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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 空の章
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94 学習

 

 ダイニングキッチンの奥に設置された階段を降りると地下室へ出る。地下にはパントリー、オーブンなどの大型の調理道具が使える広いキッチン、そしてトレーニングルームが新たな設備として加えられた。


『本当の転移』とやらを学ぶことを大賢者に命令されていた私は、トレーニングルームでの学習が新たな早朝の日課となっていた。講師はアシハラ。物腰の柔らかい、一回り以上年上の日本人男性である。


 パワーとスタミナ、それと勢いに定評のある我らが大賢者様による指導は超スパルタ。私は直接指導されたことはないが、キラは別だった。見ていた限りでは詰め込み教育に近い、虐待とも受け取れる厳しい指導で彼女を今まで何度泣かせた事だろうか。


 そんな厳しい大賢者に反して、アシハラ先生はメンタルを大切にするタイプの優しい指導者である。自分の使っている技術を言語化して説明することが苦手という致命的な弱点はあったものの、私としてはこちらの理性のあるお侍様の方が一緒にいて気持ちはグッと楽であった。


「おはようございます」

「おはよう」


 その日も先にいたのはアシハラとキラだった。キラに関しては命令の対象外である。余程楽しいのか、彼女は私よりも早く起きて自発的に早朝の学習活動に参加していた。


「おはようございます。今日は持ってきてないんですね?」


 アシハラはこのところ帯刀していたり、していなかったりで定まっていなかった。ずっと気になっていた私はそれとなく話題を投げかけた。


「うん……トイレ掃除なんかしてるとガチャガチャ邪魔だし、最近ふと気づくとサラマンダー君がなぜか足元にいることが多いから、転んだりしたら危ないと思ってね。悩んだんだけど、もう完全に持たない事にした。時代も時代だしね。それに……『定め』って言ってね? 本当に必要になった時は、向こうの方から勝手にやって来るんだ」

「物には魂が宿るんだぞ、タル。そんな事も知らんのかぁ?」


 反抗期に入って間もないキラが挑発してきた。その言葉遣いからあの男の幻影がどうしてもチラつき、怒りが増幅させられた。


「……そう、だったんですか」


 相手と同じフィールドに立たずに心に余裕をもって見守ること。【週刊新米ママの為の子育て教科書】という雑誌に記載されていた『反抗期の娘との接し方』の項を頭の中で反復して、なんとか怒りをコントロールした。


「じゃあ、まずはいつも通り精神統一から始めますか」

「はい」

「よっしゃ!!」


 トレーニングルームは屋内なのに自然豊かな緑の風景が広がっていた。綺麗に刈られた芝生の上には3枚のマットが敷かれていた。私はいつも通り右端に座って隣に座ったアシハラのピンと筋の通った姿勢を参考にさせてもらった。それから目を閉じて、頭の中にある雑念をゆっくりと排除させていった。






「はい、やめ~」


 アシハラの声を合図に目を開けた。彼曰く『それをやってしまっているうちはまだまだ』とのこと。まだまだの私は今日もまんまと彼の終了の合図を待ってしまっていた。


「どうだった? なにか見えたりとか、掴めたりしたかな?」


 アシハラは私とキラを交互に見た。


「うん!! ばっちり『ム』を感じたぞ!!」


 キラが積極的にアピールした。


「う~ん……そりゃあ、偽物だね。次にそいつが現れたら、すぐに退治してください」


 アシハラは笑いながら間違いを指摘した。


「なんでだよぉ!?」

「無は感じちゃダメなのよ? 前も言ったけど、オジサンの終わりの言葉が聞こえないぐらいになったら、それで大丈夫だから」

「くっそー……」


 全員が立ち上がって、次の実践に備えた時の事だった。


「なんか……ごめんな、タル。最近、気持ちが、その……うまくコントロールできなくって……」


 精神統一は反抗期のエルフに抜群の効果がある。瞑想が終わるとキラはおそろしいほどに素直になってくれた。効果時間が短いというのが難点であり、次の日にはもうあのリトル大賢者が出来上がってしまっているのが残念だった。


「気にしないで。正直に話してくれてありがとう」


 わざわざ心情を報告してくれた律儀な彼女を褒める。今の私にはそれぐらいしかできなかった。





「はい、それでは実践していきましょう。まずは吉良殿、あそこの切り株まで転移してみて」


 アシハラが10メートルあるかないかぐらいの程よく離れた切り株を指差した。


「まかせろ!!」


 指名されたキラは自信を持って一歩前に踏み出した。


「ムン!!」


 手に持った大きな木製の杖を掲げて声を出すと、彼女は見事に切り株の所まで転移してみせた。


「ほんと、すごいなぁ。さすがエルフ」


 アシハラがその学習能力の高さを褒めた。キラは数日前まで使えなかったはずの転移魔法が使えるようになっていた。


「それじゃあ、転移で戻ってきてー!! 今度は少し難しいから、事故だけ気をつけて!!」


 少し難しいというのは、この場に私とアシハラという二つの障害物がある点だった。ここが転移魔法の難しい所で、人のいる場所への転移は避けるのが一般的な考え方である。一般的でない、もう少し上の考え方としては、目的地に人がいる状態での転移を魔法使いの実力を測る尺度にする。これは国際魔法警備局の局員になるには必須の技術でもある。さらに上の方になると、息をするように人のすぐ隣や、集団の中での転移を成功させる者がいる。ここまでくると大賢者や大魔導士クラスの実力が無いと実現不可能とされている技術にあたる。


