第一章 前
兄弟や姉妹というのは、特に弟や妹という立場では兄弟というのはとても嫌なものだとリョウは考える。洋服はお下がり、学校の道具もお下がり、なにもかもほとんどがお下がりなのは当たり前で、兄や姉は嫌悪の固まりだと思う。
喧嘩をすれば兄や姉の立場が不利になるが、それは小さな時だけでお下がりというリサイクルと金の節約は自分が独り立ち出来るまで半永久的に続くことになるし、上目線の見下し攻撃だって半永久的に受け続けれなければならない。
口喧嘩でもおそらく負けるだろうし武力行使に出たとしても卍固めを喰らわされて暗転してしまうだろう。
何故、キサラギスズタカがリョウというあだ名が嫌いなのか、それは簡単なことで兄の名前と被っているからだ。
如月凉太。
二つ上の兄。そしてリョウタも一部の友達にリョウと呼ばれていた。そのあだ名がリョウタの耳に届いたときにリョウタは兄弟みたいで良いじゃないか、と言った。勿論、兄嫌いなスズタカは嫌悪している。
「なあ、スズタカ」
月の光が差し込んでくる中、居間のソファに腰をかけてテレビを見ていたリョウタが、ソファの背もたれから首を投げ出して首を逆さまにした状態で食事に使うテーブルでゲームをしていたリョウに声をかけた。ゲームから顔を上げずにリョウはなに、と反応した。
「出ないな。ニュースに」
「……ああ、あれね」
ゲームから顔を上げてリョウタを見るともうテレビに視線が移っていて、テレビ画面はニュースキャスターが二、三日前にあった逆ギレした生徒が教室の物を壊したという報道をしている所だった。
「もう一週間も経つのに。そろそろ報道されても良いんじゃないか」
大きく伸びをして腰の辺りを右拳で叩いたリョウタは老人くさく見えた口喧嘩になるとやっかいなので黙っておく。
リョウはゲームに顔を戻しながらリョウタが言った報道されても良いことを思い出す。
一週間ほど前の夜に、リョウが住む七世星町の大きな広場に一冊の本が『墜落』してきた。落ちていたのではない。まるで流れ星のように光を帯びて落ちてきた一冊の本。リョウの中学校までの道のりがその広場は通るが本が墜落してきた翌日の朝には立ち入り禁止と赤い文字で書かれた黄色いテープが広場のあちらこちらに伸ばされていて、その中では警察官が蠢いていた。
カメラを持った人とリポーターの人もいて、もう放送されても良い頃だと言うのに全く放送された気配は無かった。放送事項に引っかかるのか、迷信だと思われたのか分からないがクラスでは報道されないままで終わるか放送されるかで賭け事をしている人も多い。リョウは報道されない方に賭けている。お弁当の卵焼き一つを。占いや本当にあった怖い話などのそのテの物をリョウは一切信じていない。喩え、占いが自分に良い方向へ向かったとしてもそれが本当に起こらなければ占いとは言えない。案の定、一度も占いは当たったことが無かった。
墜落してきた場面も見ていなければ、墜落した後も警察官とテープのせいで全く墜落後を見れていないからだ。
自分の目で確かめなければ信用しないリョウの性格は良い意味で用心深く、悪い意味でノリが悪かった。
「リョウ」
「なに」
再び話しかけられた鬱陶しさにリョウはイラだった声を上げた。その瞬間、ゲームの中の主人公が倒れてピロピロとゲームオーバーの表示が出る。ゲームの電源を切ると話しかけたのに黙り込むリョウタにリョウはもう一度なに、と聞いた。
「……あの、さ。現代語訳辞典、お前ん所にない?」
「な……」
ない、と言おうとしてリョウは言葉を継ぐんだ。金曜日の朝にリョウタの所から持っていて授業で使ってそのまま机に入れっぱなしにしてしまっている。
「……教室にある。明日届けるから良いだろ」
兄嫌いなリョウの不満な点は自分の通う中学校と、リョウタが通う高校が隣にあるという点もある。とことん嫌っているわけではないのだけれども。
こういう場合は役に立つ点だが、リョウタは残念と言った表情で体ごと向いてソファに上半身をソファから投げ出してぶら下がったような状態になる。
「宿題なんだよ」
「明日の朝やれば良いだろ」
「ホームルーム前に提出なんだけど」
「パソコン使えば良いだろ」
「インターネットに接続出来ないんだ」
サーバー側の都合で、と肩を竦める仕草をしたリョウタにリョウは三白眼で睨む。もしもサーバー側の都合で無ければ今すぐ罵倒していた所だ。二台ある内のパソコンの一台を母と父が、もう一台をリョウとリョウタで使うはずだったのだがいつの間にかごく自然とリョウタの部屋に持って行かれ、簡単には貸してくれないようになっていた。一度も手をつけていないのに壊されたらたまったものではない。
お下がりとしてパソコンだってくるのだから壊れていても困る。
「――つまり?」
「とってこい」
笑顔で命令したリョウタにゲーム機を投げるとリョウタはそれを受け取って、
「ゲームオーバーになるまでに帰って来いよ」
電源をつけながらそうニヤリと笑った。こういう上目線の――今回は立場が不利だが、こんな時間に学校に行け、というのもおかしいと思う。リョウが壁掛けの時計を恐る恐る見るともう夜の九時を回っていた。ゲームボタンを押しながらリョウタが追い打ちをかけるように言う。
「怖いの?」
「行ってくるよ。うっさいな」
半ば自棄になりつつ椅子にかけてあったウインドブレーカーを着てリビングから出ようとするとリョウタがもう一言、と言わんばかりに呼び止めた。
「コンビニで食うもん買ってきて」
これが狙いだと気づくのは自分の兄がまともに宿題をやっている所を見たことが無いのを歩きながら思い出した時だった。