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妖精が創った人形  作者: 小伏史央
第5章
22/27

一.


 眩しくてなにが起こったのかよく分からない。

「どうも。とりあえず成功したみたいですね」

 印の声がした。玄関に印がいる。

「なにしに来たんだ」

 俺は目をしょぼつかせながらも、そう声のしたのほうへ言い放つ。

「なにって……仕上げですよ。最後の仕上げをね」

「仕上げ?」

 目が光に馴染んでくる。目を開け放ったら、すぐ目の前に印はいた。

 一歩後ずさりする。

「オウギさんもアキさんも、せっかくの春休みは遊びたいでしょ」

 印が一歩近寄る。

「だから僕が、お二人を一生春休みにしてさしあげようと思いまして」

 歪曲していた空間は、いつの間にか正方形になっていた。

「……なにをするっていうんだ」

「例えばですねぇ……『アキモトくんはクズじゃないよ!』とか」

 は――美鬨がそう声を漏らしたように聞こえた。

「『アキモトくんと密会』とか」

「なに? アキって他に女いたの」

「いない、が……」

 印の顔を窺う。

 美鬨はその場にいなかったから知らないだろう。いや、印もいなかったはずだ。もしかしたら印、もう既にあのときからバス停にいたのか?

 どちらの台詞にも聞き覚えがある。聞いたときは、別になんとも思わなかった。アキモトという姓は、探せばいくらでもいる。

「そうですよ。そのアキモトはあなたと同一人物ですよ」

 明るい部屋で考える。

 そのアキモト。それは端唄の語りででてきた、端唄の友達のカレシのことだ。友達が「アキモトくんはクズじゃないよ!」と発言していることから、そのアキモトも端唄の同級生であると分かる。……つまり、端唄と同じくバスに乗って妖精に襲われた人物。そのアキモトと俺が同一人物だということは……。

 ――おかしい。

 俺は中学生のころの記憶だってある。妖精の事件があったのは、年代は分からないが、端唄らが高校二年生のときだ。高校二年生の初秋といえば、俺は都会でぐうたらと過ごしていたはずだ。俺の学校は、確か修学旅行は年度末近くにあった。

 印の言っていることはハッタリだ。

 なにを企んでいるのか。

 美鬨を横目で確認する。美鬨も俺と同じようなことを考えているらしい。目が合う。

「僕は端唄が好きでした」

 俺たちの目配せを気にすることもせず、印はそう堂々と言った。本人はもういないというのに。いないからこそ堂々になれるのか。

「……それはもう終わった話。最後まで想いを伝えることはできませんでしたけどね」

 印の頭はフードを被っていない。

「それはもういいんです。いなくなってしまったんだから、もう仕方ない。だけど僕やあなたたちは、まだ存在しています。それなら前を向かないといけない」

 印の顔は自信満々としていて誇らしげだ。端唄がいなくなったことが、印を堂々たらしめているように思える。……吹っ切れたんだな、要するに。

 しかし、よく話の筋が見えてこない。この部屋は光で溢れているというのに、印の話す内容は、まだ暗い。暗いだけならいいのだが、落ち着くような静寂もないのだから面倒だ。

「……アキさん、そもそも、この町はどんなところですか?」

 印がそう切り出してきた。だが質問の趣旨が分からない。

「田舎だ。その言葉がよく似合う。……山に隠れているのかなんなのか知らんが、バスに乗らないと町を出ることもできない」

「そうです。その通りです」

 印は言う。大仰に両手を広げて。

「そうだな……端唄のイヤホンの話を先にしておきましょう」

 美鬨がその言葉に反応する。電灯の光が当たって、白い肌は潰れるように明るい。

 依然として、部屋は正方形だ。

「あのイヤホンは、選別の手段のようなものだったんです」

「選別?」

 美鬨が言う。この話は、その真偽に関わらず聞いておきたいのだろう。

「端唄のあのイヤホンから流れる音は――端唄の同級生には伝わりません。逆に言えば、端唄の同級生でない人――つまり、バスの事故で死んだ人以外――は聞こえます。それは、僕は『神の声』と呼んでいます。名前に意味はありません」

 一旦、印が言葉を切る。俺たちの顔色を窺ってから、また口を動かし始めた。

「『神の声』が聞こえた人たちは『真実』を知って、生きることができなくなってしまいます。まあ、もともと生きていないだけなのですが」

 美鬨の話を思い起こす。美鬨の両親が殺された。星下端唄に。イヤホンをつけられて。

 ――端唄の同級生ではなかったから。

「この町は……端唄の同級生のための町なんですよ」

 印は広げていた腕を元の居住まいに戻す。どうも腕は自分の居場所に悩んでいるようだ。どこにいればいいか分からない。

「というか本当のこと言うと、この町は死後の世界なんです」

「死後の……?」

 美鬨が呟く。

「そうです。死後の世界。まあそうは言っても、ここは、あのバス事故で亡くなった人たちだけの世界なんですが」

 印がつらつらと言い続ける。

「この町は心を失って天国にも地獄にも行き場を得られない――僕たち人形や魔法使いなんかのための町なんですよ。だけど人々は、そんな自覚もなしに町に住み始めた――。すると人たちが持つ常識概念が、足りない人員を補っていって、星下小唄のような、想像で創られた人間が町に――」

