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昨日、世界が滅亡しました。  作者: 伯灼ろこ
第四章 造船
13/28

1.あの日のこと

 2016年2月15日――滅びもしない世界に絶望をした人類が、自滅というかたちで世界崩壊を実現させてから2ヶ月。春の温かな気候が無人となった日本某県沙京己の街を静かに抱きかかえる。その北部、渡瀬山の麓に潜り込むように建設された30階建の高層ビル――沙京己元刑務所。残された僅かな人類が肩を寄せ合い、新たなる人種“エデン族”として小さな国家を発展させている“楽園”だ。

 しかし“何が”楽園であるのかは、人によって違う。

 四方をコンクリートの壁で固められたビルの内部構造は次の通りである。


 地下2階……第6階級“穀潰し”隔離地区

 地下1階……浄水設備

 1階…………受付

 2~5階……生活必需品製造フロア

 6~23階……第5階級“平民”居住区

 24階…………第3階級“処刑人”居住区兼処刑場

 25階…………花街

 26~28階……第4階級“エデン教徒”“監視人”居住区

 29階…………第2階級“支配人”居住区兼事務所

 30階…………第1階級“族長”と“正室”居住区

 屋上…………貯水槽、発電設備


 他、ビル裏にある渡瀬山の中腹には牧場と畑があり、家畜を飼育し、農作物を栽培している。山の最奥へ続く道があるが、『第5階級以下は立ち入り禁止』である。

 このビル内のみで生活可能である点に目をつけた支配人――霧島茜が、世界滅亡後の拠点として選んだ経緯がある。そもそもの施設が充実しすぎている理由は、ビルが“極悪人隔離刑務所”として設計されたためである。終身刑、または死刑判決を受けた者のみで構成され、世間からは隔絶されていた。

「ここだけの話、世界滅亡の日に沙京己刑務所の極悪犯罪者たちが“何故か”外界へ放たれたわけだが――それは霧島の仕業だという説がある」

 ビルの24階は罪を犯した者たちの“処刑場”として恐れられ、また好奇の視線が寄せられる場所である。――生と死を隔てるこのフロアには常に生臭いにおいが漂っており、日によっては目に刺激のある気体で充満している。沙京己元刑務所が『エデンの園』と改名されたときから処刑人としてその手腕を振るっている垣村正好曰く、処刑場のにおいはどんな最先端の消臭薬品を使おうが取れないという。

 普段は誰も立ち寄りたがらないフロアを居住区としているのは、第3階級“処刑人”。毎日毎日罪人たちの首を刎ね続けなくてはならないため、精神崩壊する者が後を絶たず、処刑人は常に人手不足だ。そのため階級は上位を与えられ、自身・家族ともにエデン教へ入信可能、異性交流も許可されており、以上のような手厚い待遇を受けられる。――しかし、彼らの仕事の真の目的は、罪人を処することではない。

 本日の処刑を目前に控えた処刑人たちは、事務室へ集まって雑談を交わしている。中にはこの職に就いて日の浅い新人もいるが、現段階での精神状態は良好であるようだ。慣れさえすれば、人の首を斬り落とすことなど日常の一部に過ぎない。 

 現在、処刑人の数は5人。彼らを束ねるリーダーの役割を負う垣村正好は、最年長の62歳。通称、ソンショウ。かなりの高齢ではあるが、胸に秘めた覚悟と介錯の腕は相当なるものである。

 彼は処刑人になった目的と、“エデンの園”開国に関する疑問をこっそりと同僚に教えていた。

「それ、私も怪しんでいました。首謀者が誰であるかまでは考えつかなかったですけど」

 世界滅亡の日に、固く閉ざされた刑務所のセキュリティが解除されて隔離されていた極悪犯罪者たちが沙京己の街へ解き放たれた。沙京己の人口が1パーセント未満にまで落ち込んだ原因は犯罪者たちに殺されたことにある。そして、計ったかのように無人となった刑務所に“国”を置いたエデン教――。参謀、霧島茜の暗躍が囁かれるのは、いわば当然のことだった。

 ソンショウの疑問にすかさず同意を示したのは、沙京己を出身とする少女リィだ。

「ほんと、突然だったんですよ。当時私は最期の瞬間を家族と共に迎えるべく家の中にいました。マンションの12階だったんですけどね。そしたら悲鳴が下のほうから聞こえて……」

 リィのマンションを襲ったのは、1年前に世間を騒がせた『〇〇一家惨殺事件』の犯人だ。

 主犯格の女性に指示されるまま男性5人が〇〇家へ押し入り、3ヶ月間監禁の末に皆殺し。乗り込んだ警察官が見た光景は、生きながらに四肢を切断され、ショック死ないし失血死した一家の惨たらしい殺害現場であった。犯行の動機について未だはっきりとはわかっておらず、ただ死刑判決を言い渡されただけで収束した事件。その死刑囚6人が収監されていた沙京己刑務所が開け放たれ、手近にあったマンションへ乗り込んだという流れだ。――人の四肢を切断するために。

