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9.水難

 なんだったんだろう。


 そして、この世界には、国境とか税関とか、ちゃんとあるんだろうか。


「……あれが、平和的に同盟を持ちかけてきているケセラの使者なのね」


 2人が消えた森を見つめながら、ぼそりとつぶやく。


「ああ。急に来るとは驚いた」


 アイルも考え込むように言った。


「今までの使者とも違いましたしね」


 ティリスも眉をひそめる。


「何にせよ」


 私は額に落ちた前髪を跳ねのけながら、ぽつりと漏らした。


「ガキのくせに、ガキらしくない子たちね」


 自分を信じて。自分は裏切らない。――と言う女を、私は信用しない。たとえ、それが子どもでも。


「アイリは、時々言葉遣いに品がなくなる」


 アイルが悲しそうに言う。


「生まれも育ちも平民なんだから、仕方ないでしょ」


 ぽりぽりと頭をかく。澄んだ良い香りがした。私の髪か――? いや、違うか。アイルが髪に挿してくれた花かな。



 ***



 帰り道。湖のほとりを歩く。


 ティリスは水瓶を満たしたのに、来たときよりも足取りが軽い。まるで月の重力の中を歩いているみたいだ。不思議な四冠王。


 歩きながら、なんとなく指輪を回す。抜けなくなったら困るから、時々チェックしておかないと。決して太ったことを気にしているわけじゃない。


 ――カラン。


「あっ!」


 うっかり指輪を落としてしまった。指輪は足元に落ち、そのままコロコロと転がっていく。


「ちょ、待てよ!」


 思わずキムタクが出た。すぐに拾おうと手を伸ばすが、指先は届かず、指輪は草むらの中へ。


「ごめん、すぐ探す!」


 アイルに声をかけ、私は草むらに飛び込んだ。


 ――けれど、あると思った地面がない。


「えっ?」


 草むらの奥は崖になっていた。高さはそれほどないが、下は湖。


 ザブン――ッ!


 盛大な水しぶきを上げて湖に落ちた。


 全身が冷たい水に包まれる。必死に体勢を立て直そうとするが、足がつかない。


 私の足があと数センチ長ければ……。


「「アイリ!」」


 頭上からアイルとティリスの声。2人の声がさっきの双子みたいにシンクロしている。


「大丈夫、泳げるから!」


 立ち泳ぎしながら手を挙げる。制服が水を吸って重くまとわりつくが、まだ大丈夫。ボーイスカウトの溺者救助章を取る時に服を着たまま泳ぐ訓練をしたことがある。


「こっち、早く!」


 ティリスが手を差し伸べる。女性だということを忘れそうになる頼もしい手だ。思わず掴みそうになり、思いとどまる。


「ちょっと、探してくる!」


 息を吸い込み、水中に潜る。


 上からアイルとティリスが呼ぶ声が聞こえる。


 でも、アイルが父親からもらった大切な指輪を失くしたら申し訳ない。王家に伝わる国護の指輪だ。2代目の王であっても、王家は王家。


 それに、あの指輪がないと――バットが剣にならないじゃないか。


 水の中は青く澄んでいて、見通しは良い。光が差し込み、水草が揺れる。魚たちが群れをなし、キラキラと輝いている。


 しかし――。


 青い水の中で青い石付きの指輪を探すなんて。


 白一色のジグソーパズルかってぐらい難易度高いな。


 一度息を吸おう。水面に顔を出す。


「アイリ! もういいから上がってこい!」


 アイルが心配そうに叫ぶ。


「泳ぎは得意なの! 大事な指輪でしょ、もう少し探す!」


「大事だけど、アイリのほうが大事だ!」


 ――うわ。今のは刺さった。真っ直ぐな言葉。


「……じゃ、あと1回だけ!」


 息を吸い込み、さっきより深く潜る。


 ――その時。


 岩陰から、巨大な影が現れた。


 長い体躯。ウミヘビかウツボか。ゴツゴツした表皮に、真っ黒な目。


 ヤバい、ヤバい。ヘビは嫌いだ! これはウツボってことにしよう!


 慌てて体をひねった拍子に、制服のリボンが水草に絡まる。


 取れない。


 ウツボはゆっくり近づいてくる。


 もがくうちに、呼吸が苦しくなってきた。


 視界が暗くなる。


 ――ゴボッ。


 最後に吐き出した気泡が、水面へと昇っていく。


 ヤバい……。


 その時。


 力強い何かが腕を掴んだ。


 水草をブチブチと引き千切りながら、一気に水面へ。


 ――ザバッ!


 酸素! 必死で息を吸う。肺に染み渡る空気が、こんなにありがたいなんて!


「アイリ、大丈夫か?」


 アイルとティリスが私を岸へ引き上げる。


「し、死ぬかと思った……」


 土下座の体勢で荒い息を繰り返す。あーやばかった。マジやばかった。


 その時、そっと頭の上に手が置かれる。


「……無事でよかった」


 驚いて顔を上げると、アイルが不安と安堵の混じった表情で私を見下ろしていた。


「もう、こんな無茶、絶対にしないで」


「わかった、心配かけてごめん」


 こんなに心配してくれたなんて。胸がじーんとする。


 ――ん? 待てよ。


 私の目の前にアイル、その隣にはティリス。


「誰が助けてくれたの?」


 どちらも濡れていない。カッサカサに乾燥している。


 アイルもティリスも「自分じゃない」、と首を横に振った。


「どういうこと?」


 視線を湖へ向ける。


 ――あれは!?


 崖の低くなった部分から、這い上がる大きな体躯。


 紫と黄緑のファンシーな色合い。


 見覚えがありすぎる。


「よしこ……?」


 思わずその名を呼ぶと、大きな体がゆっくりと近づいてきた。大きな目がこちらを見つめ、嬉しそうに鼻先を動かしている。


「よしこが助けてくれたの?」


 立ち上がり、そっと鼻先を撫でる。よしこはくすぐったそうにすり寄ってきた。


「また脱走して……ジャクロウさんが心配するよ。でも、ありがとう」


 よしこは、口にくわえていた何かを私の足もとに落とした。


「え、これって……?」


 指輪だ。


「拾ってくれたの? ありがとう!!」


 誇らしげに頬をすり寄せるよしこを、思い切り撫でる。


「ほんと、すごいよ……よしこ!」


「昨晩の礼かもしれないな」


 アイルが呟く。


 牛の恩返し。ないとは限らない。


「ていうかさ2人とも、私が溺れてるの気づかなかったの?」


「あんなに自信満々で潜ったから、まさかと思った」


 アイルが申し訳なさそうに言う。


「遅いと思った時に、よしこが走ってきて」


 ティリスがよしこを指さす。


「飛び込んでくれたのね」


 私はよしこの首に抱きついた。


 命の恩人……いや、恩牛だ。


「でも、指輪が見つかってよかった。お父さんからもらった指輪なんだよね?」


 指輪を右手の薬指にはめながら言う。


「ああ。父上は、おばあ様からもらったと言っていた」


 確かに代々伝わっている。


「さ、よしこ。一緒に帰ろう。また猛タヌキに襲われたら大変だし」


 そうだ。同じ毒を2度くらってしまったら――どうなるのだろう。どうもならないのか。この色がさらに濃くなるとか、別の色になるとか。


 そんなことを考えながら帰り道を歩き始める。


 制服が濡れて重くなっていたせいで歩きにくかったけど、なるべく腕を振って大股で歩き、自然乾燥を促進した。


 その行動に意味があったかは分からない。


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