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アフターディメンション-After dimension-  作者: 片岡 雅
第1章 真相を求める話
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第1節 似通った何か

 一一月三日。あの日から二日が経つ。

 今日は冬にしては珍しく、気温は二五度と少々汗をかくくらいの日だ。

 あれからはいろいろなことがあった。例えば、家の壁紙が白よりだったはずが黒よりのグレーだったりとか、右に妹の部屋があったはずが左にあったりとか。――そして、何より驚いたのが、名前のことだった。


 これは昨日のこと。

 平日なので高校二年生である僕はもちろん登校しなければならないのだが、はっきり言ってしまうと、自分の学校がどこにあるのか分からない。家は確かによく似ているのだが、ベランダから見た町の景色はまったく似ていない。ところどころ見たこともないものがあった。

 そもそも、僕の家は普通の街中にあったのに、今はなぜか、どういうわけだか、超急斜面の丘の上にある。


「な、なぁ雫。僕の学校ってどこにあるっけ?」


 僕がそう訊くと、雫は即効で困惑の表情を浮かべた。それはそうだ、家族がいきなりこんなことを聞いてきたら誰もが困惑するであろう。


「佑にい……。一回病院にでも行ったほうがいいんじゃないの?」


「僕はいたって正常だ! ぁいや、ぁあれだ、ど、度忘れってやつだ。大規模な。な?」


 僕は妹のとても優しい薦めを断ったあげく、無理やり誤魔化した。


「そう、なら、まぁいいんだけど……。学校は私も行くし一緒にいけばいいよ」


「そうか。じゃあ大丈夫だな」


 あれ? 今こいつ一緒にいくって言ったか? 雫は中学二年生で僕は高校二年生。学校の位置は記憶が正しければたしか正反対(だから喧嘩にならなかったのだが……)。

 僕の頭は朝から混乱し始めていた。もう少しの間、正常な状態でいたかった。

 そのままとりあえずという形で朝食を済ませると、いつもどおり着替えることにした。

 僕がリビングから出て階段を上り、自分の部屋に行くと、雫も部屋に入ってきた。


「雫、お前何故僕の部屋に入る?」


「何故って、私の部屋は一応私のってことになってるけど、基本的に物置でベッドしかないじゃん。服だってココにしまってあるし。――佑にいこっち見ないでね。……別に、佑にいならいいけどさ」


 そう言って、雫は照れ隠しに笑いながら僕の目の前でピンク色のパジャマのボタンを1つずつ外し始める。少し前にシャワーでも浴びたのか、微かに漂ってくるシャンプーの甘い匂いが僕の鼻をくすぐる。

 僕はシスコンでもなければロリコンでもない。脳内が情報処理でオーバーヒートしそうな勢いで制服を片手にすぐさま部屋を出て、リビングまで走っていった。

 僕はまた混乱している。


「……どうしたんだろう、佑にい……。冗談分かる人だったはずだけど……」


 最終的に、僕らは着替え終わると玄関の鍵を閉め、学校へと歩き始めた。――その時のことだった。

 僕の目に映った玄関の表札には、『岡本』と記されていた。


「おい雫? 僕達の名字って『剣城』じゃなかったっけ?」


 僕がそう聞くと、何故かしら雫は大きくため息を吐いた。


「佑にい……。中二病こじらせるのは学校だけにしてよ……。佑にいがすごいのは分かるけどさ……」


 何を言っているんだ? 僕はもっぱらアンチ中二だぞ? と、またも混乱しながら雫と学校へ向かう。

 数分歩くと学校に着いた。雫がココだよ、と指を指している。僕は間抜けに口をあけながら唖然とした。

 道中いままで見たこともないようなものが在った所為でもあるが、この学校はそれとはまるでレベルが違う。

 ところどころに青白い大きな水晶で装飾されていて、どこを見ても緑豊かで、どこを見ても光っているように見える。そして何より驚きなのが、中央公園の池(こんな物がある時点で驚愕だが)の上に浮かんだいる水晶だった。基本的には僕の通っていた学校に見えなくもないが少し違う。

 何より広すぎる。


「あれ? 佑にいどうしたの行くよ?」


 そう言って雫は校門を抜けて奥へと入っていった。

 この時僕は一つ理解した。今いるこの場所は、僕の知っている世界のようでいてそうでなく、妹の雫は雫のようでいてそうでない、似通った何かだった。僕はまた混乱した。

 1階の男子トイレでようやく気持ちが落ち着くと、自分のクラス『2-J』に向かった。その教室は、校内案内板によるとどうやら三階にあるようだ。

 余談だが、この校舎は5階建てで全部で4つの棟がある。学校名も何を勉強するのかも分からない今、そんな棟の名前などは目に映らなかった。とりあえず僕は3階に位置する教室を目指す。

 教室に着いたとき、僕はどんな顔をしたらいいのか、それが一番不安だった。雫の反応を見ている限り、僕はすごく感じの悪いやつだということになっているようだし……とにかくクラスメイトの反応が怖い。

 一体僕はどんな扱いなのか……。その答えはなんとなく分かりつつあった。進むたびに周りの空気が重くなるからだ。僕の周りにいる生徒の表情がだんだん重くなってきた。そんなに嫌なやつなのだろうか。教室の扉が目の前に現れたとき、僕は押しつぶされそうになった。

 きっと、「うわ来たよ。」とか「ちょっとどっか行こう。」だとか、僕を避けていくのだろうと勝手に想像していた。しかし、扉を開けたとき、僕の想像は完全に覆された。

 僕が扉を開け教室の中に入ると、しばらくの沈黙の後に驚きの一言が飛んできた。


「みんな! マスターが来たぞ! 中二マスターが来たぞ!」


 なんだ一体!? なんだよ中二マスターって!? 僕は一体どういう扱いなんだ?!

