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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 空の章
96/160

96 答え

 

 ガーデンテーブルのある場所からテントの入り口の方まで転移すると、先にいたのはアシハラだった。試みた実践は、またしても失敗に終わってしまった。


「なるほど……オジサン、やっとわかった」


 アシハラはすっきりした表情で後から来た私に語った。


「イシュタル殿が真面目過ぎるのが原因だったんだ。全部、繋がってたんだよ。転移魔法って誰に習った?」

「学校ですけど」

「じゃあ、学校教育が悪かったんだ。教わった通りにきっちり手順を追ってやってるでしょ?」

「はい」


 そりゃそうだ。そうしなければ転移なんて出来やしないのだから。


「教わった通りでなければ出来やしないと思っている顔をしているね。大丈夫です、出来ます。あの場所で転移先をイメージして、ここまで転移する。つまり、イシュタル殿はあの場所からここに転移した、ってことだね?」

「はぁ……」


 普通の事を言っているだけに聞こえた。私にはその説明の何が間違っているのかが、まだわからなかった。


「その考えは捨てましょう。『あの場所』がいらない。ここに転移する。それだけを実行すればいい」

「それはつまり、どういうことですか?」


 正直に尋ねた。『あの』だの『ここ』だの、抽象的な言葉は混乱を招いていた。


「だから、えーっと……学校でどう教わった?」

「学校だと、A地点からB地点に」

「それが間違ってるんだ」


 説明の出鼻でアシハラが掌を向けて、すぐに止めさせた。


「前にチラッと言ったかもしれないけど、それはワープの考え方であって転移ではない。空間は関係ないの。だから……その説明での到達点はA、Bどっち?」

「B地点です」

「だとすると最初から目的地、B地点しか存在しないと思ってもらっていいかな? A地点なんていらない。出発点を考えてしまうと、そこから全部が遅れになっちゃうから……ということなんだけど?」


 アシハラは心配そうな表情でこちらの顔を覗いてきた。もっと自信を持ってほしいと思った。たった今、全世界の転移魔法を履修した魔法使いたちに教えたいほどの素晴らしい説明をしたのだから。





 成功は静かなものだった。転移した六角形のガーデンテーブルの前に、アシハラが先に到着していることはなかった。


「ほらね? で、この使い方って……え?」


 達成感から感極まった私は横に立っていた師を思いきり抱き締めた。


「ぐっ……見た目より断然力がお強い……さすが、元捜査官。あの~……嫌な記憶がよみがえるので、お下がりください。あの~……触んじゃねぇ!! 公僕がよぉ!! ぐわあああ!!!!」


 そんなつもりはなかった。迫真の犯人声に反射的に逮捕術が出てしまっていた。





 それから何度も私は『本当の転移』を試した。何度やっても遅れは生じなかった。全く別物になった転移魔法の性能を思う存分確かめた後は、師であるアシハラと共にテーブルに腰掛けて流れる雲海を眺めながら雑談をした。


「……学校教育がおかしかったとは、盲点だったね。それにしても学校はなんでそんな教え方をしたんだろう?」

「学校の授業は個人個人に教えていられないから、ですかね?」


 他に学校教育に関して私が持っている情報としては、教師にはどうやら当たりはずれという概念が存在するらしい、という事ぐらいだった。当たりの教師が学校に一人でもいれば、学生にとってはかなりの幸運と言えるのではないだろうか。大賢者という魔法界の大はずれに出会ってしまった私にそんな幸運などあるわけもなく、当たりの教師というものに出会った覚えはない。だからこそ、他の人間から恩師の話を聞かされたりすると、そのことがとても羨ましく思えた。


 経験上、大体の教師は授業内容をクラスの中央値かそれ以下に合わせる。もっと言えば優等生は放っておかれる。指導者が何もせずとも成果を出すのだから、それは道理というものだ。もっとも、そうやって割り切れるようになったのも、社会に出てからではあったが。


