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7.絶望に染まる

 時はモルディック砦陥落直後に遡る。


 幸運にも無事に脱出を果たしたカイトは、地下道の出口から深い森へと辿り着いた。

 周辺には魔族やその眷属の姿があったが、カイトは息を殺して身を隠し、泥まみれになりながらひとまず安全な場所に到った。


「なんとか……なったか」


 湿っぽい洞穴の中で、カイトは嘆きの溜息を吐く。

 この世界は甘くない。嫌というほど思い知らされた。

 かてて加えて、カイトに残された時間は僅か。リーティアの言葉を信じるなら、タリスマンの効果が切れるまでたった一週間しかない。


「どうすんだよ、これから」


 暗い洞穴でたった一人。行き場のない想いが溜まっていく。

 頬が濡れていた。涙を拭い、砕けそうになる心を叱咤する。

 いっそのこと全てを投げ出して、諦めてしまいたい。そうすればどんなに楽だろうか。


「くそ。死んでたまるかよ」


 死への恐怖はない。ただ、ソーニャに投げつけられた言葉がカイトの反骨心を刺激していた。

 洞穴で夜を明かしたカイトは、翌朝の日の出から行動を起こした。人を見つけるために、森の中で見つけた川をずっと下流まで辿る。

 生活する上で必要不可欠な水を安定して供給する川の付近には、必ず人が住まうものだ。地球の古代四大文明が川を起点に生まれたというのは、現代日本の義務教育で学んだことだった。


 ひたすらに歩いた。道のりは険しい。朝は昼になり、やがて夕焼けが訪れても、街はおろか集落と呼べるものすら見当たらない。せめて小屋のひとつでもあればと願っても、そもそも人工物すら見つけることができなかった。

 疲れたら小休止、そして歩き出す。その繰り返しだ。


 高低差のある地形を上っては下り、鬱蒼とした草木をかき分け、時折聞こえる獣の声に怯えながら、歯を食いしばって進み続けた。

 夜になれば岩の陰で涙を流した。ただただ悔しかった。悲しかった。


 次の日も歩きに歩いたが、やはり人の姿は見つからない。体力だけを消耗し、容赦ない空腹がカイトを苦しめる。川の水で喉の渇きは癒せても、食べる物がなければどうしようもないのだ。

 とうとう座り込んだカイトは、流石に空腹に耐えられなくなり、その場の草を毟り取って口に放り込んだ。

 青臭い風味が口いっぱいに広がり、思わず咳込み、吐き出してしまう。


「まずい」


 自嘲気味に笑った。自分自身に対する精一杯の虚勢と激励であった。


「疲れたなぁ」


 蒸し暑い森を歩き続けて、カイトの気力はついに限界を迎えていた。

 胸のタリスマンを取り、眺めてみる。その瞳は虚ろで生気がない。


「こいつを外したら、楽になるのかな」


 呟いてはみても、とてもじゃないがそんな勇気は出ない。死ぬために、死んだ方がマシな苦痛を味わうなんて、なんだかおかしな話だろう。どうせ死ぬなら楽に死にたい。たとえどんな無惨でも、痛くないのが一番だ。

 そこまで考えて、カイトは自分が死ぬことばかり考えていることに気が付いた。


「死にたいのか? 俺は」


 乾いた笑いが耳朶に貼りつく。

 死にたいわけがない。けれどこのまま苦しんで生きるくらいなら、いっそのこと。


「俺、どうして異世界に憧れてたんだっけ」


 現代日本はつまらない日常だった。

 求めても満たされず、他人ばかりが輝いているようで、いたたまれなかった。

 唯一あった心の拠りどころを失くして、カイトの世界は色を失っていた。

 そんな人生を変えたかった。もっと自分らしく生きたかった。


「あれ?」


 唐突に、視界が霞んだ。

 食事を取らないまま動き続けた結果、カイトの体は極度に衰弱していた。精神の緊張が解けてしまった今、急激な倦怠感が容赦なく襲いくる。


「……ねむい」


 抵抗を許さない睡魔。カイトはついぞ瞼を落とす。

 危機であるはずの微睡みは、不思議と心地が良かった。


「海璃……」


 縋るように呟く。それは喪った妹の名前。

 手の届かない場所に旅立った、一番大切な家族の名前。


 カイトにはもう、何も残されていなかった。

 このまま目覚めない方が、幸せなのかもしれない。

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