第一章 中
ウインドブレーカーのポケットの中を探ると小銭入れが出てきたので足りるように買えば良い、そう考えながらリョウは歩き続ける。早歩きで。
先ほどまでは閑静な住宅街のために家々から光が漏れていたが、今リョウが歩いている場所はその住宅街を抜けたコンクリートで固められたジョギングコースを歩いているために電灯の灯りしか無く、電灯も少ないために薄暗い。春と暦上では表記しつつも寒さはそれなりにあったので肌寒かった。ジョギングコースは広場の周りに取り付けられていてリョウの通学路にもなっていた。つまり、広場を通るということだった。幽霊とかが出るという訳では無いが、本が墜落したというのは見ていないと信じないリョウでも気にかかる。少し悩んでから、リョウはジョギングコースから一旦外れて広場へと向かった。
広場と呼んでいる場所には木材で出来たアスレチックの横にはだだっ広い芝生が植えられている場所がある。その広い芝生の植えられている場所の丁度中心部分に本が墜落したのだった。もうテープもとられていて警官が立ち寄る回数も少なくなっていった。勿論、こんな夜にはいない。パトロールの警官はともかく。
リョウはそこの中心部分に言って腰を折って目を良く凝らすと暗闇で分かりにくかったが明らかに人工的に埋められた土と芝生の草が混ざっていた。それ以外は別にコレと言ったものは無かったが。
小さく溜息をつくとリョウは踵を返してジョギングコースに戻っていった。
広場を通り過ぎて国道に出るとコンビニが見えた。そこで、リョウタの願いを思い出すと同時にハメられたと分かってリョウは舌打ちする。帰りでも良い、とコンビニを過ぎてしばらく歩くと国道を外れた道に入りなだらかな坂を上り終えると敷地の問題で隣人関係となってしまった高校と中学校が見えてきた。
七世星中学校と書いてある方の学校に入ろうとしたが、校門が閉ざされているのに気づいた。あいにくインターホンという画期的で豪勢な物はこの学校に取り付けられていない。怒られるの覚悟で校門をよじ登って運動場に入るとどこから学校に入るか考える。
まるでスパイになっているような探求心と不安が入り交じっている表情を見せながら、一階の第一理科室の鍵が開いているかもしれないのを思い出す。
幼なじみの坂野雛と一緒になにか合った時に入れるようにと鍵当番の時に開けておいた
場所だった。他の鍵当番の人が毎度締めていってしまうがヒナかリョウが鍵当番の時は常にそこを開けておくようにする。そして運が良いことに今日はヒナ鍵当番で、鍵を開けっ放しにしておいてあった。公務員か教師が閉めていないか、なによりもヒナがとちっていないかが不安だったが行ってみることにした。
学校は山という文字で簡単に説明できる。山という文字の筆順二角目の線の一番端に理科室はある。
運動場を過ぎて点灯のついていない職員室を抜き足で通り、裏庭に回る。そして理科室の窓に近づいて鍵をかけておかないでおこうと約束した場所の窓を引いてみるとカラカラと少々喧しい音を立てて開いた。
思わずガッツポーズをしながらもたかだ現代語訳辞典のために此処までしなくはいけないのか分からなくなる。リョウタの目的はこれではないというのに。
山という文字で表してリョウの教室、二年五組は理科室のおよそ真上、つまりは二階にあった。
窓から学校に忍び込むと二階の階段を目指して歩く。勿論抜き足で、早々と。理科室を出て正面に階段があるのでそこから行けばすぐに二階へ行ける。階段を上れば二年七組の教室が見えて、後は五組に行くだけだった。階段を上りきる。
そこで、リョウの足はとまった。
「……っ!」
両手で口を塞いで息を押し殺す。思わず声を出しそうになってしまった原因はリョウのクラス、二年五組にあった。
青白い光が開きっぱなしの扉から溢れ出ている。蛍光灯の明かりでも月明かりの光でもない。それだったらなんなのだろう。
急に光は無くなり、蛍光灯の光が素早くついていった。五組の教室だけだが。もう先生に怒られても仕方がない、と意を決して足を踏み出す。重りをつけたように重かったがひきずりつつ教室に入りリョウは目を疑った。
