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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 空の章
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97 夜更かし

 

 音楽や劇、映画といった芸術を求め、真夜中のリビングには大賢者とソフィーさん以外の全員が集まっていた。


「はぁ? この女はどうして男を殺したりしたんだ?」

「ん~……人間の愚かさというか、弱さというか。この劇はそういったことを題材にしてますよ、って。観ている人たちに、強いメッセージ性を感じさせるためにそうしたんじゃない?」


 キラに聞かれたアシハラは、テレビで放送されていた演劇の酷く陰惨な導入シーンの解説をした。問題のシーンは魔女が身勝手な理由で交際相手を殺すというものだった。


「レオたちも起こして、みんなで観よう!!」


 いきなり立ち上がったキラが大賢者の部屋へ行こうとしたが、アシハラが彼女の腕を掴んでそれを阻止した。


「ダメ、ゼッタイ」


 その言葉からは強いメッセージ性を感じた。


「この劇はちょっと……暗いね。皆で観るには向いてないかも。他のチャンネル、見てみない?」

「そうですね」


 どう考えてもその演劇は大人向けすぎた。私はアシハラの提案に賛成した。


「えぇ!? お芝居、おしまい!?」


 ソファに座りなおしたキラが韻を踏んで不満の声をあげると、アシハラが言葉を返した。


「他のチャンネルでもやってるかもよ?」

「じゃあ、私が変える!!」

「……とりあえず、やってみなさい」


 もうこの時点で私には察しがついたが、オジサンが思春期の女の子に対してどう対処するかが気になり、黙って事の成り行きを見守ることにした。


 キラがテレビに杖を向けるとチャンネルが変わった。映像が切り替わると、それまで寝ていたサラマンダー君が目を覚まして食い入るようにテレビを見た。そこには物凄い声を出しながら交尾する野生の亀の映像が大画面で流れていた。


「オー!! KOBI(ケーオービーアイ)!! 交尾!!」


 中年侍の口から飛び出したのは深夜とは思えないキレと勢いのある言葉だった。期待通りの見事な手腕に私は声を押し殺しながらこれ以上になく笑わせてもらった。


「デュフフフフ」

「デュフフフフ、じゃなくて。変えなさい? 気まずいでしょ?」


 アシハラはストレートに今の状況を言葉にした。面白がったキラはアシハラに跨って唸り声をあげ始めた。


「マ゛ァァ~~……ム゛ァァ~~……」

「似てるなぁ……じゃなくて。いいから、物真似は。早くチャンネルを変えなさいよ」

「ニシシシシシ。よし!! レオたちも呼んでこよう!!」

「待て待て待て待て」


 深夜のキラは絶好調だった。思っていたよりも過激なスキンシップが入り、私はたまらずチャンネルを変えた。テレビには海の生き物たちが泳ぐ映像がリラックスミュージックとともに流れ始めた。今度はピィちゃんが画面に釘付けとなった。


「そうそう、こういうの……う~ん、なんだか眠くなってきちゃった……」

「起きろ、ムガ!!」


 言いながらキラはアシハラの両頬を叩いた。


「明日も早いから、今日はもう寝ない?」


 ここに集うメンバーにはあまりよろしくない習慣が根付き始めていた。大賢者たちの寝室はすぐそこにあるのに、かつて私を悩ませた声は一切聞こえない。このからくりについてはよく考えればわかることだった。アシハラが人知れず私たちの安眠を守ってくれていたのだ。それを私がたまたま初日に発見して、その時は彼がテレビで映画を楽しんでいるだけだと思っていた。私たちの夜更かしの習慣はそれが発端となっていた。


「ヤダ!! 映画観たい!!」

「ほんとぉ? どんな映画?」


 キラは少し考えてから口を開いた。


「……怖いやつ」

「あいよ」


 アシハラが返事をしてチャンネルを変えると映画が流れ始めた。どうやら死霊術師を題材としたホラー映画のようだった。


「この紋章……どこかで見た覚えがあるなぁ?」


 洞窟か地下施設か、死霊術師たちが集まる薄暗い拠点の壁には紋章の入ったバナーが飾られていた。紋章は円環の中で二匹の蛇が8の字になって絡み合っているデザインだった。


「蛇……段々大丈夫になってきたな……」


 キラはトラウマの克服を宣言し、上体を少しだけ前に出してアシハラの言った紋章をよく見ていた。


「死霊術師集団の『ウロボロス』がモデルみたいですね」


 それはかつて魔法界の裏社会で一大勢力を築いていた死霊術師集団『ウロボロス』のマークそのものだった。この反社会的組織は約12年前、当時は無名だったとある賞金稼ぎによって壊滅させられている。


「しりょーじゅつって何なんだ?」

「元々は単なる占いだった」


 12年前は無名の賞金稼ぎだった男が突如としてリビングに現れた。大賢者は尻尾を振って寄ってきたサラマンダー君の頭をひと撫でして私の隣に座った。


「……占い、ですか?」


 気まずい沈黙を破ったのは私だった。


「死体を使った占いさ。ところがこれの精度が悪かった。当たらない占いは廃れていった。それがいつの間にやら、死者の魂を弄ぶ禁忌の魔術に変わっていった」


 その話の『いつの間にやら』の部分を知りたかったが、沈黙を恐れた私はよく考えずに時を越えたインタビューを決行した。


「『ウロボロス』の件で、なにか覚えてることってあります?」

「ない。確実に覚えてるのは弟の学費がなんとしても欲しかったことだな」


 なんという男だろうか。当時の国際魔法警備局でも手を出せなかった巨悪を金目的で壊滅させたというのか。それもたった一人で。


「あ、でも何人かは面白いやつがいたな。死体を使うんじゃなくて、自分の身体に死者の魂を憑依させて戦う奴ら」

「それって、自分の魂はどうなっちゃうんですか?」

「……さぁ?」


 その回答は故意か、それとも本当に知らないのか。私は前者だと思った。


「……まず、無事じゃいられないよ。魂っていうのは特別なものなんだ。最悪、輪廻から外されることもある」


 代わりに答えたのはアシハラだったが、半分以上は言っている意味がわからなかった。彼はさらに言葉を続けた。


「思い出した。何年か前に、死者の魂を呼びだしてそれを具現化さようとした奴らがいたんだ。その時に見た紋章だ」

「日本にもウロボロスの残党がいたのか」

「ええ、そういう事になりそうですね」


 アシハラの話は不思議な事ではなかった。残念ながらほとんどの場合、悪というのは滅びない。そういった組織を壊滅させても、名を変え、場所を変え、同じ思想を持った生き残りというものが必ず出てくる。ウロボロスほどの巨大組織になるとその範囲は世界規模に及ぶのである。


「その時の人たちは……どうなったか、わかりますか?」


 黙って話を聞いているキラへの教育、そして自分への戒めとして、私はわかりきった答えをアシハラに尋ねた。


「全員……まあ、畳の上では死ねなかったみたい」


 アシハラは他人事のように答えた。やはりそういう事を行った者の末路は例に漏れず悲惨なものだったようだ。


「スゥー……」


 キラが大きく息を吸ってからチャンネルを変えた。画面は男女の濃厚なラブシーンに切り替わった。


「おーい、映っちゃってんなぁ!! 何考えてんだ、魔法界!!」

「ニシシシシ……よし!! ソフィー呼んでくる!!」

「行ってこい」


 大賢者が全員集合の許可を出した。

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