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異世界転移したけど最弱体質で詰んだ俺が、世界最強になって無双するまで ~気づけば俺、美女に囲まれて英雄やってました~  作者: 朝食ダンゴ


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13.めざめ ②

「早く逃げろ」

「え?」


 若い兵士を一瞥し、顎をしゃくる。


「頼むから、生き延びてくれよ」


 約束は最後まで守る。絶対に諦めない。たとえ力及ばずとも、どうせ死ぬなら戦いの中で死んでやる。

 その方が、かっこいいだろ。


「ふぅん? 勇気があるのね。その辺で死んでるザコよりよっぽどステキよ、あなた」


 ソーニャはカイトの目をじっと見つめる。彼の目に虚勢の二文字はない。先程までとはまるで別人の、強靭な戦意を宿している。


「いいわ。試してみなさいよ。一秒もったら、ご褒美上げちゃうわぁ!」


 言い終わるかどうかのタイミングで、巨人が拳を振りかぶった。

 ああ、終わったな。それがカイトの率直な感想である。

 拳の幅はざっと一メートルはあろう。巨人の質量からして、軽自動車に轢かれるくらいの衝撃はありそうだ。あんなものでぶん殴られたら、一体どれくらい痛いのだろうか。


 いや、ちょっと待て。

 たかが軽自動車だ。大型トラックに轢殺されたことを思えば、大したことはない。

 数日にわたる極限状態と、フラッシュバックした過去の記憶。そして目の前で起きた残虐な光景と、僅かな勝利の体験。非日常がもたらしたあらゆる出来事が、カイトから常識的な思考回路を奪っていた。

 精神は異様に高揚し、根拠のない万能感に支配されている。


 この時ばかりは、それがカイトの助けとなった。

 死の恐怖を無視して巨人の懐に飛び込む。体格の差が大きすぎる故に、死角もまた大きい。闇色の拳はカイトに触れることなく、固い地面を打ち砕いた。


「おらよ!」


 剣を巨人の胴体に突き放つ。意外と柔らかい。刃渡りの半分まで潜り込んだところで、カイトは反撃の気配を察した。

 咄嗟に巨人の股の下を転がり抜ける。避けたつもりだったが、カイトの稚拙な身のこなしでは叶わない。巨人の後ろ蹴りが強かにカイトを蹴り飛ばした。

 宙を舞い、木に叩きつけられ、地に落ちる。呼吸ができない。鈍い痛みが全身に染みわたる。右の二の腕と、肋骨の何本かが確実に折れている。もう剣は握れない。


「はは。痛ってぇ」


 渇いた声。それでもカイトは、擦り傷だらけの顔で楽しそうに笑っていた。 


「どうだ? 数秒はもっただろ」

「そーね」


 巨人の上で膝を組むソーニャは、どことなく不満そうだ。


「ちぇー。一発で終わらせるつもりだったのに」

「そう、上手く……いくかってんだ」


 カイトの息は絶え絶えだった。満身創痍。実感としての死が、すぐそばにある。

 なのにどうしてか、不思議なほどに清々しい気分だった。


「しょーがないわねーもう」


 巨人の手がカイトを掴みあげる。痛みが声となった。持ち上げられたカイトの目線の位置が、ちょうどソーニャと同じ高さになる。


「約束だからね。ちゃんとご褒美をあげるわ。ほら」


 ソーニャに頭を撫でられる。まったくもって嬉しくない。

 いきなりだった。ソーニャの美貌が、息が触れるくらいの距離まで近付く。手袋に包まれた両手が、カイトの頬を優しく挟み込んだ。


「頑張った子には、サービスしちゃう」


 妖艶な微笑みが見えたのも一瞬。彼女は強引にカイトの唇を奪った。

 当然カイトは驚く。戸惑う。何が起こったかわからない。

 小さな舌が口内を這い回る。余すところなく隅々までを貪るような、それはまるで蹂躙だった。舌と舌が絡み合い、混ざった唾液がお互いの唇を濡らし、凶悪なまでの快感をもたらす。


 ソーニャが漏らす艶めかしい吐息。その一つ一つが興奮を促し、鼓動を加速させる。頭に血が上っている。視界はぼやけ、意識が朦朧とし始めた。

 継続して与えられる悪魔的な快楽。思春期の只中にある初心な少年に抗う術などない。


 徐々に思考は混濁し、快楽に身を委ねてしまいそうになる。

 それがいけなかったのか。


 はっとした。

 カイトを握る巨人の手に力がこもる。少しずつ、少しずつ。握力は次第に強くなり、胴体が締めあげられていく。


「んんんん!」


 最悪の未来を直感した。唇を塞がれたまま必死にもがいても、巨人の拳はびくともしない。

 骨が軋んでいる。胸腔を圧迫され呼吸ができず、やがて声も出せなくなる。筋肉が硬直して動くことすら叶わなかった。

 こんな状況でも、ソーニャの舌は容赦なく口腔内を這い回る。歯の一本一本をなぞられ、頬の裏をくすぐられ、舌には優しく吸い付かれる。

 そんな淫靡な快楽までも、迫る死の苦痛に塗り潰されていく。


 そして、時は訪れた。 

 骨が砕ける音。内臓が潰れる音。肉が破れる音。自身の中から聞こえた凄惨な響き。遅れて訪れた想像を絶する激痛に、カイトは白目を剥き出した。


 否、それはもう痛みなどという次元の感覚ではない。

 自分という存在が圧縮され、すり潰され、バラバラに引き千切られ、何が別のものになってしまったような。裂けた肉から鮮血が溢れ出し、カイトの直下に血だまりを作り出す。絶叫は声にならない。


 この期に及んでもソーニャは唇を離さなかった。重なった口元から血が滴り、美貌を赤く染めてなお、情熱的な口づけは続く。

 もはや快楽はない。あるのはただ死の苦痛のみ。


「はい。おしまい」


 カイトの口から溢れた血をきれいに舐めとって、ソーニャは品のある微笑を湛えた。

 巨人の握力が緩むと、カイトが地に落ちる。ぐしゃぐしゃにひしゃげた身体は、本人の意思とは無関係に痙攣していた。首から下は、もはや人としての原型を留めていない。ところどころ骨を剥き出しにした肉塊でしかなかった。


「どう? 気持ちよかったでしょー? そりゃそーよね。そーに決まってる。こーんなにかわいいあたしと、あーんなにえっちなキスできたんだもん。ほんと幸せ者なんだからー」


 胸元から取り出したハンカチで口元を拭ったソーニャは、呼吸もままならないカイトを見下ろしてくすりと笑いを漏らした。


「あら残念。もう聞こえてないみたい」


 彼女の手から離れたハンカチがひらひらと舞い落ち、カイトの顔面を覆った。面布のつもりだろうか。頼りない呼吸が、血で汚れたハンカチをわずかに動かしている。


「頭を潰して、楽にしてあげなさい」


 無慈悲な死の宣告。

 巨人が拳を振り上げる。狙いは定まり、あとはただ振り下ろすだけ。カイトはそれを見ることすらできない。


「それじゃ、さよーなら」


 無邪気なご挨拶。

 それが、カイトの聞いた最後の声だった。

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