後日談
あるアパートの一室に、2人の男が立ち尽くしていた。
その部屋は必要最低限の家具しか置かれていない無個性なモノであった。
2人の男は部屋の様子など気にも止めず、それぞれが手にしている大学ノートを読んでいた。
大学ノートには【オカルト体験記】と書かれている。それぞれvol 1とvol 2と番号が振られていた。
vol 1のノートを持っている青年は筋肉質な体格をしている。イケメンというよりは男前という言葉が似合っている。気難しげな顔付で、どことなく近寄り難い雰囲気を出していた。
一方、vol 2のノートを持っている青年は対照的だ。
長身で線が細い体型。銀縁のメガネを掛けたその奥には凛とした瞳が存在感を放っていた。
中性的な雰囲気ながらもどことなく芯の強さを感じさせた。
2人は同時にノートを閉じ、これまた同時にため息を吐いた。
「どう思う、タケル?」
長身のメガネを掛けた青年が尋ねた。
尋ねられたタケルは、大儀そうに頭を掻いた。
「どうって、普通の人間が読んだら、頭がおかしい奴が書いたって思うだろうよ」
「だろうね。でも僕たちは違う」
メガネを掛けた青年は部屋を見回し始めた。
「しかし、この男はあきれるくらい超常現象にのめり込んでいたようだぜ、ヤマト」
タケルはノートをヒラヒラと振った。
そんな彼にヤマトは自分の持つノートを手渡した。
「うん。こっちにさ、【絵画】って書かれた話があるんだけど、読んでみろよ」
ノートを手渡されたタケルは自分の持っていたノートを相手に渡すと、該当するページを繰り始めた。
その間、ヤマトは渡されたノートをペラペラとめくりながら部屋を歩きだした。
該当ページを読み終わったタケルは顔を上げ、ヤマトの方を見た。
ヤマトは壁に寄りかかり、相変わらずページをめくっていた。
「これがあの男の妄想話じゃないとしたら、相当厄介な奴が出現したな。カミトミラ……知ってるか?」
タケルが尋ねた。
「知ってる。かつて神童とまで呼ばれた天才画家、神渡美良……。まさか、彼女が悪霊になっていたとはね」
「良く知ってんな。てか、この話を信用するのか?」
タケルは意外そうな顔をした。
「あぁ。彼女の死は不可解な点が多い。でも、もし彼女が――」
「黒魔術を使っていたとしたら説明がつくんだな?」
「うん」
タケルは再びため息を吐いた。
「見過ごす訳には行かねえか……」
ヤマトは苦笑した。
「これも、あの家に生まれた宿命だな。そう言えば、そっちのノートには僕たちの事が書いてあったよ、【鏡界線】ってやつ」
彼はタケルの持つノートを指差した。
「へぇ、それって【鏡鬼】を退治した時だよな。あの時、ヤマトが結界を壊してくれなかったら手遅れになってたな」
「【鏡鬼】とは前にも遭遇した事があるからね。対処法は頭に入れていた」
「へぇ、しっかりしてんな!」
「出来の悪い弟を持つと、兄がしっかりしないとね」
「言ってろ、クソ兄貴!」
彼らにとっては毎度お馴染みの口喧嘩を終えたところで、2人は玄関へと向かった。2つのノートはヤマトのショルダーバックに入れてある。
タケルが部屋の方を振り向いた。
「結局、俺たちはこの男を救えなかったんだな……」
彼は渋い顔をして言った。
「うん、おそらくね。ノートには、もう超常現象に関わらないって書いてあったけど、無理だったんだろうな」
ヤマトもそれに答える。彼の表情も暗い。
「彼自身が再び足を踏み入れたのか、それとも奴らが逃がさなかったのかは、わからない」
彼のバックに入れられた【オカルト体験記】の持ち主は行方不明になっていた。職場も部屋も放って、どこかに消えたのだ。
「彼が生きているのか、死んでいるのかもわからない。ただ、これだけは言える。彼が最後に望んでいた日常には決して戻る事はできないだろうね……」
2人の兄弟は、主を失った部屋を後にした。