「あ~……なるほどね。出来る人出来ない人、学校って色んな人がいるもんね。それだったら、悪者扱いして申し訳なかったな。そうかそうか。難しいんだね? 学校教育って」

「私も内情は知りませんけどね」

「学校か……。オジサンはこういう顔面だからさ、学校なんて先輩魔女とその取り巻き達にゴリゴリにいじめられた記憶しかないけど、優等生のイシュタル殿にはどんな華やかな思い出があったりするの?」


 私は驚きのあまり、一瞬だけ頭の中が真っ白になった。誇張と捏造。頭の中の白い空間に浮かび上がった文字列がそれだった。私はなんとか次の言葉を絞り出した。


「……冗談、ですよね?」

「いや、本当だよ? も~う……めんどくさかったんだから。毎日毎日、一人でいる所を狙われてね? その魔女が取り巻きを連れてくるんだよ。この面白顔面の悪口言って晒し上げるためだけに。俺はもう、会いたくないからさぁ、その人に。ありとあらゆるところに隠れるの。教室の移動とかも遠回りして、出来るだけ鉢合わせしないようにして。それなのに絶対見つけてやってくるんだよ、その人。制服とか、持ってる教科書とかも全部ビリビリに引き裂かれちゃったりしてさぁ。人のものを平気で傷付けるやつなんて……犯罪者と同じだからね? 嫌いだよ、そんなやつ。目上の方に申し訳ないけど」

「あの……私もほとんど……同じ、でした」


 意外な共通点が判明した。こんなに明るいアシハラが、私と同じような暗い青春時代を過ごしていたなんて信じられなかった。


「またぁ~。いいって、気を遣わなくて」

「いえ、あの……本当です。私、ガリ勉だったんで……教科書とか破られたり、捨てられたりして……」

「嘘だぁ!? 海外だと成績優秀者がいじめの対象になるの!?」

「どうでしょう? 自分の中では、ステレオタイプだと思っていたんですけど……」

「それは……辛かったでしょう? そのぉ~……酷いものでしょう? 魔女の手口は」

「ええ……私の場合、結構お金持ちの、そういった家庭出身の生徒が多い進学校で、その……一般的な家庭出身の私が、そこに特待生で入ってしまったものだから、余計に……」

「あ~ぁぁぁあああああ!!!!! 一発で理解しちゃった!!!!! 胸糞わりぃ!!!!!!」


 アシハラは両手で頭を掻きむしって共感してくれた。


 不幸自慢大会は自然と始まった。より酷い、より胸糞悪いエピソードの暴露はとどまることを知らずに白熱した。大人になってから、こんな後ろ向きな話題で盛り上がるとは思いもしなかった。今すぐタイムスリップして当時の私にこの事を知らせてあげたくなった。お前の行く道の先にはとんでもない同士がいる、と。その人が誰もが知り得ないすごい魔術を教えてくれる、と。だから、だからお前は全然、まったく間違っていないんだ、と。


 笑って、泣いて、気がつくと全身が心地よい疲労感に包まれていた。


「ふぅ……なんか疲れちゃったね?」

「……はい」

「レオナルド殿は全部わかってたのかもしれないね?」

「私たちが学生時代、いじめられていたことをですか?」

「う~ん、何というか……こうなる、未来というか。だって、あの方が教えた方が確実だと思わない? オジサンの話、全然分からなかったでしょう?」

「まぁ……部分的にそうですね」

「ははは。部分的に、なんて初めて聞いたよ、人の口から。でも真面目に考えて、なんで俺が教えることになったんだと思う?」

「そうですね……」


 私は記憶をたどり、大賢者の言葉を思い出した。


「確か……あの人は『二人への課題』って言ってましたよね? ということは、アシハラさんへの課題でもあった」

「……そういうことか。だから、か。誰かに何かを教えるっていうのは初めての事だったけど、いい勉強になった。ありがとう」

「それはこちらの台詞です。どうもありがとうございました」


 この日、私とアシハラの間には確かな絆が生まれた。そこには決して誇れるようなものではない、闇の絆も含まれていた。

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