「マンションの皆はほとんど地下シェルターへ逃げ込んだんです。私たち家族は、大罪人に殺されることは世界滅亡の始まりにすぎないのだと半分悟りきっていて、家から一歩も動きませんでした。それが良かった。死刑囚たちは地下シェルターを狙ったんです。シャッターが閉まりきる前に中へ滑り込み、密室となった部屋で逃げ場を失った人々、聞こえ始めた悲鳴と……なにかを切る音」

 思い出すと身体が震える――なんてことはない。リィは、淡々と“あの日から”の出来事を整理した。

「悲鳴はもちろん沙京己中から聞こえました。でも、次の日になったらそれも静かになって、それで、あれ? 私たち生きてるね。って……なって。でも他の死刑囚たちが街をうろついてるかもしれないから外へは出られなかった。5日後くらいだったかな、刑務所から白い集団がぞろぞろと出てきて、生存者たちを誘ったんです。――新しい世界(エデンの園)へ」

 その頃には街から囚人たちが1人残らず消失していたとリィは振り返る。

「地下シェルターのことは考えないようにしています。極悪犯罪者とマンションの住人たちが一緒に閉じ込められた空間が未だ開いていないのは、開けられる人が残ってないからなので」

 リィ一家は全員が存命した状態でエデンの園へ入国できた。当初は幸福だとエデンの族長に感謝していたようだが、今は違うと声を小さくする。

「やっぱり、世界滅亡の日に限って刑務所のセキュリティが壊れるなんて有り得ないわ。だって、滅亡なんて結局は間違いだったんでしょ? つまり、世界が滅亡するから何が起きても不思議ではないという論理は当てはまらない。死刑囚解放は、人為的なものです。そう……このビルを手に入れたいがためのっ……」

「……それ以上は口に出さないほうが身のためなんじゃないですか」

 興奮気味にあったリィを諌めたのは、新人の少年だ。静かに、しかし刃物のように鋭く遮る。

処刑場ここは僕らだけの空間ではない。処刑人が処刑されるなんて、そんな面白い話題を国民に提供するつもりですか」

 漆黒の衣装を難無く着こなし、日本刀をぶら下げる姿すら早くも様になっているこの少年をメンバーは「大型新人」だと表現し、日頃よりからかっていた。

 リィは新人からの忠告を受け、「確かにね」と頷いた。

「ははは。だがね、ディーくん。そんな面白い話題はすでに幾度となく提供されてるから……もはや珍しいことではないんだ」

 ソンショウから「ディーくん」と呼ばれた新人は、ハッと思い出し、少し申し訳なさそうにリィの顔を見やった。ソンショウは慰めの意味を込めて、自身の経験を語る。

「俺が処刑人になったのは、娘とその家族をエデン教徒にさせたかったからだ。俺らより下の第4階級でありながら待遇はそれ以上。何故なら、エデン教徒は罪を犯しても死刑にはならないからな。眉間に皺を寄せざるを得ない宗教だが、大切な家族を護るためだから……第5階級“平民”のような、いつ処刑されるかわからない暮らしをさせたくなかった。俺と同じ思いで処刑人になったやつらも当初はいたが、皆精神を破綻させて職務放棄――結果、自身が処刑される場面を何度も見てきた」

「私のお父さんとまるで同じ」

 リィは自分を気遣おうとするディーとソンショウに、その必要は無いと手で払った。

「私の父、有咲進も妻と娘を平民という身分から救い出すために処刑人に志願した。その記念すべき1人目の処刑日に父は……職務放棄し、逆に首を刎ねられてた。切腹すらさせてもらえなかったと聞きました。残された私たちは結局、平民のままで」

「恨んでいるの?」

 同僚の若い女性、ハナキチが有咲里沙リィの顔色をうかがいながら聞く。リィは首を振る。

「恨みとかは無いです。ただ、情けないなぁーって。だから今度は私が母を助けようと思い、処刑人になりました」

「立派だわ。リィちゃんはすでに12人の首を刎ねてるものね。お父様が成せなかったことを受け継いだんだもの……うん、立派」

「褒めすぎです。そういうハナキチさんは、どんな目的で処刑人になったんですか? やっぱり、家族を助けたいとか」

 ハナキチは黒いフードに隠れた顔をにんまりと緩ませて答える。

「ううん。ただ、人を殺したかっただけ」

 リィはすかさず席を立ち上がりソンショウとディーの間に隠れた。

「ちょっとリーダー! あそこにヤバい人がいます!!」

 ソンショウは苦笑いを浮かべつつ、「処刑人にもああいう人材が必要なんだよ」と述べたが、おそらく本心ではない。

「ブルガさんはどうして処刑人に?」

 ハナキチから話題を逸らすため、リィは眼鏡をかけた青年に全員の注意を向けさせる。先程から一言も発していないブルガは、寡黙な処刑人という地位をこの中で確立させている。

