さん
気づけば姿絵に涙の染みが広がっていた。
異界の者の命はチリのように軽い地獄のような場所に、匠を置き去りにして死にたくなんてなかった。約束を守りたかった。
どうせ転生するなら、私が死んだ直後にして欲しい。ぶっちゃけて言うと、1000年も経ってからじゃ遅いから!
「くたばれテティス神!」
沸々とした腹の底から湧き上がる怒りの声。それに応える声は無いはずなのに…。
「そう言うん時は、『ふぁっく』つって叫びながら、このポーズをするんじゃ」
「!?」
心臓が跳ねた。
物置部屋に入った時私は1人だったし、室内には誰もいなかった。それに誰が物置部屋に入った足音もしなかった。
まさかオバケ?
いやいや、オバケなんてないないない。だいたいオバケは「ふぁっく」なんて言わない。この屋敷では私に嫌がらせするヤツばかりだし、きっと使用人の誰かだ!
それでも心臓はドクドクとうるさく脈打つ。恐る恐る声が聞こえた方に視線を向けると。
そこに居たのは、背が私より頭ひとつ分低い子供だ。日本の夏でお馴染みの甚平を着ていて、黒目黒髪の。男の子にしては長めのショートヘアーで、前髪を伸ばし真ん中で左右に分けている。そして、人族でないと主張する額から突き出た一本の角。その子が右手の中指を天井に向けて突き立てていた。
「何で、魔族が?」
「あほんだら!ワシは魔族なんぞじゃないぞ!ワシは獄卒じゃ!!」
「獄卒って、あの地獄の鬼の!?」
「そうじゃ。名はカガチじゃ。日本出身のくせに魔族と間違うなど、言語道断じゃ!」
御伽話で地獄に住む鬼で有名な、あの獄卒か!確かに、吊り上がった黒い瞳には、子供らしい純粋な輝きがなく、イっちまった目をしてる。例えるのなら、モンスターを狩るゲームに三徹でのめり込むヲタクの瞳とか、スプラッター映画で人間達を追い回す怪物の目だ。
つまりは、イカれた目をしてるってことだ。
「なんぞ、失礼な事考えちょる顔じゃなぁ」
「ソンナコトナイデス」
「片言になっちょる時点で図星か!」
「すみませんです」
「まぁ、良い。それよかお前さん、小太刀 橙子で間違いないんか?」
スッと獄卒カガチが目を細めると、空気がピンッと張り詰める。流石は獄卒。地獄に落ちた亡者を責め苛む鬼だ。
真実を語れと重圧感が凄い!
「はい。間違いなく私の前世は、小太刀 橙子でしたが、転生して今はリデア・デュモンティーです」
隠す必要がないから素直に答えると、カガチは目を見開いた。
「なんじゃと!?お前さん、亡者じゃないんか!!ワシらの縄張りで九回の裁判をせんと、生まれ変わったちゅうことか!?」
「ひぇ!?はいぃ!!」