第2節 復讐と嫌悪
あともう一息だ!
僕は今、八王村へ行く馬車の中で揺られていた。到着までは残り一時間もないと予想される。
「本当に皆も来るのか?」
「今更何言ってんよ?」
僕は心配になり、聞き直したが、やはり付いてくるようだ。いや、当たり前と言うかなんと言うか、何よりここまで来た以上戻れないのだけれど。
「そうか……」
揺られる馬車の中は、僕にとって居心地の悪いものとなっていった。
「これから何が起こるかわからない。もし、皆に危険があったら、俺はどうしたらいいのかわからないんだ。だから、頼むから、危なくなったら逃げてくれ。頼む」
僕はもし大切な仲間に何かあったら、耐えることができないだろう。以前、アスモディエラ公に町を壊滅させられた時は、断腸の思いだった。それも、言っちゃ悪いが、大切な人間は一人も死ななくてだ。それでもし、今度は仲間が独りでも死んでしまったら、僕はもう何もする事ができなくなってしまうだろう。
「大丈夫。私もいるから」
そんな僕に、古川はそっと声をかけてくれた。そして、他の皆もまた、笑って返してくれていた。
「……ありがとう」
僕らを乗せた馬車から、緊張感と不安感がすべて失せることはなかったものの、それなりに心を落ち着かせることはできた。
そして、ようやくたどり着いた八王村。
「こ、これは……」
「ひどいよ……」
多くあった家は炎を巻き上げ、黒々とした煙を上げていた。そこら中に赤い血が飛び、石材は崩れていた。
僕の拳は、今にも肉が避けるのではないかというほど、強く握られていた。そして、その視線は、一番多くの叫びを上げる村の中央へと向けられた。そして、古川もまた、そちらを強く見ていた。
「この感じ。この感じだ……」
「佑太。いるわね」
僕らにはこの村の中央に何がいるのか一瞬で分かった。それはいつの日か町を壊滅させた――
「アスモディエラ公……!!」
僕らの最大の敵であり、最大の敵だ。
「みんなは、周囲の魔物討伐をお願い!」
「お、おう!」
古川が他のみんなに指示を出すと、僕は二人で村の中央に向かった。
やはりそこで暴れていたのはアスモディエラ公だ。そして、その次に目に映えるものといえば、そこらに転がる死骸だ。
「おい……アスモディエラ……!!」
「ん? なんだ小僧か、よく生きていたものだ」
黒い翼の生えたアスモディエラ公は、何もなかったかのようにこちらを向いた。
「古川、援護頼むぞ」
「え、ええ」
僕は震える声を安定させつつ、両手にファングレスを構えた。それを見て、アスモディエラ公もこちらに剣を向けた。以前はこんなものは持っていなかった。より一層強くなっているのだろう。
だが、僕らもあの時から変わっていないわけではない。少なくとも、僕は自分の能力に慣れていた。お陰で、もう例の光は完全に操れる。
「はああぁぁぁ!!」
僕は真正面からアスモディエラ公に向かっていった。
両手に握られたファングレスは蒼白の輝きを纏い、振り下ろされるアスモディエラ公の巨大な剣を受け止めた。
「ほう。これを受け止めるのか。大したものだ、成長したな」
「そりゃどうも……!」
僕は剣を弾き、さらに近づき、体を回転させながら数発斬りこむ。その攻撃をかわそうとするも、古川の銃弾に邪魔され、すべての攻撃が命中した。
「今度こそ、お前を倒す!」
「やれるものならやってみろ!」
アスモディエラ公も再び剣を振るい、僕はそれを両腕で受け止める。そして、再びファングレスを振るう。と、その時だった、アスモディエラ公は翼を使って空へと舞い上がったのだ。
「飛ぶなんてありかよ……」
そして、飛び上がったアスモディエラ公は真っ直ぐ下に急降下して剣を振るう。その勢いのついた攻撃を受け止めることができず、僕は飛ばされてしまった。
そこからの追撃は古川の銃撃によって免れたが、このまま僕が倒れていたら、近距離攻撃のできない古川はやられてしまう。
僕は重い体を起こし、再びアスモディエラ公へと向けた。そして、地面と焦がす勢いで走り、古川の元へと向かう。しかし、そのことは完全にアスモディエラの予想通りだったようで、僕が欠けていくとすぐさま振り向き、振り向きざまに剣を振るわれた。今度はこちらのほうに勢いがあったため飛ばされなかったものの、体制を崩してしまった。そこへ再び、剣がきた。
「不味い……!」
下方から来る巨大な剣を凝視しつつ、僕の頭に最悪の可能性が過ぎる。いや、これではダメだ。ダメなんだ!