「俺は……興味があったんだ」

 ぼそりと話し始めた最初のこの言葉を聞き、リィは小さく悲鳴をあげた。ハナキチと同じ志望動機であると思ったようだ。

「勘違いするな。俺は人殺しを楽しんでいるわけじゃない。興味を持っているのは、何故、処刑のスタイルが切腹なのか――ということだ」

 ブルガの疑問を受け、ディーが反応を示す。

「そうですね。本来、切腹は名誉ある死に方であると聞きます。それも武士や貴族など、上位の身分にのみ許されたと。それがエデンの園では、罪人を罰するためだけの恐ろしい手法と成り下がっている」

「処刑の全てを処刑人だけではなく、罪人にも手を加えさせている点に俺はなんらかの意図を感じている。その疑問を解消させたくて、この地位についた」

「解消される日が来るといいですが」

 そこへハナキチが割り込み、ニヤリと笑む。

「ディーくんってさ、切腹の方法に詳しいわよねぇ。ほら、ディーくんが初めて死刑執行した日……罪人は堂沢とかいう名前のデブだった。あいつ往生際悪くて自分で腹を切らないもんだから、ディーくんが手取り足取り教えてあげてたわよね? お見事だったわよぉ。だって私そこまで詳しく知らなかったもん」

「ハナキチは罪人が腹を切るところなんて興味無くて、早く首を斬りたくていつもうずうずしてるもんな」

 ブルガは呆れたように頬杖をつき、ディーに忠告をする。

「こんな狂った女はあまり相手にしない方がいい。俺たちが本名で処刑人を名乗らないのも、一種の自己防衛のようなものなんだから」

「ちょっとォ、気狂い呼ばわりなんて失礼ね。じゃあ私が狂ってるなら、エデン教の――“処刑した死体を使って船をつくる行為”はどーなるのよ」

 誰もが敢えて口に出すことのなかった疑問にハナキチが実にあっけらかんと触れた直後、ソンショウが椅子から立ち上がる。顔には困ったような笑みを浮かべ、そろそろ公開処刑開始時刻であることを理由に解散を促した。提示した質問の答えを避けられ、しかしハナキチは食い下がることなく素直に応じる。

 処刑人たち全員が漆黒のフードを目深く被り、日本刀を片手に事務室を出ると“会場”はすでに多くの観客で埋め尽くされていた。そのほとんどが平民であり、仕事の休み時間を利用して観覧にきている。逆に言えば、平民の休憩は処刑時刻に合わせてつくられているのだ。

「奇妙なもんだ。次は自分の番かもしれないのに、よくも人の処刑シーンを見に来れる」

 野次馬たちを軽蔑するように見渡すブルガへハナキチが自分なりの予想を話す。

「大道芸人のショーを見る感覚じゃないの? 娯楽感覚と、怖いもの見たさ。処刑場は、不思議と自分がいる世界とは別次元に映るとか。本当のところは知らないけど」

 視線が一カ所に集まる場所には、1歳の女の子、5歳の男の子、28歳の女性が座らされている。このメニューは日替わりであり、今日はとくに人気のようだ。

 処刑人のサポートを務めるのは監視人であり、死刑執行に邪魔が入らず、スムーズに進むよう段取りを組むことが主な仕事内容である。

 複数の監視人たちに睨まれた状態で、罪人の女性はぼんやりと宙を眺めている。幼い子供たちは、これからなにが起きるのか理解していないようだ。

「あれは、親子ですかね」

 ディーがソンショウに訊ねる。処刑人は、処刑場へ入るまで誰が座らされているのかを知らない。

 ソンショウは近くにいた監視人から罪人の情報を得る。

「そうらしい。なんでも、昨日、男の子が誤って“外”へ出ようとしたみたいでな。目撃した平民からの告発で速やかに捕まり、脱走の罪で今ここに連行されている。妹と母親は、連帯責任を取らされている状態だ」

「へぇ」

「惨いと思うか? 幼い命を大した理由もなく狩り取り、しかもあの処刑の順。母親の目の前で子供2人の首を落とすつもりだぞ、エデンの幹部たちは」

 ディーは、フードに隠れたオレンジ色の髪を僅かにも揺らすことなく答える。

「ここは、所詮終わった世界の延長線上です。何が可哀相で、何が惨いのか――なんて、残された僕らにはもう関係ありません」

 それは覚悟を決めた者の返答であった。大型新人の名は伊達ではないとソンショウは感心し、処刑場の中央へと足を延ばすディーを見送る。今回の死刑執行を務めるのは、ディーであった。


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