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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 空の章
99/160

99 収穫祭

 

 テレビでは朝のニュース番組が流れていた。


『……続いてのニュースです。日本北部にある”がっちゃぎの森”周辺の昼夜が一時入れ替わりました』


「ぐぁっちゃぎ?」


 納豆巻きで両頬を膨らませたキラが聞き慣れない単語を復唱した。全員の視線が不機嫌そうにハムを食らっていた大賢者に集まった。


「……知るか。俺がなんでもかんでも知ってると思うんじゃねえっつーの。大体、日本の事だろ? 俺よりも適役がいるじゃないか。ヘイ、ミスタージャパン。がっちゃぎって何?」


 エプロン姿のまま朝食をとっていたミスタージャパンは、集まった視線に感情のない無機質な声で答えた。


「すみません、よくわかりません」


 アシハラの言葉にはソフィーさんがクスリと笑っただけで、他に誰も喋ることはなかった。


『警備局日本支部は時間魔法の不正利用の疑いもあるとみて、捜査を……』


「がっちゃぎ!!」


 大賢者がテレビをオフにした。


「メシの時のテレビって、なんかダメだわ。特にニュース!! 禁止だ、こんな低俗なもの!!」


 低俗な男によって2度目のニュース禁止令が言い渡されると、食卓にはいつものように中身のない会話が戻り始めた。





 デッキの遥か下には一面の南太平洋の海が広がっている。カナダを出発して5日、今日の拠点は雲一つない青空をまい進していた。習慣になった夜更かしと早起きのコンビネーションはどうしようもない日中の眠気をもたらしていた。睡眠の質は体内の魔力に影響する。そんな俗説を思い出し、懸念を抱いた私はキラと一緒にデッキのガーデンテーブルに座って日光浴をしていた。


「……ムガァ~、何やってるんだぁ?」


 テントの入り口の方でいそいそと動き回っているアシハラに、キラが眠たそうな声で話しかけた。


「ん? 今日は日本の収穫祭だから、その準備」


 答えたアシハラの左右の手には空っぽの花瓶が握られていた。


「へぇ~」


 感嘆の声が出た。意外な事に彼は行事を大切にするタイプだったらしい。暦はまだ九月の半ば。世界的にみると日本の収穫祭は少しばかり早いようだ。


 テントの入り口のすぐ横には、いつの間にやら真っ白なテーブルクロスが敷かれた横長のテーブルが設置されていた。そのテーブルの上にはカボチャやナスといった季節の野菜が並べられていた。


「ちょうどよかった。吉良殿、そこからオジサン目がけて殺意高めの魔法をかけてもらえる?」

「まかせろ!!」


 キラは座りながらアシハラに向けて魔力の光線を放った。光線はアシハラの胸の前で留まり、球体となって左右に分裂した。すると分裂した球体はアシハラの両手にある花瓶の中にそれぞれ吸い込まれていった。


「御見事。やっぱエルフの魔力だと綺麗なのが出来るなぁ」


 自分の魔法を支配されたというのにキラは嬉しそうな顔をさせて私の事を見た。祭壇の両端に置かれた花瓶には見慣れないアジアの花々と稲のような植物がさされていた。


「何やってんだぁ!?」


 テントから姿を現した大賢者がキラとまったく同じ質問をアシハラにした。続いて大賢者の後ろからソフィーさんが現れた。彼女は黙って私たちのいるガーデンテーブルまで歩いてきてキラの隣に座った。


「今日は日本の収穫祭でして、その準備を」

「収穫祭か……じゃあ、久々にバーベキューでもするか!!」


 大賢者は久々でもないバーベキューの提案をした。


「いいですなぁ。それでは食材の仕込みをしておきます」


 アシハラがいそいそとテントに戻ると、大賢者は興味深そうに祭壇を見てからバーベキューの準備を始めた。


「楽でいいわぁ……」


 ソフィーさんがしみじみと呟いた。瞼を重くさせたキラはおもむろに横になって彼女の膝の中で目を閉じた。


「本当、ああいう方がいると生活レベルが全然違ってきますよね?」

「うん……一生いてほしい」


 ソフィーさんは他者との接触を好むタイプではない。彼女は知らない人と会うと一言も喋らず、それどころか魔法で姿を透明にすることすらある。究極の引きこもり体質というか、とにかく外の世界が嫌いな人であり、かくいう私も彼女とこうして普通にお話が出来る関係になるまで随分と時間がかかった。そのため、彼女の口から他人に対してそんな言葉が出るなんて思いもよらなかった。


「……お気に召された感じですか?」

「だって余計なこと喋らないし、面倒な事、全部やってくれるんだもん。ママみたい」


 ママという表現はちょっと違う気がしたが聞き流して話を続けた。


「辛い事をさせても、嫌な顔ひとつしないですもんね」

「そう!! このバカと全然違うの!!」

「おうおうおう、喧嘩してぇのか?」


 大賢者が乱入した。


「だってアンタ年中喋りっぱなしだし、そのくせ変なことで怒ったり意地悪な事ばっか言うじゃん」

「それはお前の反応が面白いからだ。それに、最近はそうでもねぇだろ?」


 確かに二人の喧嘩の頻度は以前の旅の時よりも減っていた。そのあたりの心境の変化はいかにして訪れたのだろうか。


「喧嘩、減りましたよね?」

「ガキもいるしな。それに、今回の旅ではこいつがイライラする要因がない」


 大賢者はソフィーさんを親指で差した。


 言われてみれば、前回の旅はソフィーさんの立場からしてみれば自分の両親と愛する人の命を天秤にかけるような心境で挑む旅だった。そんな精神状態が半年間も続けば攻撃的にもなるというものだ。大賢者の言葉には深く納得ができた。


「まあ、アシハラの加入はデカいと俺も思ってるよ。デカいというか、太いというか」

「太い?」

「お前ら、俺と居て安心するか?」


 私はソフィーさんと一瞬だけ目を合わせてから大賢者に視線を戻し、激しく首を横に振った。もちろんソフィーさんも、彼女の膝の上で目を閉じるキラでさえそうした。


「満場一致かい。まぁ、自分の弱点は自分が一番わかってるよ。俺と違って、アシハラがいると精神的に安定するだろう? アイツの一番の価値はそこにある。家事でもベビーシッターでもない」

「……何が言いたいの?」


 ソフィーさんがため息を交えて大賢者に尋ねた。


「続きはタルに聞け。俺はゼノとトレーニングルームに行く」


 説明責任をすべて私にぶん投げると彼は本当にテントに戻っていってしまった。ソフィーさんの深い緑色の美しい瞳がこちらに向けられた。


「……精神的な支えになる人がいることは、とても素晴らしい事だよ……ってことだと思います」


 仕方なく、私はおそらくの意味をソフィーさんに伝えた。


「そう言えばいいのにね? 本当、カッコつけなんだから」


 私は笑ってその意見に賛同した。

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