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【短編・完結】蜜色の髪に隠された痣は「呪い」ではなく、竜神の加護でした ~『穢れた聖女』と追放されたので、竜人将軍に嫁いで国ごと見返します~

作者: uta
掲載日:2026/07/09

「その蜜色の髪と、隠された痣。やはりお前は"穢れた聖女"だ。婚約は破棄する」


聖女認定式の大広間に、王太子ジークの声が朗々と響き渡った。


私——セリカ・ラ・フォンティーヌは、うなじに手をやりかけて、止めた。


つい先ほど、異母妹アメリアが皆の前で私の髪をかき上げ、隠していた鱗状の黒い痣を暴いたばかり。ざわめきは今も波紋のように広がっている。


(ああ、また同じだ)


心の奥で、乾いた声がした。


前世——澤村芹、二十八歳。日本のブラック企業で、理不尽な減点評価に耐え、手柄を横取りされ、それでも笑って働いて、最後は会社の床で倒れて死んだ。


転生しても同じだった。癒しの力で王国を陰から支え、魔物討伐で傷ついた兵を何百人も治してきた。なのに功績はすべて妹のもの。私は「地味で不気味な予備」。


(そう。今世でも『無償の善意』は、ただで搾取されるものらしい)


「言い訳はないのか、セリカ」


ジークが顎をしゃくる。その隣で、アメリアが両手を胸の前で組み、うるうると瞳を潤ませていた。


「お姉様……わたし、ずっと怖かったの。お姉様の痣が、この国に災いを呼ぶのではないかって……」


(うわぁ、清楚ムーブ完璧だな。演技力だけは本物だわ)


甘ったるい声。人前でだけ発動する被害者ヅラ。私に向けるときの嘲りとは、まるで別人だ。


父である辺境伯も、継母の陰でただ目を伏せている。誰も、私の味方はいない。


私は深く息を吸った。


そして——静かに、一礼した。


「かしこまりました。では、辺境伯家からも、聖女の任からも、退かせていただきます」


喚かない。泣かない。取り乱さない。


その静けさが、かえって大広間をざわつかせた。断罪される者は縋りつくのが常だからだ。


「……ふん、素直でいいじゃないか」ジークが鼻を鳴らす。


アメリアの口元が、勝ち誇った弧を描いた。


(さぞ気分がいいでしょうね。でも——)


前世の私は知っている。理不尽に耐え続けた末路がどうなるかを。だからこそ、今度は違う。


私は顔を上げ、澄んだ声で告げた。


「一つだけ。この国の結界を維持していた聖なる祈りは、本日をもって私が引き継ぎを解きます。以降、どなたが継ぐかはお好きに」


一瞬の沈黙。


それから、アメリアが甲高く笑った。


「結界? あれはわたしの御力でしょう。お姉様ったら、往生際が悪いこと」


「そうですね。ではどうぞ、その御力で。……失礼いたします」


誰も気づいていない。


魔物の侵攻を長年抑えてきた『大結界』——その術者が、アメリアではなく私自身であることを。


手柄を奪われる代わりに、術式の"鍵"だけは自分の血に紐づけて隠しておいた。前世で叩き込まれた自衛策。


『引き継ぎ資料は、自分にしか分からないよう握っておけ』


社畜時代の教訓が、まさかこんな形で役に立つとは。


私はドレスの裾を翻し、大広間に背を向けた。


誰も追ってはこなかった。


(さようなら。二世代分、お世話になりました)


重い扉が、背後で閉ざされた。



王都を出て、辺境へ向かう街道。


馬車も供もなく、ただ一人。夜風が蜜色の髪を揺らす。


(さて、これからどうしよう。まずは宿……いや、お金も持ち出してないな。相変わらず計画性ゼロ)