「……え」
そこには新米担任教師でも生徒でも普通の教師でもない。青色と水色が強調されている洋服を着たリョウと年齢が同じくらいの少女が、教卓に立っていた。
何処の学校の制服か分からない。制服ではなく洋服と考えた方が早いだろう。はしたないにも関わらず教卓に立ち、降りようとしない少女はゆっくりとリョウを見た。リョウは一歩後ずさりをするが、蛇に睨まれた蛙状態でもうそれ以上は動けなかった。
「おまっ……お前、誰だよ。なんでこんな所にいるんだよっ」
「地球生命体を発見。地球に無事到着完了」
リョウの質問に無視し淡々と平坦な声でそう少女は言った。透き通った透明な声音だった。しばらく少女はリョウをみつめた。
「なん、だよ」
低い声を出したつもりだったが上ずってつい高い声を出してしまいリョウは羞恥心で頬を赤く染める。ミニスカートを呼べる短いスカートを翻して教卓から飛び降りると、リョウに近づいて頬に触った。
「キサラギスズタカ」
「は、え? なんでお前名前しってんだよ」
ぎこちなく言うリョウの視線は少女のなめらかな白い手にいっていて、頬に当てられているその体温のないかのような冷たさに硬直していた。白く、雪のような肌とそこに水滴を垂らしたような水色の瞳。蒼い髪は腰まで伸びていて、その容姿は可愛いの領域ではなく美しいと言えた。
「……地球保安部が欲している人物。そして、私が見つけなければならない人物。――惑星探し人キサラギスズタカ」
目をテンにして少女を見ると目があった。リョウはすぐに顔を逸らしてなり始めた鼓動を抑えるように右手で洋服を握った。
少女がリョウの握り拳に手を取る。ゆっくりと拳を解放させて腕を伸ばした。その間リョウはされるがままでありオーバーヒート寸前の脳ではこの事態についていけなくなっていた。
「……いっ」
思わず声を出してしまい歯を食いしばって耐える。少女はリョウの右腕、詳しくは肩から手の甲にかけて細く白い指を滑らせた。……それだけだった。
しかし、リョウの右腕にはあからさまな変化が起こっていた。ウインドブレーカーを限界までまくって中のシャツも一緒に巻いて、リョウが腕を見る。
九つの輪。一本の赤い線で大小様々な輪が繋がれている。その中の手の甲に描かれている一番小さな輪の色だけが水色になっていた。いや、それだけではない。水色の輪よりは大きいが他と比べれば大きくない輪には青色と白色の地球に似たような色がつけられていた。水色の輪から数えて三番目の輪だった。
「なに、したんだよ! いきなり現れていきなり変なことしやがって!」
「……来る」
「聞けよ。人の話を――」
又もリョウを無視して発した少女に吹っ切れたリョウが掴みかかろうとした刹那、爆音と爆風に巻き込まれて机が奥に吹っ飛んだ。
「……あ、なにが」
自分になんの損傷もなかった。捲ったままの右手を少女に握られていて、周りを見ればとても色素の薄い青色のドームようなものに包まれていた。右手は宙に差し出している。左手で握られていた。おそらくドーム状のものがリョウと少女を守っていたのだろう。
「シールド展開の機動が遅かったら貴方は死んでいた」
冷淡にそう告げた少女にリョウはありがとう、と素直にお礼を言った。状況について行けずに反射的に出てきた言葉であり、リョウの視線も泳ぎ、状況を全くと言っても良いほど把握できずにいる。
黒板を見れば大きく穴が空いていて、緑色の壁なんてない。そして、次の教室、二年六組が見えていなかった。黒いねじれのようなものが発生している。
「来る! キサラギスズタカの保護シールド展開及びブレードの転送を開始」
青いドームに包まれてリョウは呆然と一歩前に出た少女を見詰めた。少女が高らかに右腕を上げると右腕の真上に粒子のような青い光が生まれて固まりゆく。
「――ブレード転送者名は水ノ零」
名乗り上げた瞬間、右手にはレイと同じ背丈くらいの太い剣を持っていて、それと同時に――黒板の両端を掴んで狭いところから出てきた人のように人型の黒い巨大な怪物が出てきた。
プロローグと第一章 前の細かな部分にふりがなをつけさせて頂きました。