階級の人にされたんですか?」

「もちろんよ。今日の朝、階級関係なく全員を叩き起こして館内放送を流したわ。なに? 結婚を知られたくない相手でもいたの?」

「……いえ。皆、祝福してくれていると思います」

「ふふ、当然。だって、律さん、貴女はいわば一国の主人と結婚をした――王妃の立場。誰も彼もが祝杯をあげているに違いない」

 誰も彼もが。――そうではないことを、願う。



 結婚発表から数ヶ月が経つ。冬に終わりを告げた世界は初夏へと移り変わり、無人の街に代わって蝉の鳴き声が主人を名乗るようになった。

 地上30階建のビルの最上階から外界を望むと、白い外套を着たエデン教徒たちが沙京己の街へ散らばる様子を幾度となく目にする機会ができた。律はそのまま自室を飛び出し、フロア最奥にある尾張都嵩の部屋を訪ねる。

「ねぇ、いつも気になってたんだけど――」

ノックをせずに入ってしまったからなのか、尾張は律の顔を見たまま手元にある本を棚に戻せずにいた。

 その部屋は図書館さながら、多くの本を所蔵していた。尾張は一日の大半を読書で潰している。エデンの園の運営自体は霧島茜に一任しているといった印象だ。エデン教の教祖にしてエデン族の族長とは一体どんな人物なのかと平民たちは皆ヒソヒソと話していたけれど、本好きで物静かな――普通の青年だった。ただ最大の特徴として、先天的なメラニン不足のために髪も肌も真っ白、瞳は赤く、常人からは少しだけかけ離れた様相をしている。

「あら、ごめんなさい。私ったら、またノックを忘れてしまってた。これがメイドだったら処刑かな?」

 律の悪意ある冗談を笑い飛ばし、尾張はごく自然なる手つきで本を棚の奥へと隠した。

「律、皮肉は止めてください。それより、気になることとは?」

「熱心なるあなたの信者たちよ。頻繁に外へ出てるみたいだけど、なにをしてるの?」

「ああ……資源を集めているのですよ」

「資源?」

「生活自体はエデンの園内だけで事足りますが、服を作るための生地、道具を作るための鉄や木材などは外界に残された資源を使うしかありませんから」

「なるほどねぇ。……ねぇ、私も彼らと一緒に外へ出たら駄目かな?」

 律は首を振られることを前提で、しかしさりげなく提案をした。あわよくば、間違いで許可がおりることを狙いながら。

「平民のときと違って毎日が暇なのよ。私もエデンの園を運営する上でのお手伝いがしたい!」

「いいですよ、別に」

 しかし難題と思われていた希望は容易く通過し、律は呆気にとられたように尾張の笑顔を眺めていた。

「ただし、外界は危険ですので護衛をつけてくださいね」

「あっ、ありがっ……とう! でも、外界のなにが危険なの? 人間ならほとんどが死んでるわ」

「ええ、ほとんどは。でもね、危ない奴に限ってしぶとく生存しているものなんですよ」

 脅し文句をほどほどに、しかし本音は妻が心配だからという理由で尾張は注意を促した。

「すぐに霧島に護衛を手配させます。エレベーターで1階フロアまで降りたら教徒たちの探索班が待機していますから、そこで待っていてください」

「わかったわ」

 肩透かしなくらいに容易く外界への扉は開かれた。やはり族長の正室という身分は、平民とは全然違う。律は、改めて自分が置かれている状況を理解した。

「お待たせしました、尾張律様。霧島支配人より律様の護衛任務を授かりました」

 1階フロアにて、開かれた扉から覗く外界――沙京己の旧市街地を背伸びしながら見渡していた律の背後に、一つの影が忍び寄った。霧島が手配したという護衛だろう。律は顔をあげ、お礼を述べようとした。

 全身が黒づくめの衣装と、腰からぶら下げた物騒な日本刀。現れた護衛の人間は処刑人で、しかしフードから覗く顔には切ない懐かしさがある。

 ギュッと胸が締め付けられるようなこの痛さは何だろう。目の前に現れた処刑人への申し訳なさと、真実を訴えたい焦りと、そして昔のように一緒に暮らしたい願いと――。

「あ、あの」

 言葉が上手く吐き出せない。ただ返事をすればいいだけなのに。

 処刑人の少年は律の言葉を待たず、するりと隣りへ移動した。

 背後でエデン教徒たちの足が床を擦る音が聞こえた。探索を開始したようだ。肩を落としていた律は、自身もそれに習うように入り口へ振り返った。

「さぁ、エデン教徒が本当は何をしに外へ出ているのか――調べにいこうか」

 少年が小さく呟いた言葉を耳にしながら。


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