自嘲していた、そのとき。


——ゴォン。


遠く、国境の方角で、大気が軋むような音が響いた。


夜空に走る、亀裂のような光。


『大結界』が、綻び始めている。


私が引き継ぎを解いたことで、鍵を失った術式が音を立てて崩壊していくのだ。


「……止まらないわね、もう。あの結界、私が鍵だったなんて、誰も気づかないまま……っ!?」


呟いたと同時に、うなじの痣が、突然、燃えるように熱を帯びた。


膝から力が抜ける。視界が明滅する。痣が、黒い光を放って脈打っている。


こんなこと、今まで一度もなかった。


倒れ込む寸前——地を蹴る音。


力強い腕が、私の身体を抱き留めた。


見上げれば、月光を背にした巨大な影。


長身に鍛え抜かれた体躯。首筋から覗く、銀の鱗。縦に裂けた金色の瞳が、まっすぐに私を——正確には、私のうなじの痣を、射抜いていた。


「竜、人……?」


冷酷無比と噂される、竜人族。


その男は、私を抱えたまま、ゆっくりと——地に、膝をついた。


将軍と思しき威風の男が、追放されたばかりの令嬢に、ひざまずいたのだ。


「探した」


低く、掠れた声だった。冷酷な将軍のものとは思えぬほど、震えていた。


「……あの、どなた——」


「これは呪いではない」


男は私の言葉を遮り、うなじの痣を見つめたまま告げた。


「竜神アズヴァルドの『加護痣』だ。数百年に一度、竜神が己の力を託す器に刻む聖印。……あんたは"穢れた聖女"じゃない」


金色の瞳が、まっすぐに私を捉える。


「竜神の花嫁だ」


私は、しばらく無言だった。


(……え)


頭の中で、今日一日の出来事が高速で巻き戻る。断罪。暴露。「穢れの証」。それが。


(呪いじゃなくて、最上位のチートでした?)


「俺はガルレイド・ヴォルグ・アズヴァルディア。竜人族の将軍にして、長」男は名乗り、それから、ぶっきらぼうに付け加えた。「……立てるか。冷える。里へ来い。悪いようにはしない」


言葉は硬い。表情も鉄面皮だ。


なのに、私を抱える腕は、壊れ物を扱うように慎重で。


「あの、将軍様。私、たった今、国を追放された身でして」


「知っている」


「痣は呪いだと言われて」


「愚かだ」ガルレイドの声に、微かな怒気が滲んだ。「竜神の花嫁を『穢れ』と呼ぶ国など、滅びればいい」


(うわ、重い。でも……なんだろう、この温もり)


二世代分、誰にも守られなかった私の背を、今、大きな手が支えている。


その温もりが、やけに沁みた。


「……お世話に、なります」


私がそう言うと、ガルレイドは一瞬、ぐっと言葉に詰まったように喉を鳴らし——それから、そっぽを向いた。


「……っ。……ああ」


耳が、赤い気がした。


(強キャラのくせに、耳まで赤くして……ポンコツか?)



竜人族の里は、切り立った山々に抱かれた、驚くほど温かな場所だった。


「花嫁様——! お待ちしておりました! わあ、本当に蜜色の髪! 加護痣も! 竜神様の花嫁様だぁ!」


出迎えてくれたのは、小さな角と尻尾を持つ少女、リィナ。私の世話役だという。


彼女は私のうなじの痣を見て、目を輝かせた。忌避ではなく、憧れの眼差しで。


「……この痣、怖くないの?」


思わず訊いてしまった。


リィナはきょとんとした。「なんで? 竜神様の一番の証じゃないですか! 里のみんな、花嫁様が来てくださって、ずっとお祭り騒ぎなんですよ!」


(……隠さなくて、いいんだ)


胸の奥が、じん、と熱くなる。


二十八年——いや、二世代分。ずっと隠してきた。忌み嫌われると思っていた。


それが、ここでは誇りだという。


「将軍サマもね、花嫁様のこと、そりゃあもう大切に思ってるんですよ」リィナがくすくす笑う。「口が下手なだけなんです。あの人、優しくしようとして、いつも威圧しちゃうんですから」