 僕はやっと落ち着いたのに、再び混乱する。


「一体何のことだ? 中二マスターって何なんだ?」


「おおっ! 今日もいつもと変らず神々しい!」


 僕が何を聞いても目の前にいるこいつは何も聞いていない。ただただ僕を輝いた目で見るだけだ。こいつじゃ話にならない。


「だれでもいいから教えてくれ! 中二マスターって何なんだ!」


 そう言うと、


「中二マスターというのはこのおちこぼれ中二クラスのヒーローのことで、岡本佑太、あなたの事です。」


 と眼鏡をかけ、やや茶色がかった色の髪をしたいかにも委員長キャラっぽい一人の女子が言った。


「おちこぼれって何においておちこぼれなんだ? それに僕がヒーローだなんて……。それと、僕の名前は剣城佑太だぁ!」


 そう、僕がヒーローなんてありえない。なにせ僕は頭も悪ければ運動もろくにできないダメ男子なのだから。しかし、ここでは僕はヒーローと呼ばれている。その理由が何よりも気になる!


「なににおいてって、この学校は戦闘兵養成学校、通称≪バトルアカデミア≫なのですから、もちろん戦闘におけることですよ。技術や知識、判断力や行動力まですべてです!」


「そう。私たちは入学当時からこの今までずっと成績も悪くて、このおちこぼれ中二クラスに集められたんじゃない。なのに、急に転校してきた君が、おちこぼれクラスの生徒なのに学年トップになっちゃったんだもん。ほんとにビックリしたわ。それであなたは私たちのヒーローってわけ」


 二人のクラスメイトが長々と話してくれたが、僕の名前については残念ながら触れてくれない。

 そして、まったく理解できない。

 この僕が学年トップなんて、というよりまずバトルアカデミアとは何なのだろう?

 そんな様々な疑問が頭の中で渦巻き、この日の僕にはまったく理解できなかった。


 翌日、つまり今日になって、やっと理解できてきた。

 まず僕の名字は名簿の上では岡本となっていた。これは何故だかわからない。

 そして学校のこと。昨日クラスメイトが言っていたとおり、通称バトルアカデミアと呼ばれていて、そのうえ高校ではなく中学小学でもなく、ただ≪学校≫とされていた。

 ちなみに昨日いろいろ教えてくれた三人の名前は、初めから順に、どうみても委員長キャラ/静香(しずか) 由紀(ゆき)、カメラをかまえるクラス新聞委員/奥村(おくむら) 浩二(こうじ)、おしゃべりで花に水をやる係(?)/古川(ふるかわ) 恭子(きょうこ)というらしい。名簿を見て覚えた。

 次に、中二マスターについてだ。

 これについては本当に驚いたが、真実らしい。僕は本当にヒーローだった。いつもならわからない問題も、すらすら解けてしまう。足も速くて走るのが楽しくて仕方がない。僕の扱いについて、いまいち分からない点も残ってはいるが、大した問題ではない。

 問題なのは、今日の三時間目の授業だ。教科名は≪実戦演習≫というようだ。


「一体何をするんだ? そもそも戦闘兵を養成してどうするんだ? 何の為の学校なんだ?」


「実戦演習ですか。読んで字のごとく、実戦の練習ですよ。あなたはともかく、私たちにとっては地獄です」


 隣で僕の独り言に返事をくれたやつがいた。片手にカメラを持った奥村だ。一体何を撮っているのか。


「そうなのか。じゃあ何の為の演習だ? ここは何のための学校なんだ?」


 そう僕が訊き返すと、奥村は眼鏡に触れ困った表情でこちらを見た。何かまずいことを訊いただろうか。


「何のためって……そりゃぁ、魔物の王エトゥルーザを討伐するためですよ……。みんな、そのために入学したんじゃないですか」


 なんだ魔王って? なんなんだその謎設定は? 一体ここは本当にどこなんだゲームの中かなんかか?


「まぁでも僕はそうじゃないんですけどね。若者に対する世間の期待に負けて入ったんです。……ホントは怖いんですけどね。――このクラスはそういう人が多いんです。だからおちこぼれで……ってあれ? そういえばあなたはどうしてこの学校に?」


「僕は……分からない……」


 奥村の話を聞いて、僕は自分が馬鹿らしく思えてきた。

 こんなありえない世界でも奥村やみんなはこんなにがんばって生きているのに、僕はずっとこいつらは頭大丈夫かとか思ってた。

 もしかしたら、大丈夫じゃないのは僕のほうかもしれないのに。

――そうだ、もしかしたら僕のほうがこの世界にとってありえないものなのかもしれない。この世界に紛れ込んだ病原菌、異質の存在なのかもしれない。

 僕はただ、それから続く奥村の話をじっと聞いてることしかできなかった。

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