12月10日 ホテル
「ホテルで起こる怪奇現象」といえば、怪談話ではメジャーな部類に入るだろう。
最近は、野外活動ばかりだったし、たまには部屋でまったりと調査してみるのもいいかもしれない。
そんなわけで今回は、曰く付きのホテルの一室について調査してみるつもりだ。
私は今、K県T市にある小さなビジネスホテルの○○号室にいる。既にホテルにはチェックイン済みで、ベッドに横になり、お気に入りの本「ラヴクラフト全集」を読んでいる。
怪奇現象が起こるのは午前0時。怪談話にはバラつきがあり、女の幽霊が出るとか、窓の外に怪物がいた、または、シャワーが勝手に流れ出すなどの現象が起こるらしい。
まぁ、0時まで待てば噂の真偽はハッキリする。それまではおぞましい空想の世界に浸ることにしよう。
目が覚めると、私の顔に本が乗っていた。読んでいるうちに眠ってしまったようだ。
咄嗟に時間を確認する。0時10分、既に時間は過ぎていた。だが、何も起きていない。
ただの噂話だったか……いや、この前の白線の事もある。とりあえず部屋の中を確認してみることにした。
私はベッドから立ち上がった。すると、不思議なことにテレビが勝手に点いた。深夜のバラエティー番組が放映されている。チャンネルが切り替わり、有料放送の画面に切り替わった。もちろんリモコンで操作はしていない。
また、画面が切り替わった。今度はホテルの一室の映像に切り替わった。どうやら天井隅から撮っているようだ。ベッドの横に男が立っている。私だ。
テレビの映像はリアルタイムでここの部屋の映像を映しているらしい。
天井隅を見てみたが、そこにはカメラらしきものはない。
視線をテレビに戻すと、ベッドの上に黒い人型の塊が立っている。実際にベッドの方を見たが、そこには誰もいない。
すると突然、ベッドが激しく揺れだした。
再度、テレビを見てみると、人型は無く、代わりに黒い靄のようなものがベッドを覆っていた。
ガタガタガタ……。ベッドはさらに激しく揺れている、それと呼応するように、頭上の蛍光灯もチカチカと明滅した。
これはおそらく、ポルターガイスト現象だろう。怪奇現象としては有名な部類だ。
テレビの中の黒い靄はベッドから離れていった。おそらく、窓の方へ向かって行ったのだろう。その証拠に……。
ガタガタガタ……。次はカーテンで閉ざされている窓が激しく揺れ始めた。
私は恐る恐る窓に近寄り、カーテンを勢いよく開いた。
「……わぁお」思わず間抜けな声が漏れてしまった。
なぜなら、窓一面が真っ赤な手跡で埋め尽くされていた。
外側からならいいのだが、よぉく見ると、手跡は内側から付いている。
赤インクならいいのだが、よぉく見ても、血かどうかはわからない。
気づいたことがある。
この手跡はどれもみんな同じ大きさだし、同じ形をしている。一人でやったのだろうか? もしそうだとすると、窓一面を一人でペタペタやっていたのか? なんと言うか……シュールだな……。
そんなことを考えていると、明滅していた蛍光灯が完全に消えた。
私は天井を見上げ、どうしようか考えていると……。
カサカサカサ……。
蛍光灯の隙間から長い髪の毛が這い出してきていた。
髪の毛は際限なく溢れ、とうとう天井全体を覆ってしまった。
幽霊によるアトラクションもいよいよフィナーレのようだ。
さすがに身の危険を感じた私はドアに向かって歩き出したが……。
ズルズルズル……。
長い髪の女が天井から逆さづりで降りてきた。そうだな、スパイ〇ーマンで、主人公とヒロインが初めてキスをした時の構図に似ている。もっとも、この目の前の女とキスするのは御免被るが……。
「……アァ……アァ……アァ……」女は何か呟きながら私の方に手を伸ばしてきた。そして、彼女の指が私の触れそうになったとき、自分でさえ驚いたのだが、私は吹き出していた。
恐怖のあまり頭がおかしくなったのかもしれない。笑いが止まらなかった。
テレビが点いてからの、ベッドを揺らす、窓一面に手跡を付ける、天井から宙吊りなどの一連の現象をこの幽霊が1人で一生懸命やっていたのかと思うと、あまりにシュールで笑わずにはいられなかった。
何がおもしろいものかと思われるだろうが、私の笑いのツボには入ってしまった。
幽霊は無表情で私を見ている。もしかして、怒らせただろうか?
「……その、申し訳ない……」
私は彼女に頭を下げた、なんだか自分が非常に失礼なことをしてしまったように感じた。
そして、頭を上げると幽霊は消えていた。
天井も元に戻っていたし、テレビもいつの間にかバラエティー番組に切り替わっていた。
「……」
私はベッドに横になり、再び本を読み始めた。