僕がそう思ったとき、僕の目の前にあいつが、岡本佑太が現れ、攻撃を受け流した。もちろんフードを被っていて顔は見えない。お陰で古川には正体はばれていない。
「お前が死んだら雫が悲しむだろ。絶対に死ぬな」
そう怒りの声をあげ、僕にビンを二本投げた。
「これは?」
「能力増強剤だ。ピンチになったら使え」
そういい残して、気づけばもうそこにあいつの姿はなかった。
だが、それについて考えている時間はない。僕は体勢を立て直し、再び走り出した。前回折った角は再生してなく、弱点としては使えないだろう。おそらく体力をひたすら削るしか方法はない。
「だったら……!」
こちらを向いたアスモディエラ公に接近して、足元を細かく狙い斬った。足元を狙い体制を崩させる作戦だ。それを止めようと攻撃してきても、古川が懇親の力をこめて剣を射ち弾き、僕は攻撃を続ける。
そして、体制が崩れると、両手を大きく振るい斬りつけた。赤い血が斬ると同時に弾け、顔に飛ぶ。しかしそんなものは気にならない。
僕は次から次へと斬りつけた。
「はああぁぁぁ!」
斬る、斬る、斬る。何発も何発も斬る。
「ぐあぁっ」
しかし、体制を整えたアスモディエラによって殴り飛ばされる。
そして、アスモディエラは古川に向き直ると、以前見せた信じられないスピードで襲った。体の華奢な古川は宙を飛び、地面に叩きつけられた。
「ああああぁぁぁぁ!!」
そして、アスモディエラ公に力強く握られ今にも潰れそうだ。
「待てよ……待ちやがれってんだよ……!」
次の瞬間、剣城は我を忘れ、アスモディエラ公に突撃した。そして、目にも留まらぬ速さで腕を斬りつけた。蒼白の光と共に。が、それもいつも見せる光ではなく、より一層強く、輝いていた。
その行動にはアスモディエラも驚いているようで、反撃に出ようとしてこない。いや、反撃に出れないのだろう。いくら反撃しようとしても、すべてを空を舞う衝撃波に止められてしまうのだ。
「小僧、その目は……!」
古川も同じことを心のうちに思っていたことだろう。
剣城は、右目だけではなく、左目も、つまりは両目とも赤く染まり、だがそのうちに光はなく、ただ怒りのままに動いていた。
「てやああぁぁぁ!!」
その攻撃がおさまることはなく、次々とアスモディエラ公の左腕の肉を斬りつけていった。
しまいには、剣城の攻撃により、アスモディエラ公の左腕は、完全に切断された。そして、黒い塵になって、形を崩し消えていった。
「なかなかやるようになったな。面白い」
それからは剣城とアスモディエラ公との一対一の死闘が始まった。
アスモディエラ公は残った右腕で巨剣を振るい、剣城はそれを軽々と受け止め流し、目にも留まらぬ速さで反撃を仕掛けた。が、この時点で剣城に理性はなく、反撃も命中したものの、簡単に剣筋が読まれ、吹き飛ばされてしまった。そして、左手で握っていたファングレスもまた、どこかに吹き飛ばされてしまった。
「危ない! 佑太!」
古川も叫ぶが、それも今の剣城には聞こえていない。今の剣城に残っているのは、目の前の獲物を倒すという目的と、生きるために敵を排除するという本能的な何かしか残ってはいない。
頭上から振り下ろされた巨剣を、剣城は背中から引き抜いたテイルソード一本で受け止めた。そして、残った右手のファングレスを勢いよく投げつけ、アスモディエラ公の左目に突き刺さる。
「ゴアアァァァ!!」
その隙に立ち上がり、勢いよく地面を蹴りアスもディエラ公に向かう。そして、体を回転させながらテイルソードで二回斬りつけ、背後に回り飛び、アスモディエラ公を飛び越え域と帰りで往復で斬りつける。
「うおおぉぉぉぉ!!」
そして、最後の一撃に、今までとは比べ物にならない程のすさまじい光がアスモディエラ公の巨体を貫いた。
「見事だ……小僧……」
アスモディエラ公は形をゆっくり崩しながら黒い塵となってどこかへ消えていった。
「終わった……のか?」
剣城はそのまま、地面へと倒れてしまった。