「……なんとなく、分かる気がする」


そのとき、廊下の陰でガルレイドが「花嫁が寒くないよう火を——いや、暑すぎるか、どっちだ……」などと一人で低く唸っているのが見えた。


どうやら私の部屋の室温を本気で悩んでいるらしい。


(強面の将軍が、部屋の室温で本気で唸ってる。なにやってるんだか)


初めてだった。


痣を隠さなくていい。功績を奪われない。倒れるまで働かなくていい。


——ここが、私の欲しかった『居場所』かもしれない。


そんな予感が、静かに芽生えた夜。


一方その頃、王国では。


崩れゆく結界を前に、アメリアが青ざめた顔で祭壇に立っていた。



「祈りなさい、アメリア! 早く結界を張るのだ!」


王太子ジークの怒声が、崩壊寸前の王宮に響く。


国境から雪崩れ込む魔物。逃げ惑う民。空を裂く亀裂。


アメリアは祭壇に手をかざし、必死に祈った。


「聖なる光よ……結界を……お願い、出て、出てよ……! な……なんで……何も、起きないの……」


だが、何も起こらない。一筋の光すら、生まれない。


当然だった。彼女に、力など一度もなかったのだから。


回復魔法も、結界も、すべて姉セリカの功績を騙っていただけ。虚飾の聖女には、魔物の一匹すら退ける術がない。


「アメリア、どういうことだ! お前は聖女だろう!? なぜ結界が張れない!」


「わ、わたしは……わたしは、ただ……」


がたがたと震えるアメリア。


そのとき、ジークの脳裏に、ある光景が蘇った。


——静かに一礼し、去っていった、蜜色の髪の女。


『聖なる祈りは、本日をもって私が引き継ぎを解きます』


「……まさか。夜ごと祭壇に籠っていた、地味で不気味と侮っていた、あの女……本物の聖女は……俺が、捨てた……あの女、だったのか……」


血の気が引いていく。膝から崩れ落ちるジーク。


だが、時すでに遅し。


結界は完全に消え、魔物の群れが王都の城壁に迫っていた。


『失ってから気づく』——それは、いつだって、取り返しのつかない瞬間に訪れる。



竜人族と王国の、緊急会談。


魔物の脅威を前に、王国はなりふり構わず竜人族に助けを求めた。その席に、私はいた。


ガルレイドの隣。誰も隠していない、蜜色の髪を晒して。


「せ、セリカ!? なぜお前がここに——」


私を見つけたジークが、椅子から立ち上がる。アメリアも、父も、継母も、幽霊でも見たような顔をしていた。


「話が早い。あんたたちに見せたいものがある」


ガルレイドが、卓上に一つの水晶を置いた。青白く輝く、竜眼の記録水晶。


「竜人族は、加護痣の器を数百年、見守ってきた。当然、その者の行いも——すべて、記録している」


水晶が、光を放つ。


映し出されたのは、映像だった。


夜ごと祭壇に一人籠り、血を捧げて大結界を維持する私。負傷兵の列を、倒れそうになりながら一人残らず治していく私。そして——その功績を、アメリアが横から奪い、王太子に微笑む姿まで。


すべてが、克明に。


会場が、静まり返った。


「う、嘘よ! これは幻術だわ! お姉様が竜人を騙して作らせたのよ!」アメリアが叫ぶ。


「竜眼の記録に、偽りは映らない」ガルレイドが冷たく切り捨てた。「偽れるのは……人間の口だけだ」


アメリアの顔が、ぐしゃりと歪む。


もう、誰の目にも明らかだった。


聖女は、私だった。ずっと、私だった。


私は、静かに一歩、前に出た。


二世代分の理不尽を——今、ここで、終わらせるために。


「私を『穢れ』と呼んで捨てたのは、あなた方です。竜神の花嫁を追放した国に、加護は戻りません」


「セリカ、待ってくれ!」ジークが跪き、縋りついた。「俺が悪かった! アメリアに騙されていたんだ! 頼む、もう一度だけ、結界を——国を、救ってくれ!」


(ああ、その台詞。前世で何度も聞いた。『君にしかできない仕事だから』って、都合よく使い潰すときの決まり文句)


