貴方が私と結婚できると思う?
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「結婚してくれませんか?」
「…………」
首が痛い。私――ラストフィア第二王女は目の前にいる、表情が逆光でよく分からない人を見上げた。
「ばあや。椅子を持ってきて頂戴。うんと高いのをね」
「かしこまりました、お嬢様」
私は椅子に上り、男と目線を合わせふんと息をついた。対する男はぽっと頬を赤らめる。なんで。
咳払いをした。
「レイ・クライバーン様。貴方の申し出はよく分かりました」
「本当ですか!?」
「ですが、頷くことはできません。――だって私、貴方に抱き締められただけで、きっと死んじゃうもの」
百五十七という普通くらいの身長の私と。元勇者で力の大半を失った今も『怪物』と恐れられるほどの力を持つ、身長も二百二十ほどある彼。
うん、上手くいく未来が見えない。却下、チェンジで。
◇◇◇
この世界では、長らく魔王がその猛威を奮っていた。民や他の国の人々は魔物たちに怯えながら日々生活をしていたのだ。
そんな中、転機が訪れる。
預言者のお爺さんが、近々勇者が現れると告げたのだから。当時六歳だった私は夢物語が好きでとてもワクワクしたものだ。どんな勇者様が現れるのだろうと。
それから十年。
――私だって強くなれば、勇者様と結婚できるかも! そんな思いつきから始めた魔法の腕が国でも指折りとなった頃、勇者様は現れた。
元は村人だった彼は、家族に背を押され王城に来たらしい。
「「「…………」」」
お父様にお母様、お兄様が絶句している。去年隣国へ嫁がれた、繊細なお姉様が見たら倒れてしまいそうなほどの大男が立っているのだから、当たり前とも言えたが。凄い、騎士の中でも見たことない大きさ。
お父様は口をパクパクさせている。国王としての威厳を、見せろ! その意思で小突けば、はっと我に返ったようであった。
「そ、そなたが勇者か。確かに……勇者っぽいな。預言者も『一目見てピンとくる』と言ってたし」
痛む首を抑えながら大男を見上げる。顔は端正かもしれないが、赤い目に黒い髪の彼は想像していたのと違った。てっきり、物語宜しく金髪碧眼の勇者が現れると思ったのに。
勇者様の虚像がサラサラと崩れていく。
私ががっかりしてプチ失恋中にも、トントン拍子で物事は進んでいった。
今日は、正式に勇者様となった彼を見送る日。乗れる馬がおらず徒歩でパレードを練り歩く彼を、王族の席で欠伸を噛み殺し見つめる。
パレードに集まった民衆は、彼の姿を見るなりざわめきを上げていた。
そんな反応も意に介さず粛々とドシンドシン音を立てて進む勇者様はもう目と鼻の先で。あとはお父様に宣誓をすれば完了となる。
もう一度欠伸をした。瞬間、騒いでた民の一人が、前に躍り出る。
瞬く間の出来事だった。列の最前線に出た男が、拳大ほどの石を男目掛けて投げつけたのだ。
額に当たったそれは、鈍い音を立てた。
「ゆ、勇者だなんて言われているが、お前こそ魔物じゃないのか!? そんな、怪物みたいな図体で! お前が俺の妻と娘を奪ったんだろ!」
しん、と静まり返る。次に民衆は沸き立ち、彼に心ない言葉を浴びせた。自分たちが今まで奪われてきたものを取り返すように。
「…………」
黙ってそのまま進む大男。……変な人。一つや二つ、恨み言を投げたって神も咎めないでしょうに。
なんて、憐れなんだろう。
――彼の家族に報奨金を渡した騎士が言っていた。家族たちは目をギラギラさせて、あんな化け物でも役に立つのか! と。
どんな扱いを受けて来たのか。手に浮かぶマメの跡を見れば一目瞭然だった。
「……優しい人、なのね」
なんだ。それなら私の知っている勇者様と一緒だ。
私は立ち上がり、パレードを歩き始める。止めようとする家族を無視し、勇者様の下へ来た。
王女である私が来て一斉に口を閉じる民を見回す。声を大きくする魔法を口の中で唱えた。
「――噂に惑わされるのはやめなさい! 姿など関係なく、彼は正しく勇者です! そして、貴方たちと同じ人間です。力の有る無しなど関係ありません。誰もが、立ち向かうのは怖いのです。それでも彼は立ち上がってくれました」
民衆が私を見ている。
そこには、さっきの燃えるような怒りだけではなく、陰りも伺えた。
「罵倒するのではなく祈りなさい、勇敢な勇者様に。……神秘の力は昔から、人々の気持ちに宿るモノです。皆が祈れば、必ずしや平和な世が訪れるでしょう」
声を失った民たち。私は次に勇者様を見る。
「跪いてくださらない?」
「あ、はい」
膝をついた彼の額から流れる血を、魔法で治す。
それから、ありったけの力で祈りを込めた。
勇者様が生きて帰ってこれるように。なるべく酷い怪我をしないように。
魔力が枯渇していき、意識が遠のくのを感じながら私は微笑む。
「頑張ってくださいましね」
顔を真っ赤にして目を見開く彼を見たのを最後に。意識がぷつりと途切れた。
次に目覚めた時。既に勇者様は発ったと聞いた。
◇◇◇
それから一年後。勇者によって魔王が討たれたと報せが入る。
私も、魔物が突然溶けるように消えたなどの報告を受け、喜びに震えた。
再会したのは、勇者様を国王が労う場でのこと。勇者様は酷い姿だった。左手は腕から義手になっていて、頭にも包帯が巻かれている。前より魔力も薄れていて、彼が魔王を倒す代わりに払った犠牲に様々な想いが去来した。
力の大半は失われたのだろう。
お父様が、多額の報奨金と男爵を授けることを宣言する。
「して最後に……勇者であるそなたからなにか望みはあるか?」
「……でしたら、ラストフィア王女様と話したいです」
私と?
