チョロすぎる!そう俺が見たのは幼児のように天真爛漫すぎる女神!金の斧も銀の斧もいらない!泉には絶対近寄らないでください!
くそ、くそ、俺はもう少しであの恐ろしい女神に殺されるところだった。
悔しい……なんとか泉の女神や村の連中に仕返ししてやりたい!
でも、それは無理だ。俺はただの旅の行商人。
荷馬車に品物を積んで、村から村へ売り歩いているだけ。そんな力なんてない。
俺は馬車を走らせながら、村での出来事を思い出していた。
ある村で商いをしていた頃、通りすがりに村長が村人と立ち話を小耳に挟んだ。
「丘の上の泉……女神様……金の斧、銀の斧……」
耳がピクッと動いた。これは……あの噂の泉じゃねえか。この村だったのか。
俺はすぐに話を飲み込んで、丘を駆け上がった。
「待てー!待たんかー!」
後ろから村人が追いかけてきたが、気にせず走り続けた。
やがて、丘の上に神秘的な泉が現れた。静かで厳かな雰囲気が漂っている。
噂どおりだ。俺はリュックから鉄の斧を取り出して泉に投げ込んだ。
「ポチャリ」音を立て、斧が水面に沈む。
その瞬間、美しい女神が水の中から現れた。
両手には金の斧と銀の斧を持っている。
俺の顔を見て、女神はニコっと、子供のように無邪気な笑顔を浮かべた。
(これはチョロい、チョロすぎる)俺はわざとらしく嘆いた。
「ああ!大事な斧が泉の中に……」
「……」
女神は黙ったまま俺を見つめている。
沈黙が続く。俺は何を言えばいいのかわからず、ただ、女神を見ていた。
とうとう女神がしびれを切らした。
「早よ、始めんか」
その時、後ろから息を切らした村長が道を上がってきた。
「ハァハァ」荒い息をしながら、俺に向かって叫ぶ。
「旅のお方、あなた足が速すぎますぞ……ハァハァ……。
あなたは何も知らないようなので、システムの説明をします」
「はい?」
「旗揚げゲームをご存じですか?赤い旗と白い旗を上げるあれです。
それを金の斧と銀の斧で女神様がやります。
そして、あなたは指示を出す役です」
「はぁ?」
村長が俺の耳に小声で囁く。
「女神さまは 500歳と言われていますが、人間で言えば、心はまだ5歳くらいの子どものようなもの。無邪気に遊びたがるお方ですじゃ。
しかし、いくら尊いお方とはいえ、疲れを知らない子供のように、ゲームの相手をさせられては、村人の命がいくつあっても足りませんからな」
「……」
「あの汚れなき笑顔を曇らせるような者には、神の雷撃が下りますぞ」
そして、村長が叫んだ。
「マイネ村、泉の斧上げゲーム大会!イエ~!パフパフ~~♪」
村長は真顔に戻って俺に言った。
「真面目にやらないと神罰があたりますぞ。それではさようなら」
村長はそそくさと道を降りて行った。俺は頭を抱えたくなる。
「ちょ、ちょっと待って……」
俺は村長の後を追おうとしたが、両足が地面に貼りついて動かないことに気付いた。
***
「金上げて♪、あほれ、銀上げて♪……」
俺が指示を出すと、女神様は「キャッキャッ、キャッキャッ」と童女のような天真爛漫な笑顔を浮かべながら、斧を上げ下げしている。どうやら、このゲームを楽しんでおられるようだ。
(無邪気だわ、無邪気すぎるわ……、おまえ友達おらんだろ……)
俺はしぶしぶゲームを続けたが、際限なく続く。「これ、いつ終わるんですか?」
俺が聞くと、女神様は笑顔で答えた。
「わらわが飽きるまでじゃ」
(畜生……誰だ、このアホ女神にこんな遊びを教えたのは?)
村人の話では三日三晩、不眠不休で俺はゲームに付き合わされたそうだ。疲れと眠気で何度意識を失ったことだろう。そのたび、俺の体に電撃が走った。
「ギャアアアアアァァァァァァァァ!!」
喉が渇いて限界に達した時だけ、目の前の泉の水を飲むことを許された。
どれくらいの間ゲームは続いただろう、女神様が言った。
「そろそろ飽きたな。行ってよいぞ」
「ご褒美は?……なしですか?」
女神様はニコリと笑いながら、力強くうなずいた。
「うむ」
俺は悔しさを押し殺し、その場を後にした。村に戻った後、ぶっ倒れた。
意識を取り戻した後、俺は決心した。「二度と、俺と同じ悲劇を他人には味合わせない」
俺は、旅の先々で不思議な泉の話をし、近づかないよう忠告した。
だが、その話をしても食いつきが悪い。皆理由を聞いてくる。
「なぜ?」
仕方がないので俺は泉の女神の話をする。
「俺が泉に斧を落とすと、泉の女神が現れ……」
「フムフム」
「その両手には金の斧と銀の斧を持っていて……」
ここまで話すと、みんなの目が輝き始める。そうなると、話の続きを聞きたいという顔を隠そうともしない。ここから先は細かく話すとややこしくなる。俺は少し話を整理して聞かせる。
「女神様は大いに喜んで、金の斧を上げる、銀の斧を上げる、ってな」
「えっ、斧をくれるのか!」「おい、そりゃ本当か?」
俺は女神が、金の斧と銀の斧をやるとは一言も言ってない。話を聞く奴は皆自分のいいように話を解釈する。人は信じたいことしか信じない生き物だ。それに気づいてしまった俺には、この話を止める理由もない。
最初に警告したんだぜ、俺は。……泉には近づくなって。
俺の旅は続く。次の村でも、俺はこの話をする。誰かが泉の女神に会いに行くのを心待ちにしながら。そしてそのとき、彼らが真実を知り、金と銀の斧ではなく、自分の愚かさを思い知ることになるだろう。それもまた、俺のささやかな楽しみのひとつなのだ。
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