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2.はじめての戦場!

 目を開くと、そこは戦場だった。


 剣を掲げる兵士の怒号。

 駆け回る獣の咆哮。

 爆風が大地を抉り、砂塵が宙を舞う。


 飛び交う矢と、炎と、閃光が、曇天を覆いつくさんばかり。

 死闘ひしめく戦場には、苦い土煙の匂いが立ち込めていた。それに混ざるのは、錆びた鉄のような血の臭気だ。


「おいおい……冗談きついだろ……!」


 死して迷い込んだ異世界。そこは慈悲の介在しない絶望の地。

 緩やかな稜線を描く荒野では、四方が激しい殺し合いで敷き詰められていた。

 戦場の喊声がカイトの身を震わせる。空気はまるで異質だった。全身を鋭い針で突き刺されているようだ。


「マジで異世界? 夢じゃないのかよ」


 絞り出した声はひどく枯れている。

 猛烈な感情と脅威が満ちるこの場で、カイトはただただ呆然と立ち尽くすしかない。知らず、呼吸は荒くなっていた。


 肌が焼けるように熱いのは、戦場の殺気にあてられているせいか。

 病的なまでに息苦しいのは、張り詰めた空気が肺を引き裂こうとしているからかもしれない。


 風切り音を引いて飛来した一閃の輝きが、カイトの頬を掠めていった。一瞬走った熱さは、すぐにひりつくような痛みに変わる。無様に腰を抜かしてしまったのも仕方のないことだ。

 尻もちをついて目線が下がると、息絶えた兵士の死骸が目に入る。


「ひっ!」


 思わず喉が引き攣った。

 ようやく我を取り戻した時、カイトの中に遅すぎる危機感が訪れた。


「なんだよ! なんなんだよこれ!」


 目の前の戦場に、アニメで見たような華やかさは欠片もない。人間と闇色の獣とが、狂ったように叫び、殺し合うだけ。その上空を真っ黒な飛竜や怪鳥が飛び交う。

 最前線の真っ只中。


 息を吸おうとして、カイトは激しく咳込んだ。口内と喉の奥がヤスリでもかけられたみたいにざらついて、満足に呼吸もできない。

 追い打ちのように巨獣の突進に弾き飛ばされたカイトは、強かに地に叩きつけられて衝撃に喘いだ。


「おい! 大丈夫か!」


 近くの兵士が駆けつけてくれたが、答える余裕はない。酸の海に放り出されたような心地。皮膚の至る所が爛れ、鼻腔にはつんとした痛みを感じ、目から涙が溢れ出す。


「いかん、マナ中毒だ。こいつを後方へ運べ!」


 兵士が叫ぶと、軽鎧を纏った男二人がカイトを抱え上げた。そのまま引き摺られるように運ばれていく。カイトは苦悶の声で呻くが、彼らを振りほどく気はなかった。少なくとも彼らが自分を助けようとしていることは理解できたからだ。

 とにかく一刻も早く、こんなところから逃げ出したい一心であった。


 命からがら、とはこういうことを言うのだろうか。

 少しずつ、戦の響きが離れていく。


(くそ! くそっ! 痛い! 苦しい!)


 呼吸をする度に喉と胸に激痛が走る。視界を覆う涙を拭いたい。

 自分が今どうなっているのかもわからない。


(けど……助かった)


 否、現実は甘くない。

 飛来した火炎の砲弾が至近に着弾し、激しい爆風を巻き起こす。抱えてくれていた兵士もろとも、カイトは爆風に煽られて地に転がった。


(はやく! はやく逃げないと!)


 また死んでしまう。

 殺されてしまう。


 わかっているのに、痛みが力を奪う。動けない。立ち上がるのも億劫だ。

 溢れる涙と鼻水に血が混じっていた。どれだけ空気を求めても、煙を吸い込んでいるみたいに苦しいだけ。


(こんなはずじゃない……こんなはずじゃないんだ……!)


 こんなことがあってたまるか。

 神でも仏でも、悪魔でも魔王でもいい。


(助けてくれ……!)


 その願いが聞き届けられることはない。

 前線を突破した闇色の獣が一直線に向かってくるのが見えた。光のない瞳には、何が映っているのだろう。眼前に迫るのは、大きく裂けた口から覗く鋭利な牙。


 焦燥。嫌悪。恐怖。

 叫ぶことすら叶わない。


「何をやっている! 逃げろ!」


 誰かが勝手なことを言っている。

 無理だ。できない。


 痛いんだ。苦しいんだ。

 こんなに辛い思いをしているというのに。

 トラックに轢かれて、一思いに死んだ方がましだった。


 全てを諦めて、カイトは固く目を瞑る。

 死は間近。

 まもなく訪れた激しい衝撃が、カイトの意識を消し飛ばした。


 これは夢でも妄想でもない。

 ファンタジーじみた異世界に、厳然と横たわる現実。


「急げ衛生兵! 早くしろ!」


 耳元の怒声も、遠い彼方の響きであった。

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