25.塔の攻防
夕暮れ時。戦場は熱を帯びていた。
あちこちで爆発音が鳴り響き、炎が上がっている。
塔を守るケセラ軍は鉄壁で、私たち連合軍の進撃を拒んでいた。10年かけてこの時に備えていただけのことはある。敵を褒めるわけじゃないけど。
私たちは塔の四方から攻め入っていた。
私とアイルは東の門から。ティリス率いるキース軍は西。カーラ軍は南。北は王の代わりにキャプテンがクレイズ軍を率いて参戦している。
エルドロウには軍隊がないので、代わりに牧場警備の人たちが駆け付けてくれた。ジャクロウとヨサクも名乗りを上げたが、年齢制限を設けて却下した。
東の門はほぼ崖に接しているので、敵兵の数が少ない。桶狭間だと思えばいける。たぶん。
「アイリ! 無理するな!」
アイルの怒声が前方から聞こえた。困ったことに、王様なのに私より前線にいる。
「アイルこそ!」
アイルは先ほど敵の投石に当たり、肩口に傷を負っている。傷をかばいながら前線を維持するのは厳しいだろう。
「あーもう、顔に傷でもついたらどうすんのよ!」
国宝級イケメンの顔にかすり傷ひとつ付けるわけにはいかない。
私の手にあるバットはとっくに剣に変化している。一振りで竜巻が起こせる、別名芭蕉扇。ある程度の人数の敵をまとめて吹き飛ばせるのが便利だ。
アイルに近づけないよう、注意して敵兵だけを狙って扇ぐ。
「アイル、下がって!」
間違えてアイルを吹き飛ばすところだった。
剣を構え直したところで、背後に気配を感じる。振り返りざまに剣を構えると、金属が激しくぶつかる音が響いた。
「あっぶな……」
敵兵が大剣を振り下ろしたところだった。自分グッジョブ!
「アイリ!」
私に気を取られたのか、アイルに隙ができる。
「こっちは大丈夫だから!」
勇者なんで、と余裕の笑みを浮かべたところで。
アイルの背後で、敵の剣が振り下ろされるのが見えた。
「後ろっ!」
やばい、間に合わない――!
「させるか!」
鋭い金属音とともに、敵の剣が弾き飛ばされた。アイルをかばうように立ちはだかったのは……。
「ティリス!」
さすが忠臣。ドレス姿も素敵だったけど、騎士の姿もイケてる。
「我が王の戦闘術は料理の腕前と同等なのです」
言葉は丁寧だけど絶対に褒めてない。アイルは助けてもらったのにムッとした顔になった。
「持ち場は大丈夫か?」
「それが、膠着状態で……これ以上暗くなる前に一旦引いた方がいいかもしれません」
「そうか……」
戦況は芳しくないということか。
塔は目の前に見えているのに、その入り口は遠く、道は険しい。
「――え?」
そのとき、空に大きな影が現れた。
「なに、あれ? 鳥……? 飛行機……?」
目を細めて焦点を合わせる。小型飛行機かと思ったが、違った。
「あれは……トンボ!?」
巨大なトンボのようなシルエットが、薄闇の中を飛んでいる。細かく震えるように動く羽根からはブゥンという音が聞こえる。
その場にいた全員が戦闘の手を止め、呆然と巨大トンボを見上げていた。
トンボは風を巻き起こしながら高度を下げてくると、塔の入口の真ん前に着地した。そして、その腹の部分がハッチのように開き、飛び降りたのは――。
「アイルー! 助けに来たよー」
アイル父だった。塔の入口を確保してくれている。
あの時のトンボ型チャリが、10年の月日を経てここまで巨大化していたのか。研究の成果というやつか。素直に感心する。
「まあっ! ケガしてるじゃない!」
続いて降りてきたのは、戦場に似つかわしくない美しい宝石のようなアイル母。そしてその手には、巨大なパチンコのようなものが握られていた。武器……か?