特に断る理由もなく、ばあやを連れたって別室で話をする。
そこで私は求婚されたのであった。
追い縋る勇者様にきっぱりと断りの意を申し立てた翌日、私は王城を歩いていた。
澄まして歩くけど、つい独り言を呟いてしまう。
「きゅ、求婚ねぇ……。まぁ勇者様とあれば外聞は悪くないし、優しい人だし? けど体の大きさが違いすぎるわ。腕なんてポキっと逝ってしまうかも」
ふと、昔を思い出して身震いした。八歳の頃、少し魔法が使えるようになり驕っていた私は、街に一人で遊びに行ったのだ。そして攫われ、人身売買されそうになった。
救難信号を送る魔法を思い出し事なきを得たが、泣く私の髪を引っ張った大男たちを思い出すと今でも怖くなる。
「もし彼に触れられて、私が震えたりなんてしたら……きっと傷つけてしまうわ」
そっと体を抱きしめた。
物思いに更け立ち止まっていると、声をかけられる。肩に置かれた手を振り払った。
「不愉快よ。やめてくださらないセザスト卿」
「やだなぁ。俺と王女殿下の仲じゃないですか」
「なにもないでしょ」
そうだ、私に求婚する男はもう一人いた。私と同じ魔法を使い、去年私が試合で勝利してから求婚を繰り返すようになった人。
ヘラヘラ笑う男に嫌悪感を覚える。魔法を飛ばしたくなるのを必死に耐えた。
「なんの用かしら?」
「今日こそ良い答えを聞こうと思って」
「何度来ても答えは変わらないわ」
早足で歩くが、足の長さの利は男の方にある。気づけば、私は外に開けた廊下にいた。
「ね、良いじゃないですか王女殿下。勇者サマの求婚を蹴ったのも、俺と結ばれるためでしょ?」
「違うに決まっているでしょう」
鬱陶しい。そう思いながら振り払おうとした時。発せられた言葉に拳を握りしめる。
「ふん、まさか俺とあの『怪物』を天秤にかけて選んでるんですか? 王女殿下は随分と酔狂で」
カッと頭に血が昇って、気づけばセザスト卿の頬を打っていた。
「彼は勇者様です! 侮辱するのはやめなさい!」
左頬を赤くした彼の目が、ギョロリと私を捉えた。
「――ほんっとうにクソ生意気な王女だ」
底冷えする声で呟いた。
危険を感じ後退る。
「負けてから、それまで俺は優秀で持て囃されていたのに、今は皆に普通の目で見られる。あまつさえ、偉そうにしてたのに王女に負けた人なんて言われて! この屈辱がお気楽な王女殿下に分かるか!」
廊下に地続きのドーム状のガゼボのような場所。そこに足を踏み入れた瞬間、蔦が私の足に絡んだ。魔法で切ろうとするが、吸われていくみたいに急激に魔力がなくなっていく。
体が崩れ落ちた。
「どうして、これが……」
魔王が生息していた地域にあった、魔力を吸う蔦だと瞬時に理解する。植物は環境に順応していただけで魔王が討たれても消えず、魔法使いたちによって焼き払われたと聞いていたのに。
「心底不思議、って顔してるよな。俺はその焼くための隊に参加してたんだよ。あーあ。本当は使わないつもりだったのに、王女殿下が生意気だから」
私は着々とここに誘い込まれていたのだろう。悔しくて歯噛みする。
セザスト卿に感じていた嫌悪感の理由も今解ってしまった。私は怯えていたのだ。大男たちに攫われた時のように。だから動物が毛を逆立てるように威嚇していた。
……あれ、じゃあ彼は――
何かを掴みかけた所で、意識が薄れていく。
セザスト卿が魔法を唱え始め、赤い光の球体の照準を、私に合わせた。
「良い子で求婚に応じてくれれば、俺が上だとちゃんと躾けて可愛がってやるつもりだったのにな……。死にはしない、身体に跡が残るだけさ。これからの結婚に響く、キツイ跡がな」
光の球体が、放たれる。
