2.死体の使い道
処刑した死体の“使い道”は決まっている。エデン教にとって大事な資源だから、無駄遣いはしない。しかしこの処理が結構面倒で、正直、殺すことよりも躊躇われることばかりだ。
僕は、その日に処刑された5人分の遺体を台車に乗せ、ハンドルに取り付けられたS字型のフックに麻袋をぶら下げた。この麻袋がまた重く、およそ20キログラムほどあり、そこから赤黒い液体が滲み出てしまう前に仕事を終えなくてはならない。そう、処刑人に課せられた本来の仕事を。
僕は台車を押してエレベーターへ乗り込む。ビル内にあるエレベーターは、第3階級以上の人間が利用を許されている。
僕は1階のボタンを押し、密閉された小さな箱が下降してゆく感覚を全身に浴びる。この時間が一番憂鬱だ。
1階へ着き、外へ出る。そのままビルの裏手へ回り、渡瀬山を上る。牧場を過ぎて最奥地を視界へ入れると、そこでは巨大な建造物が見る者を圧倒していた。しかし、まだまだ完成には程遠い。もっと資源が必要だ。
「はい、これ」
建造物の管理を任されている1人のエデン教徒が、処刑人の存在に気がついて小さな瓶を差し出す。中には液体が入っている。リフトに乗って建造物の上へよじ登った僕は台車から荷物をおろし、乱暴に麻袋を剥ぎ取った。露わとなった親子3人と大人2人の死体、そして5つの生首――。それらに白コートの人間から受け取った液体を振り撒く。すると死体は原型をとどめたまま白化し、非常に軽い物質へと変化した。特徴としては小さな穴が全身に空いており、水に浮くくらい非常に軽い。これは軽石のようなものだと以前上司が教えてくれたことがある。
「あ、これも」
エデン教徒が思い出したようにハンマーを手渡す。僕は掴んだそれで、軽石に変貌した5人の死体を叩き割った。
風が吹く。とっても軽くなった死体たちは、自由を得たようにころころと建造物の上を転がる。付近で僕と同じ作業にあたっていた別のエデン教徒が笑いながらそれを掴みとり――
「ったく、今さらどこへ逃げようってんだよ、こいつらは」
粘着力のある灰色の泥を塗り、建造途中の部位に接合する。こうやって地道ながらも作業を続けていけば、立派な“船”が完成するだろう。
僕は、手の中におさまる小さな罪人を見下ろし、やはり灰色の泥で全てを覆い潰した。
「――はぁ」
身体に臭いが染み付く。血と、脂。脂が一番臭いが強くて、目に刺激を受けて痛くなる。しっかりと洗い流さないと皮膚に蓄積されていくんじゃないかという嫌悪感がある。処刑のあとは、僕はいつも執拗なくらいに自身の身体を洗っていた。
周りの人間は僕のことを大型新人だとか言うけれど、実際のところはわからない。今の自分はただ、人の首を刎ねる行為などどうでもいいだけ。
シャワー室の壁に頭を押し付け、僕は長い長い溜め息を吐いた。
「あ、奏く……じゃなくてディーくん」
廊下を歩きながら濡れた髪を拭いていたとき、リィが遠慮なく僕の呼び名を投げてきた。
「なんですか」
顔をあげると、自身もシャワーを浴びたばかりのリィが廊下の奥を指差して言う。
「談話室で今、ある女の子の話題で皆盛り上がってるよー。ほら、1週間前に族長が結婚を発表した女の子」
無意識にこめかみがピクリと動く。
「実は私あの子のこと知ってるんだけど、もしかして」
リィはある確信をもって僕の顔を指差す。
「あのさぁ、実はディーくんにだけまだ聞いてなかったよね。処刑人に志願した理由~。妹さんを助けるためだってなら、その必要は無かったかもしれないね。だって、律ちゃんは第5階級から第1階級へと大昇進だもん。処刑人には、一度就任しちゃったら死刑にならない限りは二度と抜け出せないんだよー? まぁ、男女の交流が禁止されていた平民のうちは律ちゃんの動向をディーくんは知らないままだったでしょうから仕方ない結果なのかな」
僕は気づかれないように舌打ちをし、無理矢理に引き上げた笑顔でリィに訂正を求めた。
「族長・尾張都嵩様の正室・尾張律様は妹ではなく――僕の姉です」
片手で口を塞ぎ、一応の謝罪を見せるリィの隣りをすり抜けて僕は談話室ではなく自室へと戻った。
元が死刑前日を控えた囚人の部屋であるここは一切の気分が休まらず、ベッドへ潜り込んで閉じた瞳の中に浮かぶのは刎ねた首たちの目だ。数は無数。全てがなにかを僕に訴える。頭を振って掻き消しても、執拗に浮かぶのだ。
「――クソ」
あの日からずっと痛む心臓を両手で押さえ込み、僕は心の中で手を伸ばし続けた。