私は、彼を見た。


「ジーク王太子。あなたは私の実績を一度でもご自分の目で確かめましたか。私が倒れるまで働いていたとき、一度でも労いの言葉をくださいましたか」


「そ、それは……」


「くださいませんでしたよね」


静かに、微笑む。


「無償の善意は、当たり前ではありません。搾取していい資源でもありません。——それを、二世代かけて、ようやく学びました」


アメリアが泣き崩れる。「お姉様、助けて、お姉様……! わたし、どうなっちゃうの……!」


「アメリア。あなたは私のものを、たくさん奪ったわね。功績も、名誉も、居場所も。でも、一つだけ奪えなかったものがある」


私は、続けた。


「竜神様が私に刻んだ、この痣よ」


うなじの痣が、誇らしげに黒く輝いた。


「さようなら。二度と、私の名を騙らないで」


私は背を向けた。


隣で、ガルレイドがぽつりと言った。


「……見事だった」


言葉少なな彼の、精一杯の賛辞。


(その不器用さに、少しだけ笑ってしまった)


辺境伯家は取り潰し。王太子は廃嫡。虚飾の聖女は、すべてを失った。


そして私は——もう、振り返らなかった。



竜人族の里に、朝が来た。


窓から差し込む光。鳥のさえずり。そして、扉の向こうで元気な声。


「花嫁様! 朝ごはんですよー! 今日は将軍サマが山から果実を採ってきたんです。花嫁様に食べさせたいって、崖をよじ登って!」


「……あの人、また無茶を」


苦笑しながら身支度を整える。


食堂では、ガルレイドが仏頂面で果実の山を積み上げていた。


「食え。……体に、いい」


「ありがとうございます。でも、こんなに一人じゃ食べきれません」


「……そうか」明らかに落胆した様子で、しかし表情は変わらない彼。「では、俺も、食う。一緒に」


(不器用すぎるでしょ、この将軍。でも……嫌じゃない)


誰かが、私のために何かをしてくれる。見返りも求めずに。


そんな当たり前が、二世代ぶりだった。


「セリカ」ガルレイドが、ふいに真剣な顔をした。「竜人は、生涯にただ一人だけを愛する。……俺の、その一人は」


そこで、言葉に詰まる。耳が、また赤い。


「……ゆっくりで、いい。あんたが、ここを居場所だと思えるまで、俺は待つ」


不器用で、まっすぐで、あたたかい言葉。


「……はい」


私は、うなずいた。今度は、心から。


その日の午後、王国から嘆願の使者が来たが、ガルレイドが門前で一蹴した。


「花嫁を穢れと呼んだ国に、貸す手はない。——帰れ」


それを聞きながら、私は里の高台で、澄んだ空を見上げた。


痣を隠さなくていい。功績を奪われない。倒れるまで働かなくていい。


「さて」


私は、微笑んだ。


「竜神様の花嫁業、初日から残業ゼロで最高だわ」


——そのとき。


風が、ふわりと巻いた。


『ほう。ずいぶんと、たくましくなったものよ、我が花嫁』


飄々とした、掴みどころのない声。


空に、悠然と、巨大な竜神アズヴァルドの気配が滲む。


「竜神様……!?」


『前世でも、ずいぶん働かされたのだろう? 今世くらい、のんびりせよ』


(前世のことまで、お見通しか)


『——時に、セリカよ』


竜神の声が、ふと、意味深に低くなった。


『次の加護痣が、別の国に、現れたようでな』


「……え?」


『さて、どうする? 我が花嫁』


風が、次の物語の匂いを運んで、遠くへ吹き抜けていった。


(いやいや、残業ゼロって言ったばかりなんですけど!?)


私の内心のツッコミを置き去りに、竜神の笑い声だけが、青い空にこだました。

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