12月26日 海岸
今、私は海岸に立っている。
深夜の海は穏やかな反面、底知れぬ恐さも感じる。
波の音はまるで機械のように一定したリズムを刻み、私を包み込んでいる。
そして、潮の香りは私にここが世界の果てような錯覚を感じさせた。
そう、海とは始まりであり、終わりでもあるのだと私は思うのだ。なぜなら……。
「おい、おっさん!!」
私が無駄に壮大な思索に耽っているところに、若い男が声を掛けてきた。
無言のまま振り返ると、見るからに柄の悪い若者2人が、ニヤニヤしながらこっちを眺めている。
「なぁ、おっさん、こんなところで何してんの? てか、俺たちさぁ、今めっちゃ困ってるんだよね」
さらに私が無反応のままでいると、2人は私に近寄ってきた。
「おーい、聞こえてる? 俺たちさぁ、昨日遊びすぎてお金ないんだよね」1人が私の肩に手を回してきた。
「そうそう、このままじゃあ飯も食えないんだよね、俺たち」もう1人は私の目の前に立つ。
「なぁ、人助けだと思ってさぁ……お金くれない? お・か・ね!!」
「……」
なるほど、これがカツアゲというやつか……だが、こんなことで屈する私ではない。今まで怪奇現象と真っ向から挑んできたのだ。今さら若造2人を恐れる私ではない!! こいつらに社会の厳しさをわからせてくれるわ!!――
「ありがとね~~」
2人の若者は満足げに立ち去って行く。
私のため息をついた。本当に今日はツイてない。私がこの海岸を訪れた理由は、季節外れの海水浴をしに来たわけではない。この海岸には海坊主が現れるという噂を聞いたからだ。しかし、海坊主どころか、不思議な現象は何も起こらなかった。
まぁ、信憑性は低かったし、本当だったとしても、いつ現れるかはわかっていなかった。
それで終われば、そこまで気落ちすることもないが、カツアゲされるとは……。
若者たちの方を見ると、波打ち際ではしゃいでいる。野郎同士で何やってんのよ……。
私が見ていることに気づいたのか、彼らは私の方を向いてニヤニヤしている。
そんな彼らに後ろの海面から、何やら黒い物体が数個近づいている。だが、彼らはそんことに一切気づいていないようだ。
彼らに声を掛けようとしたとき、その黒い物体たちは海面から飛び出した。若者2人も気配に気づいたようで、振り返ったが、遅かった。
物体たちは若者たちに飛び掛かった。
この時、黒い物体の姿形をよく見ることができた。そいつらは体が魚の鱗ようなもので覆われ、顔には大きくギョロつく目。そして、異常に細長い指の間には水かきがついている。その手が若者たちの口を塞ぎ、海の中へと後退していく。
あの鱗、あの手、あれは間違いなく、魚人だ。
私はその場から、動くことができなかった。それは恐怖の為ではなく、魚人たちに魅せられている為であった。
若者たちに対する報復のつもりではない。目の前の異常な現象を目に焼き付けたい一心だった。
この人間性の欠如した行いに、恐れを抱く自分を感じた。間違いなく私は狂っているな……。
そんなことを考えている間に、若者たちの抵抗も空しく、魚人たちは2人を完全に海中に引きづりこんでしまった。
静まり返った砂浜……。
相も変わらず、波は一定のリズムを刻んでいた。




