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妖精が創った人形  作者: 小伏史央
第2章
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四.


 俺の顔を確認して、オウギはにこりと笑った。相変わらず、その笑顔は狂気じみている。なにかに酔っているような顔だ。

 病的にまで白い肌が、廊下の壁から浮き彫りにされる。廊下の壁も白いのに関わらず、だ。

「ご無沙汰……いいえ、数日しか経ってませんわね」

「なにしに来たんだ」

 俺の声の冷たさに、自分でも驚く。声は廊下を木霊することなく、壁に吸収されていく。

「偶然」

 オウギは言う。

「偶然でしたわ。偶然、ンタンという女を観察しておりましたの。そうしたら不審な行動を発見して、あっさりとンタンが人形であると分かりましたわ」

 ンタンさんが人形……。

 俺はどんな顔をしていただろう。別に、顔を歪めるようなことはなかったんじゃないだろうか。

 俺はしどく冷静で、沈着で、諦めていた。

「あら。ずいぶんと落ち着いていらっしゃるのね。どうせまた取り乱すと思ったのですけど、もう『真実』をお受け入れになったということでしょうか」

 俺の表情から汲み取ったのか、オウギはそんなことを言った。だが、俺はまだ、「真実」も「事実」も理解してはいない。

 俺はなにも分かっちゃいない。

「聞かせてくれ」

 俺は言う。オウギはまた不気味な笑顔を作った。もしかして俺は、オウギの予想通りの行動しかしていないのではないかと不安に駆られる。だがそれを確認する術はなかった。俺は自分で選んだことをするまでだ。

 廊下の壁は白い。オウギの肌も白い。その白は全く異なる白だが、両者とも白であることに変わりはない。

「俺はまだ、なにも理解していない。人形って一体、なんなんだ」

 それを聞いて、オウギは笑顔を引っ込めた。オウギの顔からは、もうなにも汲み取れない。その表情を崩さぬまま、オウギは話し始めた。

「ライオンやオオカミは肉を食べる。シマウマやウシは草を食べる。ネズミや人はいろいろなんでも食べる。そのように――妖精は人を食す。正確に言うなら、意思の宿った心を食す」

 理解を促すように、オウギは一旦口を紡ぐ。

「ところで人間は、二重の存在によって構成されていますわ。肉体と霊体で。地上で日常生活を送るのが肉体で、肉体が死んだ後、天国や地獄にいくのが霊体となっていますわ」

「つまり……妖精はその霊体ってのを食うってことか」

 意思の宿った心、つまり霊体を妖精は食す。そう俺は解釈して、そう発言をする。

「いいえ、違いますわ」

 だが、オウギはあっけなく否定した。

「妖精が食べるのは、肉体が持つ心です」

「――?」

 俺の表情を無視して、オウギは話す。

「肉体にも霊体にも、主体というものが存在しますわ。それが心なのです。例えば空腹を感じたとき、心が食欲を発することで、肉体が反応し食物を求めるようになります。妖精は、その心――肉体にとっての主体であるほうの心を食すのですわ」

「……」

「心を失うと、肉体は欲求を失ってしまいますから、生きることができなくなってしまいます。本来人が死ぬとき、肉体から霊体が独立するのですが、心を失った場合、まだ肉体自体は死んでいないということになります。時間が経てば肉体は餓死するなりなんなりしますが、それまでの空白の時間が問題なのですわ」

「……」

 そろそろついていけなくなってきた。俺が理解できないことを分かってのことなのか、オウギは話を止めない。

「妖精が食すのは、肉体が持つ心であって、霊体が持つ心ではありません。つまり、肉体から意思が消失しようとも、霊体が死ぬことはないのです。だからといって、肉体に損傷が全くないため、霊体が肉体から独立することも難しい状況です。そんな状況に陥れば、まずほとんどの場合肉体は滅ぶまで霊体はなにもせず、肉体が死んでから動き回るでしょう。ですが、たまに例外が出てくるのですわ」

 なんだか、宗教臭い。俺は、あまりこういう話は好きではない。月下美人のように科学的根拠をもって神様だとか語るのはいい。だがこの話は――。

「霊体が肉体を動かすという現象が、ごく稀に起こってしまうのです。おそらく、元々は心があったところに霊体が入り込んだのでしょうが、そもそも心があったところというのがどこなのか分かっていませんし、まだ解明されていないのですが。それこそが『人形』ですわ。心はないのに意思を持つ肉体」

 オウギがまた笑顔を作る。それはどう頑張っても「作る」だ。気味悪い。

「……それで、話は終わりか」

「ええ、大まかな説明としては、これで足りるでしょう。難しい話でもありませんわ。妖精が心を食して、その隙間に霊体が入り込むことで人形が出来上がる」

「それで――ンタンさんが、その人形だっていうんだな?」

「ええ」

 臆することなくオウギは言う。どこにそんな、自信をもって言う根拠があるんだ。

「ついでに説明いたしますと、人形にも大まかに二種類がありますわ」

 太陽はいつの間にか動いていた。廊下の壁は、先ほどより白さが薄くなっている。

「自覚があるか、ないかの二種類ですわ。自分が妖精に既に食べられていて、今の自分が幽霊にさえ成り切れていない中途半端な存在であると自覚しているタイプ。それと、そうだとも知らずに、普通の人間と同じように生活しているタイプ」