「わたしのアイルにケガをさせたのは誰かしら?」
巨大トンボを背に、パチンコを構える元王妃。なんとも現実感のない絵面だ。
「ケセラ軍の人でーす!」
質問にはちゃんと答えておこうと、私は大きな声で返した。
次の瞬間。
アイル母は巨大パチンコで石つぶてを次々と放ち、ケセラの兵たちを蹴散らしていく。的確な射撃。戦況は一気に変わった。
「今のうちに!」
私は、アイル父が確保してくれた塔の入口に駆け込んだ。アイルとティリスも続く。
「アイルのお父さん、研究完成させてたんだね」
「ぼくも知らなかった」
苦笑しながら、でも嬉しそうにアイルが言う。こんな時なのにほっこりしてしまった。
王の役割も子育ても放棄したひどい親だと思ってたけど、でも、こうして助けに来てくれた。あの時の約束を守ってくれた。それで十分だ。
――「アイルが困ってたら、助けに来てくださいね」
――「もちろんだよ」「もちろんよ」
階段を駆け上がり、上のフロアへ向かう。
途中でサシャも追いついてきた。すごい勢いで階段を駆け上がってくる。見た目に反してめっちゃ体力あるっぽい。
ついに頂上へとたどり着く。そこにいたのは──。
「ミミ、ハナ……!」
双子の姉妹。10年経って大人の女性に成長しているが、そっくりなのは変わらない。怯えた目で震える手を取り合い、それでも必死にこちらをにらみつけている。
頂上を吹き抜ける冷たい風が、場の空気を緊迫させていた。
「「来ないで!」」
ミミとハナは同時に叫んだ。その手の中に、短剣が握られている。
負傷しているアイルをかばいつつ、私とティリスが双子に向かって進み出る。
「ここは私に」
サシャが、私とティリスの間に割り込んだ。結構な勢いで階段を駆け上がって来たにも関わらず、髪も服も乱れていない。
話し合いで解決しようとしてるのかな? と、考えた直後。
サシャの姿勢が低くなったかと思うと、一瞬で双子との間合いを詰めた。めっちゃ素早い。
双子の右側の懐に潜り込むと、拳を振りかぶりみぞおちの辺りを打った。華奢な拳に似合わない重い打撃音が響く。
「ぐっ……!」
右側が短く声を上げて膝をついた。短剣を手放し、体を曲げて苦しげにせき込んでいる。
ちなみに、ミミかハナか見分けはつかないけど、今はさほど問題ではない。
サシャの顔が左側に向いた。
「や、やめて!」
悲鳴にも似た声を上げながら、左側が短剣を振りかぶった。だが、手が震えていてまったく力が入っていないのが見てとれる。
サシャは容赦なく左側の手首に手刀を入れると、短剣を叩き落とした。続けざまに左側の髪を無造作に掴む。
「きゃあっ!」
髪を引っ張って床に引き倒す。女の子同士のガチバトルに呆気にとられてしまう。バトルというには一方的すぎる気もするけど。
「そんな生ぬるい覚悟でこんなことをなさったのですか?」
サシャが冷たい声で言い放ち、左側の細い腕をひねり上げた。左側は苦悶の表情を浮かべ、必死に体をよじって逃れようとする。
「痛い! やめ……っ!」
「ったく……腕の1本ぐらいでは勘弁できませんことよ」
本気で腕を折る気なのだろうか。さすがに止めようと口を開きかけたところで。
「やめて、お願い、やめてっ!」
右側がサシャの腕にすがりついた。
「独り占めしようとしてごめんなさい!」「ごめんなさい!」
双子が泣きながら詫びている。苦痛と恐怖、そして確かに後悔の響きもあった。
サシャの動きが止まった。
「サシャやティリスのように、美しくなりたかったの!」
その言葉を聞いて、サシャはしばし考え込むように動きを止めた。
私は、隣に立つティリスを見て、振り返ってアイルを見た。目で会話する。
――「誰か止めてよ」「さすがに可哀そうですよ」「とばっちりくったらイヤだ」
そうして私たちがアイコンタクトを取っていると、サシャがふう、と息をついて左側の腕を離すと立ち上がった。優雅に服の裾を直している。
「まあ、許してあげますわ。でも、次はございませんことよ?」
双子はこくこくと頷きながら、座り込んで震える手を取り合っていた。
私とティリスとアイルの視線がぶつかった。問わずとも同じ気持ちでいるのが感じられる。
――サシャには、逆らわないようにしよう。




