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異世界転移したけど最弱体質で詰んだ俺が、世界最強になって無双するまで ~気づけば俺、美女に囲まれて英雄やってました~  作者: 朝食ダンゴ


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21.癒えない傷 ③

 その瞬間。


(あ……?)


 視界が白く染まった。平衡感覚が消滅した。

 目の前で明滅する少女の顔。


 ヘイスではない。

 美しい銀髪を頬に垂らす、艶めかしい魔族の少女。

 ソーニャ・コワール。


(あ……!)


 それを認識した時、カイトの感情は瞬時に反転した。

 蘇る激情。恐怖。痛み。妖艶で残酷は笑みは、カイトの心をかき乱す。


「カイトさま?」


 治ってなんかない。肉体の傷がどれだけ癒えようとも、心に刻まれた傷痕はあまりにも深い。

 カイトはその場に崩れ落ち、全身を震わせていた。


「カイトさまっ……カイトさま! 大丈夫です! もう大丈夫なんです!」


 ヘイスの細い両腕が、カイトを抱きしめる。

 優しいはずの抱擁。その感触は、この体を握り潰した巨人の手を連想してしまう。


 情けない叫び声をあげ、ヘイスを振りほどく。床に尻もちをついた彼女を気に懸ける余裕もない。容赦なく押し寄せる記憶の激流が、カイトの精神を削り取っていく。

 割れんばかりの悲鳴が、ヘイスの鼓膜をつんざいた。


「何事ですかっ」


 扉を開いたのはリーティアだ。早足で入室した彼女の目に映ったのは、息を荒げてテーブルにすがりつくカイトの姿。


「一体何があったのです?」

「フューディメイム卿。ボク――」


 ヘイスには心当たりがあった。カイトがソーニャに何をされたのか、その一部始終を目撃していたからだ。ヘイスとの関わりが引き金となってカイトの記憶を刺激したのだと、直感的に理解していた。


「何も考えずに、カイトさまにひどいことを!」


 動揺したヘイスを見て、リーティアは即座に事情を察した。緋色の瞳がすっと細まる。


「戦場での記憶が蘇ったのですね。致し方ありません」


 彼女の足下に小さな魔法陣が生まれる。ルーン文字で描かれた翡翠の紋章から、淡い光の粒子群が浮かび上がり、そよ風に乗るようにしてカイトの体を包んでいく。すると彼の体から力が抜け、目は虚ろになり、まるで電源が落ちたようにすとんと意識を失った。

 リーティアは彼の呼吸に異常がないことを確認すると、ほっと胸を撫でおろす。


「効果覿面ですね」


 リーティアが使ったのは簡単な入眠魔法だった。本来なら軽く眠気を誘う程度のものでしかない。

 改めて、カイトの魔法に対する脆さを思い知らされる。

 ヘイスは不安そうな表情を浮かべながらも、そっとカイトの寝顔を覗きこむ。さっきまでの恐慌状態が嘘のように、穏やかな寝息を立てていた。


「カイトさま……ごめんなさい。ボクは、なんてことをっ……」


 ヘイスの目に涙が浮かぶ。

 その華奢な肩を、リーティアの優しい手が包み込んだ。


「あなたのせいではありません。ヘイス、自分を責めないで」


 実のところ、リーティアはカイトの錯乱をさほど深刻には捉えていなかった。

 戦場の悲惨な記憶に囚われる兵士は珍しくない。

 それを乗り越えて、さらなる強さを得る者もまた、決して珍しくなかった。


「カイトさんをベッドに運びましょう。ヘイス、手を貸してください」

「……はいっ」


 二人に抱えられ、カイトは穏やかな眠りのままベッドの上に移された。

 その後しばらく、ヘイスはその傍らから離れようとしなかった。拳をぎゅっと握り締め、カイトの寝顔を見つめていた。

 見かねたリーティアが、そっと息を吐く。


「ほら。そんな顔しないで。目が覚める頃にはきっと落ち着いています」

「でもボク……カイトさまを傷つけてしまいました。カイトさまがどんな目に遭ったのか知ってたのに。なのに……こんな、恩を仇で返すような――っ」


 震える声。涙は今にも零れ落ちそうだった。


「弁えなさい。ヘイス・ホーネン」


 呼吸が嗚咽に変わる寸前、リーティアの凛とした声が静かに響いた。

 ヘイスははっとして肩を竦める。


「あなたは自ら望んでカイトさんの従者になろうとしているのでしょう? なら、何があっても信じる覚悟を持ちなさい。カイトさんの強さを疑ってはいけません。それが、命の恩に報いる道です」

「カイトさまの、強さを……」

「後悔ではなく自省をなさい。今日の失態をひっくり返せるくらい、立派な従者になるのです」

「……はいっ」


 小さく、けれど力強く返事をするヘイスに、リーティアはふと表情を和らげた。


「心配しなくても、カイトさんはあなたを嫌ったりしません。そんな狭量な人ではありませんよ」


 その言葉に、ヘイスは自身の内心を恥じた。


「ボクって、身勝手ですよね。ひどいことをしたのはボクの方なのに、嫌われるのが怖いだなんて」

「誰かを想って迷うことを身勝手とは言いません。嫌われることを怖れるからこそ、人は誰かを大切にできるのです。恥じることなんてひとつもありませんわ」


 ヘイスは小さく目を見開き、それからふるふると首を振った。

 ぽろりと、一粒の涙が頬を伝う。


「……はい。ありがとうございます」


 声はかすかに震えていたが、確かな意志が込められていた。

 それから二人は並んで椅子に腰かけ、静かにカイトの寝顔を見守っていた。

 部屋に漂うのは、安らかな呼吸と、ほんの少しの安堵。


「ところでヘイス。カイトさんはどうしてあのような取り乱し方を? なにかきっかけがあったのですか?」

「えっ……ええっと、それは」


 ぎくりと肩を震わせ、目を泳がせるヘイス。黙って澄ますことはできないと自分に言い聞かせ、何度か口を動かしてから、ようやく声を絞り出す。


「その……キス、です」

「キス? 口づけですか」


 リーティアの視線がカイトの唇に向けられる。その視線は真剣そのもので、からかいの色は一切なかった。


「詳しく聞かせて頂けますか?」


 ヘイスは小さく頷くと、カイトとソーニャの戦いの顛末を語り始めた。

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