僕は、あのビンの中にあった薬を気づいたら使っていた。そして、何も考えないまま全ての力を出し切ってヤツと戦った。結果、こちらの勝利となったが、僕はテイルソードをダメにしてしまった。さすがに一本で攻撃を受け止めたのがよくなかったのか、大きな亀裂が入っていた。
僕はあの時の復讐を遂げた。そして、古川も救うことができた。しかし、僕らの来る前に、村の人間の九割が死んでしまったという。僕はこの事実に、心が耐えられなかった。僕らがもう少し速く駆けつけていれば、もしかしたらもっと助かったかもしれないというのに。
そして僕はまた、焼けた森ではない真っ白な空間にあの声を聞いた。
『結構やるようですね』
「あんたは、女神か」
『そうですよ? どうしましたか? 元気がないようですが』
「当たり前だろ。僕は結局何も守れなかった」
『そうですね。残念ですね。ふふふ……』
「…………」
『相当参っているようですね。ここらでお教えしましょうかね』
「なんだ?」
『あなたはもう一度魔王城に行きなさい。そこに答えがありますから……』
「なに?」
その後は、僕が何を言おうとしても答えなかった。恐らくはもういなくなってしまったのだろう。そして、僕の意識もまた、ここから消えて戻ろうとしていた。
「佑太!」
古川の声と友に僕の意識は完全に戻った。
「古川……。その顔、また見ることになるとはな」
「……まったくもう」
目が覚めた僕の目の前では、以前にも見せた古川の泣き顔があった。しばらくの間、平和になった世界じゃ見ることはないと思っていたのだが。
「それで、皆は?」
「今もまだ交戦中。雑魚が多いのよ」
どうやら他の皆は未だ手下の魔物と交戦中らしく、余り寝ていられる様子ではなかった。
「それじゃ、俺も……って、おい!」
僕が起き上がろうとすると、古川が上に四つんばいに乗ってきた。
「ダメよ。佑太はここで安静にしてなきゃダメ」
「わ、わかったから、どいてくれ、踏んでる踏んでる」
放たれる古川の視線もとても恐ろしく痛いのだが、それ以前に古川の膝が僕の左手を潰していて痛い。
「あ、ごめん。すいません……」
「いやそこまで誤らなくても」
戦闘中にもかかわらず、あたりを微妙な空気が漂った。
その後、他の皆も魔物殲滅が住み、中央広場に戻ってきた。雫顔お泣きして飛び掛ってきたときは本当に死にかけた。特に大きな怪我をしているわけではないのだが、締め付けが痛いのだ。
「なるほど」
そして、僕が女神の言葉を伝えると、この空間の空気が一気に引き締まり、緊張が漂った。
「私たちが信じるか信じないかは別として、佑太君、あなたは行くつもりなの?」
静香が僕に話をふる。
「ああ。僕は行く。それしか確かな情報はないし、それに、一刻も早くしないと、また何かが起こる気がする……」
「そうね。なら、当然、私たちも付いていくわよ」
そう言って、みんなの視線が僕に集められた。
「……そうか。でも、ごめん。付いてこないで欲しいんだ」
「どうして?」
「それは――」
僕が怖いからだ。今は皆無事だった。でも次もある。皆を危険な土地に再び連れて行くことになる。特に奥村なんて、訓練の時だって怯えている様子だった。
「でも、それじゃ剣城君が――」
「わかったわ」
古川は、賛成してくれた。
「でも、その代わりに……絶対死ぬんじゃないわよ」
「ああ。分かってる」
古川もお陰で、他の皆も納得してくれた。僕は本当に感謝していた。
それから一日が経ち、旅立ちの日が訪れた。
「これとこれとこれね」
真剣な表情で、雫が僕の荷物をまとめてくれている。自分でやるといったのだが、何も聞かずにはじめたのだ。
「っておい、これほとんど応急薬じゃないか?」
「だって、心配なんだもん」
雫の心配はとてもありがたい、んだが、荷物が重くて持ちきれなかった。
結果、応急薬は四分の一に減らしてもらった。
「それじゃあ、いってきます」
「うん。絶対帰ってきてね、お兄ちゃん」
「……ああ」
何か違う気もするが、そのまま僕は荷物を持ち、マントを羽織って丘を降りた。
目指すは北の山脈、魔王城デスアクターだ。




