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"始まる"って感じ

春って季節は、どうにも落ち着かない。

新生活に、緊張とも高揚とも取れるソワソワ感、そして何よりなんとなく周囲から感じる“やる気”。

気持ちは分かる。俺だって昔は友達100人できるかな、とワクワクしながら通学路を通ったものだ。

「ヨウ、顔が終わってる」

「悪口か?」

後ろから駆け寄ってきたシラベが言った。

花崎調はなさきしらべ、腐れ縁の幼馴染、朝から元気なやつ。

「昼前に目を覚ます生活を続けていた身としては、かなり頑張ってる方だろ」

「入学式だよ?もっとこう、キラキラしなよ」

「そういうのは同級の仲間たちに譲るよ」

「ははは。便利な言葉だね、それ」

シラベは口元を押さえてけらけらと笑う。


そんなシラベの様子に呆れながら前を見ると、学校までの坂道が見えてきた。

学校が近くなってきたこともあり、周囲にもかたまっている人たちが目に留まる。

「うわ、もう仲良くなってる人いる。コミュ力高っ!」

「たぶん、同じ中学だったとかだろ」

「私たちもあんな感じ、してみる?」

「恥ずかしいからやめとく。」

「うん、それはちょっと分かる」

分かるのかよ。

そんな話をしていた時だった。

「わっ……!」

少し前で、小柄な女子がよろけた。

持っていたトートバッグから紙がこぼれる。

「あー……」

顔を白黒させたその少女を、周りがちらっと見る。

でも誰も動かない。

いや、正確には行くタイミングを逃した。

こういう時、一瞬遅れると逆に行きづらいし、全員が「誰か行くだろ」と二の足を踏む。

でもこいつは動く。

「大丈夫?」

ヨウが声をかけつつ駆け寄る。

俺も、面倒だなと思いながら足は前に出ていた。

面倒ではある。でも放っといて後味が悪くなるのもなんとなく嫌だった。

「ほら」

シラベと集めた紙を渡す。

「あ……ありがとうございます」

女子はそれを受け取りながら、慌てた様子で頭を下げた。

小宮春。拾った書類に書かれていた名前だがコミヤ ハルさんだろうか。

「道路よく見たらデコボコだしね、気を付けてね。」

「は、はい……」

「てか、1年生だよね?名前教えてよ」

「ハルっていいます……」

少し訛りがある。意識して標準語を放そうとしているのか、ぎこちなくも感じる。

もしくは想像以上にシラベに話しかけられて少し驚いているのかもしれない。

が、初対面ならこんなものだろう。

どちらかというと、初対面とか関係なく普通に話せるシラベがすごいんだ。

小宮はもう一度、小さく頭を下げた。

「あ、あの…本当にありがとうございました」

「また後でねー」

そのまま小宮は坂を上っていく。

追っかける形になるが、俺たちも歩みを進めた。

「いいことしたね、ヨウ」

「別に大したことじゃないだろ」

「でもさ」

調が伸びをしながら空を見上げる。

「しないよりは、した方がいいに決まってる!」

「そうだな」

「それにさ、この春の季節に春ちゃんと会ったんだよ。なんか、“始まる”って感じがした!」

「意味が分からん。言葉が感覚派すぎる」

でも、まあ。

さっきの小宮の顔を思い出す。

少し緊張してて、不安そうで。

……たぶんだけど、俺を含め今日の新入生はみんなあんな感じなんだろう。

私立鳴宮高校。―新しい学び舎である。

校門をくぐると、校舎の横に並んだ桜も見え、風が吹くたびに花びらも少し散り、なんとも幻想的な風景だ。

「アニメみたい」

シラベが言う。

「感想がペラペラだ」

「実のある言葉だけを口にするには、私はまだピチピチだからね」

「……」

「むしろ、ヨウはもっと気持ちを言葉にした方がいいと思う」

「努力するよ」

でも。

キレイな校舎、パリッとした制服、そして見知らぬ同級生。

……まあ、多少は。

“始まる”って感じは分かるような気がする。

入学式は長かった。

校長の話が長い。来賓の話も長い。―椅子は固い。

たぶん全員「早く終われ」って思ってる。

「ヨウ、寝てた?」

式が終わって移動する途中、シラベが聞いてくる。

「寝てない」

「絶対寝てた」

「目閉じて話聞いてただけだ」

「器用だなあ」

そんなくだらない話をしながら教室へ向かう。

入学式前に配られた座席表から、シラベと同じクラスであることは確認済みだ。

再度座席表を広げながら、シラベがこちらに視線を向ける。

「同じクラスになるのは久しぶりだね」

「なんだかんだ、中学3年間は別クラスだったしな」

「大丈夫?仲良しの女の子が同じクラスにいる幸せで爆発したりしない?」

「もし爆発するとしたらストレスが原因だろうなぁ」

そんな軽口にブーブー言われながら教室に入る。

俺の席は窓際の後ろ…だったらよかったのに。

「”堂跡”って苗字は、こういう時不便だな」

ぼやきながら俺―堂跡謡どうあとよう―は3列の真ん中の席に座った。

そして周りを見て気づく。

――もう話してるやつらがいる。

「よろしくー」

「中学どこ?」

「部活何やる?」

みんな案外普通に話していて、すごいなと思う。

後ろからシラベの声が聞こえるが、すでに隣の女子と会話が弾んでいるようだった。

(ヨウも話しかければいいのにー)

頭の中でミニシラベが言う。頼むから黙っててくれ。

教室の、なんというかこういう空気は苦手なんだ。

そんなことを思っていたら――。

「あ……」

朝、坂道で会った女子――コミヤだ。


ちゃんと笑ってる。ちゃんと返事もしてる。でもどこか少しだけ噛み合っていない。

会話のテンポだろうか。

笑うタイミングだろうか。

距離感、まだ慣れていないだけだろうか。

たぶん本人も、合わせようとしている。

「……ハルちゃん、頑張ってる感じするね」

“頑張ってる”。その言葉は妙にしっくりきた。

そうだ、小宮は“ちゃんと馴染もう”としている。だから余計に空回る。

その時、小宮が少し無理に笑ったのが目に入った。

――ああ、そうだ。春ってこういう季節だったかもしれない。

始まる季節っていうよりも、うまく始められるやつと、そうじゃないやつが分かれる季節。

「ヨウ」

調が小さく笑う。

「また変なこと考えてる顔してる?」

「してないよ」

「いや、してるよ」

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