「……」

 俺は聞くことに集中する。

「私たち魔法使いが壊すのは、自覚しているタイプ――であるにも関わらず、普通の生活を送っている人形ですわ」

「ンタンさんは……それにこの前の女の子や二宮は自覚していると」

「そういうことですわね」

 

 話が終わったからなのか、話が面倒臭くなったのか、野暮用でもできたのか。

 オウギは霧のように消えて、またどこかへ行ってしまった。全く、自分の都合しか考えない女だ。

 去り際俺は、オウギに訊いた。魔法使いはみな、人形を壊すことを生業をしているのかと。

「そんなことあるわけないじゃないですか」

 足元から空気のように散っていきながら、オウギは答える。

「警察に消防隊、医師や薬剤師、野球選手やマッサージ師、音楽家や画家、それに平社員……そちらの世界にたくさんの職業があるのに、どうして私たちが職業ひとつだけだとお思いなんですか? それは偏見ですわ。――それでは」

 オウギは文字通り雲散霧消になる。

 俺は廊下にひとり残された。

「あれ? アキくん、まだいたのー」

 背後からそんな声がした。月下美人だ。

「ああ、先生。どうも」

「どうもどうもー。……って、なにしてたの」

「えーっと。神谷先輩と長話になりまして」

 ひとまずどうにか、人の名を借りて言い訳を繕う。

 このときの月下美人は、白衣を身にまとっていなかった。薄茶色のロングパンツと白いノースリーブシャツという格好だ。

「……どこかおでかけですか」

「ああ、うん。ちょっと隣町にね」

 カールボブと服装がよく似合っている。いや、月下美人が着ればどんな格好でも美しくなるのだろうが、それに眼鏡も可愛らしい。

 デートだろうか。

 男いたのか!?

「どんなご用事で?」

「あれ? 訊いちゃう?」

 なぜだか月下美人は楽しそうだ。数十分前に見せた涙のあとは、もう完全に見えなくなっている。見えないだけなんだろうが。

「実はねー、デートなんだよ!」

「うわあああ」

 なんということだ! まさか月下美人にカレシがいただなんて。なぜだなぜだなぜだ。純潔を守ってこその生物学者だろう? 自分でも言っていること分からないが、でもうわあああ。

「ンタンちゃんとね」

「へ?」

「今からンタンちゃんとデートなんだよ!」

「あ、なぁんだ。ンタンさんか」

 安堵の溜息をつこうとして、寸でのところで溜息を引き戻した。ちくりと胸が痛む。

 ンタンさんは、これから赤毛の魔法使いに殺され――いや、壊されるんだ。そんなことを言っても、どうせ信じてはもらえない。でも今から近いうちに、ほぼ必ずそうなるはずだ。

「アキくんは、まだ大学に用事あるの?」

 そう無垢に訊いてくる月下美人が、余計に胸を刺し苦しめる。

「……いいえ、帰るところです」

「あ、じゃあちょっとお願いしてもいいかな」

 そう言って両手を合わせる。普段ならああ可愛いと胸が緩んでいくんだろうが、今はちょうど逆だ。

「私、バス停がどこにあるのか知らないんだけど……そこまで案内してくれると嬉しいかなーとか」

「ああ、いいですよ。どうせすることありませんし」

「よしきた」

 俺は見逃さなかった。わずかにかかった眼鏡の翳を。

 だいたい、月下美人がバス停の位置を知らないわけがない。この田舎から出るにはほぼ必ず、自家用車でもない限りバスに乗ることになる。話に聞いた通り、月下美人は海外に旅に出たことがある。それならバス停を使っていそうなものだ。もう何年もここに住んでいる月下美人が、バス停の位置を知らないとは、考えにくい。それに、数十分前月下美人は、ンタンさんの話になったとき、俺の発言に対して「バス停って、三叉路のところの?」と言っているではないか。バス停の位置を知っていない者は、こんな発言できない。

「なんでそんな……嘘をつくんですか」

 迷った挙句、俺は正直にそう訊いた。

 月下美人はあからさまに困った顔をする。眼鏡の奥が、静かに揺れていた。俺はどうしようもなく、そんな瞳から目を逸らす。そして言ったことを後悔した。

 こんな顔を見るために言ったのではない。

「だってンタンちゃんが――怖いんだもん」

 下を向いて、月下美人は言う。もう顔を見ようとは思わなかった。

 ――怖い。月下美人が、正直に述べた感想。

「最近のンタンちゃん……一週間前に手紙を受け取ってから変わってしまった」

「手紙?」

「一週間前、春休みが始まる数日前、私のところに一通の便箋が届いたの。差出名も宛名も書いてなくて、ただ『印』とだけ記した便箋が。開けてみたら『これをンタン・ヨルに渡してください』って書いてある紙と、もうひとつの便箋が」

「それを受け取ってから、ンタンさんが変わった、と?」

「……うん」

 俺は、そんな違和感を抱かなかった。この一週間も、それまでの一年間も、全く同じンタンさんだった。だけどそう、親友とも呼べる間柄なら。

「変な話だけどね。バス停で待ち合わせだから、そこまででいいから」

「なにかあったときのために、近くにいてほしいと」

「そういうこと。よろしくねボディガードくん」

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