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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 空の章
93/160

93 出発

 

「……という事がありまして」


 次の日の晩酌の時間、私はキラの反抗期に関する愚痴を大人組にこぼしてしまった。


「それって……すごい事かも」


 最初に反応を返してくれたのはソフィーさんだった。何がすごいのかよくわからなかった私は彼女に表情だけで説明の続きを求めたが、答えたのは大賢者だった。


「お前が通ってきたかは知らんがパターンの一つとして、成長して自分の能力に自信を持った子供の魔女は、反抗期になると一番近い存在である母親を越えたがるというものがある。キラはエルフだけど、たぶんその辺の心情は人間と同じなんだろう。つまりお前は能力から存在から、そのすべてをキラに認められたってことだよ」


 ソフィーさんが続けざまに説明した。


「エルフってね、人間にそこまで心を開くはずがないの。だから……アシハラさんもだけど、ここに居る人たちは特殊な人間の集まりってことね」


 話題になったアシハラを見た。彼は茹でた鶏のササミとブロッコリーを食べるサラマンダー君の姿を見て、満足そうに微笑んでいるだけだった。


「……アシハラさんって、動物がお好きなんですね」

「おい、サラマンダー君は気高い精霊だぞ? 畜生どもと一緒にするな」


 少し前にサラマンダー君をペットと断言していた矛盾野郎はさておき、アシハラは静かに口を開いた。


「いやぁ……こういう精霊には初めて会ったから」

「日本には精霊がいないんですか?」


 私の質問にアシハラが首を横に振った。


「精霊自体はたくさんいるんだけど、動物の形はしていない。日本だと、その姿を見ることもできない人が圧倒的に多くてね」

「日本の精霊はどんな姿をしてるんだ?」


 遠い異国の話に大賢者も興味を持って詳細を聞いた。


「人型が多いですね。容姿に関しては美男美女で、子供の姿をした精霊も多い」

「俺たちの国も基本はそうだよ? 大体が美男美女。弟にしか見えないシルフっていう風の精霊は貧相なガキの姿らしい」

「そうやって考えると、各国共通しているんですね」

「それは勉強不足でしたなぁ……」


 精霊の容姿についての話題はそこで落ち着いた。


「なんだ、つまらないねぇ。もっと他にないのかえ? 日本にしかないような話をしとくれ」


 大賢者がなぜか年配の魔女の口調でアシハラに尋ねた。


「そうですねぇ……」


 アシハラは何かを思い出すときの視線の動きをさせると、すぐに大賢者と目を合わせて話し始めた。


「日本には妖怪がいます。猫の妖怪と橋の下で暮らしていた時期がありました」

「随分のどかだな。妖怪と戦った話じゃなくて?」

「その辺は……日本の裏の業界ってめんどくさいんですよ。縄張り意識が強いといいますか。何かしらの後ろ盾がないと揉め事になるから、下手に手も出せなくて」

「はっはっは!! 日本だとそっちの業界にまでルールがあるのか。それは面白いわ。続けたまえ」


 その点については私もすごく面白いと思った。徹底した規律とマナーが裏稼業の世界にまで及んでいるというのは、日本独自の文化だと思えた。


「その妖怪はネコマタっていう、尻尾が2本あって喋るだけの猫だったんですけど」

「へぇ、可愛いですね」

「そう、最初は本当に可愛かった」

「……最初は?」


 不穏な気配を感じた。どうやらハートフルなお話は期待できそうになかった。


「妖怪ってさ……ペットじゃないんだよね、やっぱり。俺も若かったからさ、その辺を勘違いしてて。とにかく求められるままに甘やかしちゃったわけ」


 アシハラはどこか聞いているこちら側の笑いを誘うような表情で話し続けた。


「そしたらもう、ご飯をあげればあげるだけ、どんどん体がデカくなっていくの。最初は猫だったのがすぐに犬ぐらいの大きさになって。体が大きくなれば、ご飯を欲しがる量も増えますわな。次はイノシシぐらいの大きさになって」


 身振り手振りを大げさに小気味よく話し始めたアシハラを見て、ソフィーさんが笑いで歪めた口元を隠したのを私は見逃さなかった。話者の術中にはまるのを避けるために私はテンポを乱れさせようと質問した。


「そのネコマタは、喋る以外には何か能力とかはあったんですか?」

「三味線を……ふふっ……毎晩寝る前に、三味線を弾きながら歌ってくれて。死んでいった他の妖怪仲間たちを偲ぶ、暗い歌を」

「ブーッ!!」


 ソフィーさんは吹き出し、声を殺しながら涙を流して笑い続けた。アシハラも一緒になって肩を揺らして笑った。大賢者は自分の膝を叩いてバカ笑いしていた。


「色々あったけど、最終的にそのネコマタはライオンぐらいの大きさになっちゃって。そうなると経済的に食わせられなくなってしまってね」

「ええ!? それでどうしたんですか!?」

「俺が捨てられちゃったの。そのネコマタはもっと稼ぎの良い他の男のところに行って」

「そんな……もっと感情的な、泣いて別れるみたいな事は無かったんですか?」

「無かったね。あっさりしてたよ? じゃあお疲れ、みたいな感じで。だから、妖怪って人情とかは特にないのよ。ネコマタを食わせていたのは、俺のエゴでしかなかったわけ。いい勉強になったよ。授業料は高くついたけど」