「おい」

 俺は言葉を遮った。遮るしかなかった。

「まるで理解できない。つまりどういうことなんだ? 俺と美鬨が、端唄と一緒にバスで死んでいたっていうのか?」

「そういうことです」

 印は臆面もなくそう言った。殴りつけてやりたかった。せめてフードでも被って顔を隠してくれはしないかと思った。俺はどうにか拳を固く握り締めて行動を堪えた。

 俺は訊いた。

「俺たちは既に死んでいて、この町は死者の町だっていうのか」

「ちょっと違います。アキさんたちはもう死んでいる『真実』だけど、現にあなたたちは、まだ生きている。存在している。『事実』としてね」

 まるで美鬨が、オウギの姿のときに言っていたようなことを――。まるでどこかで聞いていたように印は言う。

「だから、オウギさんの話は、本人は嘘のつもりだったようだけど、あながち間違いではありませんでした。『真実』と『事実』の理念は、魔法使いとしては常識ですからね。でも、まあ、オウギさんが魔法使いだというのは、ただの幻想でしかなかったのですが」

「……え」

「オウギさん、あなたを魔法使いにしたのは僕です。こうなる日――端唄がいなくなってしまう日のために、保健としてあなたに魔法を与えたんです」

 部屋は明るい。だが俺にとって、なにも見えない闇のほうが心地よい。要するに今の状況は苛立つだけだ。

「それと、この町が死者の町だということも間違いです。この町にいる人は、大きく分けて二種類います。まず、アキさんやオウギさん、それに僕なんかの人間。この人間は、実際に生きていた頃があって、アキさんやオウギさんはその頃の記憶がないだろうけど、ともかく今は死んでいるということ。もう一種類は、その死者たちが想像で補足した人間です。……ちょっと難しいですが、人って固定観念に捉われると、それを具現化したりするんです。身近な例で言えば、三つの点があれば人の顔に見えるとか。……そんな感じで、大学には教授と生徒がいて然るべきだとか、子には両親がいて然るべきだとか思ってしまう。そして、この町の場合、それが現実になってしまう。ここの住人が、自分のことを死者だと認識できていないのが原因です。この町を町だと信じて疑わない。だから、生活していてありえないことは押し込まれて、改変されて、架空の人間が闊歩するようになる」

 一気にそう言いのけて、印は少し息を切る。沈黙が流れ、また印がそれをぶち壊す。

「あなたたちの記憶も――特に高校二年生以前の記憶も――別に嘘偽りというわけではないんです。あなたたちは、妖精に襲われて、バスの事故で死んでしまった。その後、人生をこの町でやり直すことになった――。端唄だけは、ずっとあの姿でバス停にいたみたいですけど」

 俺は電灯を切った。印の顔を見るのが苦痛だったからだ。

 印は少し戸惑ったような声を漏らし、落ち着いたのか、また話しだそうとした。口を開く不快な音がする。

「つまり」

 俺は言った。もう印の話を聞くのはいい。真偽はともかくとして、印がなにかを話しているということは伝わった。要するにどうでもいい。

「つまり、俺がこの春休みに巻き込まれた出来事は、そもそも根本から偽物だったということでいいんだな」

「……そういうことですね。そして犯人は僕です。端唄をこの町に連れてきたのは僕。あなたたちに見つけてもらうように、紅いハンカチを自動販売機の下に隠したのも僕です。端唄が選別した偽者の人間や、オウギさんが殺した二宮寛治や倉木蘭(くらきらん)を、他の人に見つかる前に処分したのも僕だ。――あ、オウギさんは頑なに『殺す』のではなく『壊す』のだみたいなこと言ってましたけど、あれ、結局どっちも同じことなんで。人形であっても人間であっても、もともと生きてないですし。手の平から出した棒で殺した女の子――あの子にもちゃんと、倉木蘭っていう生前の名前がありますしね」

 堂々とそう言う印。まだ謎解きもなにもしていないというのに、自分から名乗り上げられては、どうすることもできない。

「なんでそんなこと……」

 美鬨が、小さくそう呟いた。

 印がわざわざそれを拾う。

「最初言いましたけど、僕は端唄が好きだったんです。生前のある出来事でね。そのためです。端唄にとって都合のいい町で、端唄に自由に存在してほしかった。そのためにオウギさんを魔法使いにした。町を完全な天国に創り上げたかった」

「だが俺たちは、端唄を地獄に送ってしまった」

 俺の言葉に、印は力なく頭を動かす。頷いたのだろう。暗闇だからよく見えないが、きっと目を瞑っている。

「計画は順調だった。死者以外を排除して、完全に外界から断てば、天国が――端唄の楽園が創造できるはずだった。……だけど失敗だ。もう端唄は帰ってこないんです。永遠の業火に焼かれ続けるんです。もうこの町に存在意義はない。だけど町が消えることはない。ここはまだ、誰の『領地』でもないのだから」

「それをなぜ、俺たちに明かしたんだ?」

「……この町は確かに死後の世界ではあるけれど、別に天国でも地獄でもありません。地上です。幽霊が心霊写真に写るのは、その霊が地上にいるからでしょう? それと同じで、この町も、地上の町です。だから星下小唄は、ここからバスに乗って海外に行くことができた。――ああ、あれは別に偽りの記憶とかそういうんじゃないんです。偽りなのはあくまで経験であって、記憶自体は、実際にやったか否かは関係ないというか……。それだからともかく、真相を打ち明けて、あとは自分たちでどうにかしてほしいって話なんです。仕上げですよ、仕上げ。僕はもう、なにをする気力もない。星下端唄のためだけに魔法使いをやってきました。僕がすることは、もうありません。ただこれを、あなたたちに伝えるべきだと思った。それだけなんです」

 印が電灯をつける。

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