1.出会い
「タス……ケテ……」
スマホの画面から目を離し、辺りを見回す。空耳か?
目の前にはスポーツバッグとシューズケース、バット、グローブの山。
私は野球部のマネージャー。今は「荷物番」として、スマホゲームをしながら待機中。
「タスケテ……」
――また聞こえた。
どこから?
荷物の山を見た、そのとき。
「……えっ?」
バットとグローブの隙間。
そこから、白く小さな手が、ふよふよと力なく――手招きしていた。
「まさか……」
ゴクリと喉を鳴らしながら、もう一度荷物の山を凝視する。
子どもを巻き込んだ!? 背筋を冷たいものが走る。慌てて駆け寄った。
「だ、大丈夫?」
白い手を握る。――冷たい。
いや、それ以前に、体温をまったく感じない。
だが、しっかりと握り返された。
よかった、元気そうだ。早く引っ張り出さなくちゃ。
握った手に力をこめた、その瞬間――。
視界が、真っ白に弾け飛んだ。
***
視界が戻った。目の前には――木。
左を見ても、右を見ても、木、木、木。見渡す限り森の中。
さっきまで学校のグラウンドにいたはずなのに、部室もバックネットも校舎も見えない。
「やった! ちゃんと来た!」
下から声が聞こえた。
視線を落とすと、小学校4年生ぐらいの男の子がキラキラした眼差しで私を見上げていた。
金髪の巻き毛に大きな碧眼。ビスクドールのように白い肌。異国の子どもだろうか。童話に出てきそうな可愛らしい容姿をしている。
――っていうか、私、この子と手をつないでる?
慌てて指を動かすと、確かにしっかりと握られている。
「あなた誰? ここはどこ? 私どうしちゃったの?」
ほぼ無意識に次々と質問が口をついて出た。
「ぼくはこの国の王様だ。待ちかねたぞ、勇者殿!」
なんかロイヤルなことを言ってる気がする。でも、そんなことより。
「……いやいやいや、どこから理解すればいいの? 夢? これ、夢?」
「名前を聞こう」
「えっ? いや、待って。私、先に質問してるんだけど?」
どうも会話がかみ合ってない気がするけど、とりあえず名乗るか。
「私は愛莉。棚星愛莉よ。あなたは?」
「タナホシアイリ、か。……長いな」
少年は腕を組み、偉そうに頷いた。
「ぼくは王様だ」
「王様って……名前ぐらいあるでしょ?」
「勇者殿が望むなら、王様の名前を教えてやろう」
少年は堂々と胸を張った。
「ぼくはアイルだ」
ぱっと見、小学生ぐらいの 幼い見た目なのに、態度だけはやたらと偉そうだ。
「さっきから王様、王様って言うけど……まさか私、異世界転生しちゃった感じ? でも死んでないから転生じゃないよね?」
「ぼくが勇者殿を召喚したんだ。この国を護ってほしい」
……え?
「は???」
「ぼくの国が隣国から狙われてるんだ。助けてほしいと手を伸ばしたらあなたが握り返した」
「……いやいや、無理無理! 戦争とか、ぜっっったい無理だから!」
私は慌てて両手を振る。
「ほら、見て? こんなにか弱いし!」
そう言って、自分の腕を指でつまんでみせる。
……いや、でも待てよ?
異世界召喚ってことは、何かしらのスーパーパワーが手に入ってる可能性も……? 「異世界転移=強くなる」って相場、あるよね?
――いや、そんな都合よくいくわけないか。
「ちょっと腕相撲しない?」
「腕相撲……?」
アイルが首をかしげる。
「こうやって手を握って、先に地面についたほうが負けね」
まだつないでいたアイルの手を、腕相撲の角度に握り直し、肘を地面につける。
「ふむ、なるほど」
アイルが同じように肘をつける。
「よし、じゃあいくよ――」
――バンッ!!
……あれ? 私の腕、もう地面についてるんだけど?
「え? ちょ、待っ……負けた!?」
しかも、めちゃくちゃあっさりと!!
この、なまっ白い子どもに!?
「もうダメだ……。早く元の世界に帰して……」
がっくりとうなだれていると、木の奥でガサガサと音がした。
まさか危険な動物では? と不安になり、顔を上げる。
そこには、紫と黄緑のツートンカラーのモコモコした獣がいた。大きさは家庭で飼える程度。
タヌキ……かな?
「なにこの色彩感覚バグった動物」
「も、猛タヌキだ! 逃げるぞ!」
「モウタヌキ?」
猛犬とか猛牛なら聞いたことあるけど、猛タヌキ?
「力は弱いが、キバに毒を持っているんだ! 噛まれたら秒で……!」
「し、死ぬの?」
「同じ色になる。洗っても一生取れない」
「えええぇっ!!」
「ちなみに、海にはお揃いのカラーの猛タコがいる。同じ毒を持っている」
「モウタコですって!? 猛をつければいいってもんじゃないわよ!」
すでに駆け出したアイルの後を追おうとしたが、勢い余って転倒してしまった。
ローファーだし制服だし森の中だし、いまどきの女子高生が簡単に走れるわけない。
手に何かが触れる。木の棒かと思ったら――バットだ。
そういえば、野球部の荷物番をしていたんだった。一緒に持ってきちゃったのか。
タヌキの一匹ぐらいなら、撃退できそうな気がする。あくまでも気分だけど。
バットを拾い上げ、足元まで迫っていた猛タヌキに向かって、ガツンと一発。
鈍い衝撃が手に伝わる。乾いた音が森に響き、猛タヌキが弾かれるように転がった。
獣は一瞬動きを止め、頭を振る。が、よろめいている。
少し見ていると、よろよろした足取りで森の奥に消えて行った。
伊達に野球部のマネージャーはやってないんだからね。
「さすが勇者殿、すごい強さだ。その武器はなんという?」
振り返ると、先に逃げたはずのアイルが戻ってきていた。
「いやいや、これ武器じゃないし。ホームランを打つための道具だし」
「ほぉむらん?」
「もしくは、バントつってボールを転がしてランナーを進めるための……って、そんなことより!」
何から説明すればいいのか、混乱する頭をフル回転させる。
そんな私の思いを無視して、アイルは手のひらを差し出した。
そこには、青い宝石と細かい装飾が施された美しい指輪。
「これを、勇者殿に」
「え、いきなりプロポーズ?」
指輪を見た瞬間、条件反射で口をついて出る。
「違うな。ぼくの妃になるには少々お年を召しているようだ」
「あんたねー……」
拳を握りしめ、ゲンコツをお見舞いしてやろうとした瞬間、背後でざわりと風が動いた。
「!?」
猛タヌキが戻ってきたのかと、慌てて振り返る。
そこには――。
先ほどの猛タヌキより倍以上、いや、私の背丈よりも大きな猛タヌキがいた。
「ちっ、親猛タヌキがいたのか」
「オヤモータヌキ?」
「早くこれを!」
アイルが指輪を押し付けてくる。
何が何だか分からないまま受け取り、握りしめようとした瞬間、右手の薬指にぴったりとはまった。
次の瞬間――。
指輪から強烈な光が放たれる。
視界が真っ白に染まる。