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2.エルドロウ

 いよいよ私、スーパーヒーローに変身するの?


 光が収まると、指輪は消えていた。


「……」


 特に変わった感じはしない。服だって高校の制服のままだ。


「何いまの。JKのキラキラパワー?」


 だが、持っていたバットに違和感がある。


 目を向けると――。


「これは――!?」


 バットが剣になっていた。


 ファンタジーでよく見る両刃の剣。持ち手にはアイルの目と同じ色の宝石が埋め込まれている。


 重厚な見た目なのに、意外なほど軽い。


「王家に伝わる国護の指輪の力だ」


「え、無理無理。いきなり剣持って獣と戦うなんて無理!」


「そこを何とか頼む」


「だから無理だって言ってるじゃん! 魚だってさばいたことないのに!」


 言い合っているうちに、親猛タヌキはすぐ目の前に迫っていた。


 戦うなんて無理。


 でも、一生紫と黄緑のツートンカラーで生きていくなんてイヤすぎる。


 両手で剣をしっかり握りしめ、構える。


 目の前の親猛タヌキが、牙をむき出しにして迫ってくる。その凶暴な目線と、迫力満点の足音に、心臓が爆発しそうになる。震える手は思うように動かない。


 こんなとんでもない状況だけど、スーパーパワーがあると信じるしかない。


 親猛タヌキの巨大な爪が一閃し、目の前に迫った。剣が手のひらで反応し、未知の力が身体を駆け巡る。「いける、これは、いけるんだ」と自分に言い聞かせる。


「来るな!」


 叫びながら、無理やり剣を振り上げる。その瞬間、目の前で何かが光を帯び、手の中の剣が驚くほど軽やかに振り切れた。


 親猛タヌキを、一刀両断。


 振り下ろした剣が闇を切り裂き、親猛タヌキの咆哮が森に響く。


 切断面から紫色の煙のようなものが立ち上り、獣は鈍い音を立てて地面に崩れ落ちた。


「……やった?」


 時間が止まったような気がした。目の前でタヌキが倒れていることが信じられなかった。


 手が震え、呼吸が上がる。全身の力が抜け、足がふらつく。剣が今にも地面に落ちそうになったが、何とか持ちこたえる。


 アイルが慎重に近づき、倒れた親猛タヌキを確認する。


「見事だ、勇者殿。完全に仕留めたようだ」


 アイルの声が静かに響いた。その声が現実に引き戻す。


 体の力が抜け、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。汗が背中を流れる。


「ひゃー……マジでやるしかなかったんだね」


 自分で言っておきながら、まだ実感が湧かない。戦いが終わったばかりで、身体が震えている。


 アイルが優しくぽんぽんと頭を撫でた。


「さすが勇者殿。ぼくの選択は正しかった。感謝する」



 ***



「で、王様。街はどちらですか?」


 アイルに導かれるまま森を歩き続けて数時間。周囲はどこまでも同じような木々が並び、まったく変化がない。


 暗く静まり返った森の中で、聞こえるのは自分たちの足音と、かすかに揺れる葉の音だけ。不安と焦燥がじわじわと募っていく。


「こっちだ。……たぶん」


 このやり取りも、もう何度目だろう。


 辺りはすっかり暗くなり、足元もよく見えない。さっきから何度も木の根っこにつまずいて転びそうになる。


「もう無理! もう一歩も歩けない! 足痛い!」


 ローファーなんてトレッキング向きじゃない。足が悲鳴を上げている。


 私はその場に立ち止まり、ため息とともに地面に腰を下ろした。ずっと持っていたバットを隣に置く。地面の湿った感触も気にならないほど、全身が疲れ果てていた。


 ちなみに、あの親猛タヌキを撃退した後、剣に変化していたバットは元の姿に戻り、指輪も指にはまっていた。


「とりあえず休もう。アイルも疲れたでしょ?」


「いくら勇者殿とはいえ、王を名前で呼ぶとは……」


「ひと休みして、明るくなってから街を探そう。ね?」


 今日は、もう二度と立ち上がらないという決意を示すため、ゴロンと地面に横になる。髪や制服が汚れる? そんなこと気にしている余裕はない。疲労がすべてを麻痺させる。


「勇者殿……」


「アイリよ、ア・イ・リ」


「そのような場所で休まれるのか?」


「しょうがないじゃん。ふかふかのベッドなんてないんだもん」


 普通のJKならこうはいかないかもしれないけど、なんたって私にはボーイスカウトの経験がある。高校に入る前までの一時期だったけれど、その経験が役に立った。


 布団がなくても地面に直に転がって眠れる。我ながらなかなかのスキルだ。


「勇者殿よ……」


「アイリだってば。もしかして、呼びにくい?」


 アイルは少し困ったように視線を落とす。


「あ、もしかして、名前が似てるから?」


 ビンゴだったようだ。こくりと頷かれる。


「まあ、それはおいおい考えよう」


「雑だな」


 その直後、アイルのお腹がぐぅと鳴った。


「あ、そういえばお腹すいた」


 私は制服のスカートのポケットからグミを取り出す。女子高生の常備食だ。


「こんなものしかないけど、食べる?」


「これは何だ?」


「勉強とおしゃべりのお供よ」


 アイルはオレンジ色のグミをしばらくじっと見つめていたが、私が先に食べるのを確認すると、恐る恐る口に入れた。


「……これは美味だな」


「でしょ。もっといっぱい持ってくればよかったなー」


「ありがとう。――アイリ」


 そう言うと、アイルは私の隣にちょこんと腰を下ろした。



 ***



 翌朝。


 登り道を進むと、視界が一気に開けた。


 眼下には、大きな湖と緑に囲まれた街が広がっている。朝日に照らされた水面がきらきらと輝き、どこか幻想的な雰囲気を醸し出している。


「ここがエルドロウ。ぼくの国だ」


「……絵はがきみたいにきれい」


「あの湖がエルド湖だ。豊かな水のおかげで土壌が肥沃で、作物も家畜もよく育つ。だが、四方を強国に囲まれ、それぞれの国から同盟を持ちかけられている」


「同盟しちゃダメなの?」


「ひとつの国と同盟を結べば、他の国と戦争になる。どの国も互いに牽制し合い、結果的に中立が保たれているんだ」


「……よく国として成り立ってるね」


「昔、強国同士が戦争していたとき、どさくさに紛れて独立したらしい。父がそう言っていた」


「なかなかのギャンブラーだね、アイルのお父さん」


「軍隊もない小国だけど、平和で美しいこの国を護ってほしい。勇者殿……アイリ」


「ん? 今なんて?」


「アイリ、と」


「じゃなくて。軍隊がないって?」


「ああ。エルドロウの民は武器を持ったことがない」


「それでよく独立できたね。……っていうか、私には無理だからね! 王様なら騎士とか親衛隊とか大奥に守ってもらってちょうだい」


「守ってほしいと手を伸ばしたら、アイリが僕の手を取ってくれたのだ」


「謹んでお断りします。早く元の世界に帰してください」


「……」


「私を呼べたってことは、帰せるんでしょ?」


「――あ、あれは」


 話を逸らされた。


 アイルが街へ続く一本道を指さしている。


 その道を、異様な速度で駆け登ってくる人影があった。


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