迫りくる熱に私は堅く目をつむった。
だが痛みは訪れなかった。代わりに、大きなものに守られている気配がする。
薄く目を開ければ、そこには私に覆いかぶさる勇者様がいた。私に触れないように腕に力を入れ踏ん張っていた彼は、脂汗を掻きながら起き上がる。
私の足に巻き付いた蔦を引き千切り、横に身を崩す。
「あ、あの蔦を手で千切った……!? やっぱり化け物じゃねえか!」
蔦が千切れ魔力が還元された私は、二発目を撃とうとするセザスト卿を魔法で拘束し口を封じた。そして親の名前より覚えた救難信号の魔法を唱える。
「勇者様!」
「あ、大丈夫ですかラストフィア王女様……」
「私は平気です!」
回復魔法をかけるが、恐らく跡が残ってしまうだろう。後悔で胸が詰まる。
「僕のことは気になさらないでください。元よりこんな見た目ですし、貴女を守れれば良いんです」
「……そんな寂しいこと、仰らないでください」
「いいえ、そうですよ。僕は魔王を倒す途中、辛い時は王女様を思い出していました。初めて僕を、普通の人間のように扱ってくれた貴女を」
ぽつぽつ。優しい雨粒みたいに語られる。
「家族にも煙たがれる俺が勇者に名乗り出たは良いものの、怪物と言われ少し落ち込みました。けど王女様が怒ってくれて、息もできないくらい嬉しかったんです」
セザスト卿には嫌悪感を覚えたのに、勇者様にはなにも思わなかったのは。彼が心底優しい人だからだろう。
だから、揺れる心があったのかもしれない。
「……お願い、もう私を守らないで」
「あ、気持ち悪かったですかね。今日も貴女に薔薇の花なんて持ってきたりしましたし……。すみません、もうここには来ません」
「そういうことじゃないわ。私も、私もよ。貴方を守らせて。お願いレイ・クライバーン、私と結婚して頂戴」
あと、薔薇の花は私に渡すこと。
そうピシリと指差す。顔を真っ赤にして二の句も告げなくなるレイにもう一度聞けば、コクコク頷かれた。
ふふ、と笑う。そこで騎士たちも到着した。
呼び出しから五分。早いわね、なんて思っていれば、口を封じていた魔法が切れたのか、セザスト卿が叫んだ。
「なんで! なんでそんな化け物が選ばれて俺が選ばれないんだよ」
「――あら、だって勇者様と結婚するのは物語の王道でしょう?」
レイに抱き上げられた私は、そっと微笑んだ。
◇◇◇
あれから。セザスト卿は魔法を使えないようにされ北の労働所に行ったと聞いた。
私は今日結婚式を迎える。
「レイ、どうかしら私の姿は」
私が来ると膝をつく習慣が出来てしまった彼が、目線を合わせふにゃりと笑う。
「とてもお綺麗です」
よしよし、ウエディングドレスを凝った甲斐があるわね。
待合室で時間が来るまで待つ時間。私は暫くこの美しい姿を見せびらかす。……という建前でレイの姿を目に焼き付ける。
白い礼服が彼の端正な顔に映えていて、世界一カッコいいと思ってしまう。
ふんふんと鼻歌を歌えば、レイは少し顔を俯かせた。
「あの、これから結婚しますが、接触は最小限にしませんか?」
「なぜかしら!?」
そんなの耐えられない。
「いえ、だって僕が触れたら王女様を壊してしまいそうで……」
「あら、そのこと」
今日も優しい彼の唇を指で塞ぐ。
「そうねぇ。まず私のことはラストフィア、と」
「ラ、ラストフィア」
良くできました、と私はレイの頭を胸に抱き寄せる。額に唇を落とした。
「レイ、そんな心配しなくて良くってよ」
「え?」
「だって私から触れれば万事解決だもの。……覚悟してくださいましね、旦那様」
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