23.裏切り
目覚めると、目の前がキラキラしていた。太陽ともLEDとも違う、柔らかくも力強い輝き。例えるなら、そう、金塊のような――って、本物の金塊なんて見たことないけど。
「アイリ!」
金塊がしゃべった。――いや、金塊じゃない。金髪碧眼の端正すぎる顔の青年。貴公子という言葉がぴったりの高貴な顔立ちだ。心配そうに私を見ている。
――なんで私の名前を知ってるんだろう。
頭の中でアドレス帳をサーチするが、貴公子と知り合いになった記憶はない。
ていうか、このパターンってもしかしたら……。
「もしかして、ここ……エルドロウ?」
「そうだよ。おかえり、アイリ」
いやいや、ここ私の地元じゃないし。
「あの、どちら様ですか? どうして私のこと知ってるの?」
貴公子が、がーん、という音が聞こえそうな表情になった。
「ひどいな、アイリ。ぼくのこと忘れるなんて!」
眉を八の字にして唇を尖らせる表情は子どもっぽく、どこかで見た覚えがあった。だが、それでもなお美しいのが憎らしい。
記憶のサーチを再開する。やはり何もヒットしない。
とりあえず、落ち着こう。
あたりを見回すと森の中。視界の端に湖が映る。エルド湖、またの名を美容液。なんだか水面が低くなった気がする。
貴公子の背後に、物静かに佇んでいる女性がいた。腰まで届く黒髪は、ゆるくカールしている。服装も華やかなドレス。まるで舞踏会に向かう淑女だ。
その美貌に、思わず息をのむ。どこの女優かと思うほどの完成された顔立ち。けれど、目が合った瞬間、その真っ赤な瞳に見覚えがあった。
「ティリス!?」
「お久しぶりです、アイリ」
ティリスはふわりと微笑むと、スカートの裾をそっと整えながら近づいてくる。その仕草は目を見張るほど優雅だ。
相変わらずのイケメンだけど、10日前に別れた時と雰囲気が違っていた。男装をやめたのだろうか。こっちもこっちでいい!
「いや、なんていうか……女子力あげてきたね」
ティリスはくすっと笑い、目を細めて私を見た。
「ふふ。アイリは変わらずキュートですね」
「そんなおべっかどこで覚えてきたのよ」
「古い文献に……」
と、盛り上がりかけたところで。
「ちょっと待った!」
突然、貴公子――いや、金髪の青年がずいっと間に割り込んできた。
その動きは、子どもが拗ねるような必死さを感じさせる。
「なんでティリスはわかって、ぼくがわからないんだよ!?」
「だって、貴公子に知り合いは……」
いない、と言いかけたところで。
まさか――と、自問しながら口を開く。
「アイルだったりしてくれちゃったりする?」
動揺して変な日本語になってしまった。
「やっと思い出したか」
アイルが腕を組み、ぷんすかしている。
「いやいや、たった10日会わないだけでこんなに成長することある?」
私は立ち上がって見上げる。アイルは私より頭ひとつ分は背が高い。こないだまで私の腰ぐらいまでしかなかったのに。
どんな成長期がきたらこうなるんだ。見下ろされるような角度になったアイルと目が合い、あらためて驚く。
「アイリは変わらないな」
アイルは腕を解き、ふっと笑みを浮かべた。見下ろしてくる青い目が太陽の光を反射してきらめいた。どこまでも光の中にいる貴公子だ。
「アイル……大きくなったね」
そして期待以上のイケメンになった。嬉しくて涙が出そう。
でも、待って。
「いやいやいや! 私、また呼ばれたの?」
「そうだよ。おかえり、アイリ」
さっきと同じセリフ。成長したアイルはにこやかに私を見つめている。
10日前までは子どもだったアイル。この世界は時間の流れが違うのか、すっかり大きくなっている。コーヤコーヤ星スタイルということか。
「仕方ないな。もう一度、付き合ってあげる」
***
「じゃあ、私が元の世界で10日間過ごしている間に、こっちは10年も経ったってこと?」
「そのようだな。アイリが変わってなくて驚いたぞ」
「こっちも驚いたっつーの!」
アイルは私の年齢も身長も追い越し、相変わらずあの1LDKの宮殿で暮らしていた。
ティリスは国に帰り、女王の手伝いをしながら、エルドロウとの国交を守る特使として、週の半分はアイルのところに来ているらしい。
実はエルド湖の水を浴びに来てるのだとこっそり教えてくれた。銭湯か。
そして、なぜ今回私が再び召喚されたのかというと――。
「裏切り!?」
ティリスの淹れてくれたお茶を危うく吹き出しそうになった。慌ててカップをテーブルに戻す。
「そうなんだ。この10年、ずっと準備を進めていたらしくてさ」
アイルはため息混じりに言いながら、指先でカップの縁をなぞる。
部屋の様子はあまり変わってないが、イスが3脚に増えていた。以前は椅子が2脚と絶妙なバランスで積み上げられた空箱だったのに。
今は椅子が1脚増え、その椅子に腰掛けたアイルは、長い足を無造作に組んでいた。
かつて、空箱に座って足をぶらぶらさせていたアイルの姿は、もうどこにもない。成長を感じてなんとも言えない気分になる。
そして、私がいつでも戻れるようイスをキープしてくれていたことに嬉しさがこみ上げる。
「あの双子でしょ?」
ケセラの使者――ミミとハナの顔が脳裏をよぎる。あの、小学校の卒業式みたいな話し方をする双子の姉妹。
「さすがアイリ、察しがいいな」
アイルがわずかに口角を上げる。こんな表情もするようになったのね。
「最初から怪しいと思ってたのよ。「信じて」とか「裏切らない」なんて、簡単に言うから」
勇者のカンは当たるのだ。
「どうせ、あの時クレイズに刺客を送り込んで来たのもあの双子でしょ」
私はため息をついた。
***
湖のほとりへと足を踏み入れる。
目の前には、天を突くようにそびえ立つ塔――まるで神に近づくためのバベルの塔だ。
あれがエルド湖の水を汲み上げ、ケセラへと送り出している巨大な施設らしい。
さっきはちょっと水位が下がったぐらいにしか思わなかったけど、近くで見ると、湖の水位は無残なほど低下し、ところどころ乾いた湖底がむき出しになっていた。
かつて豊かだった美容液が、今や干からびる寸前だ。これは由々しき事態だ。
「巨大ポンプってわけね……」
腕を組み、塔を睨みつける。
さて、どうしてくれようか――そう考えた瞬間、地面が揺れるほどの荒々しい足音が響いてきた。
この音は――! 懐かしいような、いや、そこまででもないか。でも、きっと……。
「勇者さまぁぁぁぁぁ!!!」
やっぱり。
勢いよく駆け寄ってくるのは、ジャクロウだ。
以前と変わらぬねじり鉢巻に丸ひげ。髪には少しばかり白髪が混じったが、それでもあのフォルムはまごうことなきジャクロウだ。
アイルはこんなに成長したのに、成長期を過ぎたおじさんは10年やそこらじゃ大して変わらないんだな、と妙なところで納得する。
「お久しぶりです、ジャクロウさん。また何か問題でも?」
「いやあ、久しぶりに勇者様の姿を見かけて、懐かしくなっちまってな!」
屈託のない笑顔に、こちらも笑顔になった。
「お元気そうで何よりです」




