第一章 後
「なんだよあれ」
声に出さずはいられまい。この地球という惑星には存在しない黒い巨大な怪物が目の前の少女を睨み合っているのだから。思わず頬をつねると痛みが走り、夢じゃないことを痛感する。
怪物が背を伸ばすとぱらぱらと天井を突き抜けてレイを見下ろしているようになっていて、中学生の体躯にしては少し小さめの体であり、その大きさは歴然としていた。
今は半壊で止まっているがこの体躯ならば全壊せざるを得ない――全壊させた。ますます大きくなって校舎が小さく見える。黒い怪物の大きさは腰が校舎という大きさとなっていた。
空が見えて、満天の星空は、見えない。黒いねじれた線がうねうねと漂っているだけだ。ブラックホールを思わせるその黒い空間にリョウは閉じこめられてしまった。
「ブラックドームの展開要請の受理。発動した」
レイはそう言ってから大剣を握って飛びかかった。
「水属性付加の補助を要求」
そうレイが告げると大剣に水が帯びた。大きな水滴を床にまきながらレイは突っ込み黒い物体の足を斬り裂いた。がっくりとゆったりした動作で怪物が斬られた方の足を庇うように膝を折る。校舎を壊ながら。
怪物は拳を作ってレイに向かって拳を振り上げる。シールド展開、と再び言うとドームがレイを包んだ。拳を跳ね返しその反動で怪物は尻もちをついた。もやはや校舎はコンクリートなどの破片となっていた。リョウは腰を抜かして時々ドームにぶつかってくる校舎の破片に一々首を竦めていた。怖いという感情よりもおかしいという感情が勝っていた。唱えれば次々を出てくる物。黒い怪物。歪んだような空間。地球には、いやこの世界ではありえないものばかりだった。目を疑うがそれはどう見ても本当のことである。
「空間廃棄物除去を要請。決める」
剣を大きく振りかざしてレイは呟いた。そのまま怪物につっこむと大きく飛躍して肩に上ると怪物は暴れ出す。怪物の右手がレイを襲おうとするとレイはすぐさまに振りかざしてあった剣で右手を斬った。獣の咆吼のような叫び声を上げて怪物は暴れに暴れた。
「なんで、なんでだよ。わっけわかんねぇ」
崩壊した校舎や咆吼する怪物。それなのに、人は誰も来なかった。いや、今この黒い空間にあるのは校舎と怪物、そしてリョウとレイだけだった。家やコンビニなんてものは無い。只黒い場所に全壊した校舎があるだけだ。
「……怪物自体は弱い。発動した人物が不慣れ」
冷淡に、なんの感情も浮かべないで、レイは怪物の首を横切りに斬った。黒い粒子が飛び交い、さらさらと生ぬるい風に乗って消えていった。
リョウを包んでいたドーム型のシールドが消えて、その瞬間に教室は元に戻った。全壊していない。だが、教室のガラスは全て割れており机は後ろのロッカーへと積まれていた。
もしかしたら呆気なかったのかもしれない。たったの三発で怪物は倒れてしまったのだ。それともレイという少女が強いのか。今のリョウの頭ではなにも考えることは出来なかった。只、恐怖という感覚が背筋を伝う。彼女は守ってくれていたのかもしれないが、リョウには彼女の冷淡な表情を見る度に恐怖が生まれてくる。
「キサラギスズタカ。貴方は選ばれた」
レイはリョウの方へと歩いてきた。リョウはその分腰を抜かしたままだったので手で体を動かしながら後ずさりして逃れようとする。
「なに、が」
「惑星探し人に」
レイが一歩近づき、リョウは一歩分下がる。不意に堅い物が背中に当たり、それは机だった。積まれている机に背中があたり逃げ道がなくなってしまった。
「変なマークつけるわ訳分かんないこと口走るわなんだよお前!」
せっぱ詰まった表情でリョウが叫んだ刹那、机の山が大きく揺れて大量の机がリョウの頭の上から落ちてきた。ゆっくりとレイが瞳を細めた。冷たい平坦な表情は変わらない。
そこで、リョウの意識はぷつりと途切れた。
……面白くない。第二章からが本番です。……自信ありませんが。