 そういう問題でもない気はしたが、アシハラは妖怪との過去の日々を明るく話し終えた。


「……そういえばアシハラさんのお給料って、どうなっているんですか?」


 お金にまつわる話で思い出した私は大賢者に事情を伺った。


「月にタバコ2カートンで契約してるよ」

「1か月は30日あるのにねぇ?」


 二人の男たちは山賊の様に下品に笑って勝手に盛り上がった。この日も私は大賢者とアシハラの息の合ったコンビプレイにまんまとイラつかせられた。


「真面目に聞いているんですけど?」

「真面目にね……いくら欲しい?」


 大賢者が直球でアシハラに尋ねた。


「ズバリと聞かれると困りますなぁ……そういうシステムとは縁がなかったもので」

「ずっと裏稼業だったんだもんなぁ……わかるわ。俺も賞金稼ぎやってたからさ。あ、そうだ。タルにもお給料あげないとね?」

「え、私にですか?」


 思わぬ誤算だった。突然、おこぼれにあずかれる好機が巡ってきた。無頼の身となった今の私の立場から言わせてもらえれば、貰えるものならいくらでも貰いたいところだ。


「なんだかんだで(さら)ってきちゃったからさ? あれからひと月以上経ってるわけだし、ちょっとは色を付けてやる。特防課ではいくら貰ってた?」

「ええ、っと……」


 さすがに大っぴらにする事は(はばから)れた私は大賢者にだけこっそりと耳打ちして教えた。


「えぇ!? 嘘だろ!? おかしくない!? それであの高層マンション暮らし!?」

「だって……他に使う暇もありませんでしたから」


 意外と知られていない事実だが、国際魔法警備局員は業務内容からすれば薄給である。昇進試験に合格すればまた違うらしいのだが、ある一定の肩書まで行くと、そんなものを受けている時間の余裕などなくなる。次から次へと起こる犯罪が悪いのか、はたまた上役で溢れさせないための計算なのか。いずれにせよ、それで諸々のバランスが取れているのは皮肉な話だ。


「かわいそう。俄然、払いたくなってきちゃった。でも、お前たちに給料払うにも先立つものが無いとな。貯金も減っていく一方だし……ついに来ちゃったか。助成金に頼る時が」


 魔法界には特別な助成金が貰える称号がいくつか存在する。ところが取得最難関といわれる大魔導士であったとしても、その額は微々たるもので実際に貰っている者はごく少数らしい。しかし大賢者ともなると話は変わってくる。大賢者に与えられる助成金は一年間で、確かアシハラの携えている妖刀並の金額だったと記憶している。魔法界にとって大賢者という存在はまさに破格なのである。


「それじゃあアフリカに行く前に、協会に寄って手続きしなきゃ。今年はどこにあるんだっけ?」


 国際魔術師協会はノネストと呼ばれる空中都市に存在する。ノネストは年に一度、まったく別の場所に転移してしまうという困った癖のある浮き島であり、それに伴い協会の所在地も毎年変わってしまう。


「メルボルンです」

「めるぼるん……その国はどこにあるのぉ?」


 地理もできない大賢者はメルボルンを国名だと思っているようだった。


「メルボルンは国じゃないですよ。オーストラリアにある都市です」

「アウストレイリア? 遠いな。マジかよ……ステイツでステイクを食べる予定だったのに……」


 大賢者は何もない所から世界地図を取り出し、その地図とにらめっこを始めた。


「ソフィーが来ちゃったから、交通機関は無し。ということは、この拠点を動かすしか移動手段がなくなったから……」

「……来ちゃった?」

「いや、あの~……好きだよ?」

「……バカ」


 大賢者はピリついた空気をパワーで塗り替えた。もっとも、空気をピリつかせた原因は当人の不用意な発言ではあった。


「ステイクはアシハラに焼いてもらって、ここで食えばいいか。いっぱい買い物したしね……やってもらえる?」

「御意」

「そしたら……もう動かすか。はやくお金、欲しいもんね?」


 大賛成でしかない。ここまで両手放しで彼に賛同できたのは初めてのことかもしれない。


「それじゃあ張り切って協会にカツアゲしに行くぞ!! オラァ!!」


 特有の音も浮遊感もなかった。窓に映る景色が変わり、雲が流れていた。

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