「オーケー!!」


 遠く離れたキラが杖を掲げ、杖の柄の部分をこちらに合わせるような動きをさせた。その数秒後、彼女は元の位置に戻ってきていた。


「どうだった!?」

「すごいすごい。イシュタル先生に感謝だね。ありがとうございます」

「ありがとうございます!!」


 二人がそろって私に頭を下げてきた。キラに転移の魔法理論を教えたのは他でもない私だった。


「いえいえ。私のおかげじゃなくて、生徒が優秀でしたから」


 謙遜ではなく本当の気持ちだった。キラはこちらが伝えた時には理解できてなくとも、その後きちんと自分なりに考え、理論をかみ砕いて理解する能力に秀でていた。


「そうだろう!?」

「コラコラ。強くなりたいのなら、もっと控えめに。謙虚さを失うと成長が止まってしまうよ?」


 その理屈って、あの人の場合はどうなるんだろうか。


「でもレオはこんな感じだぞ?」


 キラも同じことを思ったようだ。同時に、この子があの人の真似をする理由がわかった。強くなりたかった。単純にそれだけだったのだ。強い人の真似をしたくなる気持ちは狂おしいほどによく分かった。その道の先には絶対に越えられない壁があることを教えてやるべきか、否か。それが新たな問題だった。


「レオナルド殿は表面上でそう見せてるだけ。本質は全然違う。俺たちには見せないだけで謙虚さだって絶対持っていると思うよ? 勉強熱心な方だしね」


 なんか……なんか、わかってしまった。本当は強く否定したい。だけど、あの人と長く接しているとそう感じざるをえない場面が間々あった。あの人から謙虚さを感じた場面が一度だけあったのをはっきりと覚えている。もう一人の大賢者であるストラデウスに関して私が質問して、それに答えてくれた時だ。アレが彼の素の部分なのではないかと思った夜もある。地理は全然だけど、魔法史に精通していたり、非魔法界の事も詳しいし、新しいもの好きで、好奇心が強く勉強熱心だ。いうなれば、お坊ちゃまが不良ごっこをしているだけなのではないか。大賢者に対してそういう願いに近い思いを抱いていたのだが、当の本人にその思いを何度も打ち砕かれ、その思いは今では目で見えるかも怪しいくらいの小さな欠片となってしまっていた。


「う~ん……じゃあ、こういう時はどうしたらいいんだ?」


 理解できたのか、できなかったのか。その心情は定かではないが、キラは顔を困らせてアシハラに尋ねた。


「そうねぇ……ハグでもして、これが終わったら一緒に朝ご飯を美味しく食べたらいいんじゃない?」

「わかった!!」

「俺じゃなくて!! イシュタル先生に!!」


 お約束をかました後、キラは私に駆け寄り抱きついてきた。


 その鈍色の瞳はどこまで見抜く力を秘めているのだろうか。視界の隅でこちらを見ているアシハラのことを直視することが出来なかった。




 結局、その日も『本当の転移』はうまくいかずに終了した。近距離への転移は労せず出来るようになったが、どうしても私の使う転移魔法には遅れが生じてしまった。アシハラの言う『やろうとする』というのは何を差しているのだろうか。理解はおろか、イメージすることさえ出来ない。習得への道のりは程遠く感じられた。




 朝食後、キラはソファに寝転びサラマンダー君を抱き枕にしてそのまま寝息をかいてしまった。喫煙者たちは全員デッキに出て食後の一服中。ちなみにソフィーさんも愛煙家で、誰よりもヘビースモーカーである。


 気持ちよさそうに寝ているキラを横目に私はピィちゃんとテレビを見ていた。放送内容は全く頭に入ってこなかった。


「ピピ?」

「うん……大丈夫」


 心配してくれたピィちゃんに答えた。


「でも、久しぶりかも。こんなに焦っているの」

「ピィ?」


 何かひとつの事に集中して、それについて考えるなんていつ以来だろうか。


「ううん……こう見えても、楽しんでるんだよ?」

「ピピィ!!」


 辛くて心地の良い時間はリビングに戻ってきた大賢者が私と目を合わせ「いいねぇ~」と言ってくるまでの間続いた。

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