91 再開はお惣菜パーティーで
いつも使っているローテーブルの両端には長いテーブルが置かれていた。そこにはオズフォードで買い込んだ大量のお惣菜が並べられていた。一目散に駆け寄ったキラは開始の合図を待たず、ご馳走にかぶりついた。
「やっとご飯だ!! あ~腹減った!! レオのバーカ!!」
「くっ……」
この時ばかりは大賢者も何も言い返さなかった。
「……お久しぶりです、ソフィーさん」
私はブドウジュースをワイングラスで飲んでいたソフィーさんの隣に座って話しかけた。
「元気だったかしら?」
「ええ、それなりに」
唇をグラスから離しただけなのに、いちいち艶めかしい。体中からフェロモンを巻き散らかす彼女と話すのはそんなに昔の事でもないのに、ひどく懐かしく感じた。
異世界生まれで神格の娘であるソフィーさんは、ひょんなことから大賢者の隠れ家に閉じ込められてしまったらしい。その期間、なんと10年。さらに信じられない事に大賢者はそのほとんどの期間中、彼女を奴隷の如くこき使っていたらしい。そんな二人の間に男女の情愛が芽生えた……のはどうしてだろうか? ワンダーランドに住む人たちの気持ちはよくわからない。確かな事は、二人の間に絶対的な信頼関係があるということだ。
「それで、あのバカは浮気してなかった?」
すべて私の思い込みだった。二人の間に信頼関係なんてものは無い。ソフィーさんは早速、大賢者の不貞を疑った。
「私の目の届く範囲では、無かったようにみえましたけど」
彼の事だから否定はしきれない。ただ、私の視点での真実はそれだった。
「ふーん……私の話はしてた?」
「あの……そうですね、今日の買い物中にも、随分と……会いたがっていました」
当然ながら、多少は現実を改変させていただいた。「存在自体を煙たがってましたよ」なんて正直に言おうものなら、とんでもない事になってしまう。
「ふーん……」
ソフィーさんは上機嫌を無理やり抑え込むような、お得意の顔つきをさせた。彼女のこういったところはすごく可愛らしいと思う。同時に、嫉妬に近いものも少しだけ感じさせられた。
「ところでこの人は誰?」
ソフィーさんは向かいの少し離れたところで正座をしていたアシハラに視線を送った。話題を振られたことに気がついた彼は床に手をついて深々とお辞儀をしたまま挨拶を始めた。
「お初にお目にかかります。アシハラと申します」
挨拶を終えてもアシハラは顔を上げなかった。この間を利用し、私は彼の人となりと役割を紹介することにした。
「日本から来られたお侍様で、忠義にとても厚い方です。主に家事を担当してくれています」
「鍛冶?」
「そっちの意味じゃなくて、お料理とか、お掃除とかの家事です」
ソフィーさんは目を見開いて、その場で立ち上がった。身長180センチメートルが、ゆうに100センチを超えたバストが、引き締まったウエストが、胸に勝らずとも劣らない張りのある大きなお尻が煽情的な威圧感を放った。懐かしい。立っているだけで見ているこっちの目が潰れそうな美の黄金比がアシハラを見下ろした。
「顔を上げてもらえるかしら?」
女王再臨。下男に処刑を言い渡す絵画のような場面に私は圧倒された。命令されたアシハラは堂々と顔を上げ、ソフィーさんと目を合わせた。
「アシハラさん、どうぞ末永く、よろしくお願いしますね?」
よほど家事が嫌いなのか、ソフィーさんはにっこりと笑って初対面の男を厚遇した。
「かわいすぎる!! エサあげてもいいか!?」
私たちから不自然なほど離れた場所に座っていた大賢者にキラがお願いしていた。どうやら大型犬に扮したサラマンダー君の容姿に一目ぼれしたらしい。
「ダメだよ」
「なんで!?」
「だって俺のサラマンダー君だもん。嫌だぜ~? 自分のペットが他のヤツに媚びを売る姿を見るのは」
「なんだそれ!? いじわる!! お前も食べたいよなぁ!?」
サラマンダー君は甲高く喉を鳴らして答えた。
「ほら、お食べ」
キラは手に持っていた骨付きチキンをサラマンダー君にあげた。肉の焼ける香ばしい匂いがした。
「お前ら……」
独占欲が強い大賢者は一瞬だけ、本当に気落ちした表情を見せた。
「ゼノ!! 寿司ロールでも食べるか!?」
「ピィッ!!」
対抗策としてなのか、大賢者はピィちゃんにご飯を与え始めた。これを見て嫉妬したのはサラマンダー君で、大賢者に自分の身体をこすりつけて甘え始めた。
「ふん、お前なんか知らないよ。キラに育ててもらいな」
信じらない。本当に幼稚な男だ。これを本気で言っているのだから怖い。大賢者はせっかく甘えてきたサラマンダー君を冷たく突き放した。
「まったく……いつまでたっても子供なんだから……」
ソフィーさんの呟きに、私は大きく頷いて同調した。
とげのある態度が目立った大賢者とキラは、お惣菜を存分に胃袋に入れた後、人が変わったように落ち着いてしまった。大賢者は床に寝転がりながら魔法を使い、新たに地下室を増設させた。木のぬくもりがどうたらと言っていたので、そういった内装なのだろう。ピィちゃんは私の膝の上に、サラマンダー君はなぜかアシハラを気に入ったらしく、彼のそばでじっと座っていた。
「どうしたの?」
ソフィーさんが近くで立ち尽くすキラに話しかけた。悪い予感がした。彼女の前科から推測するに、次にいう言葉は簡単に割り出せた。
「おっぱい、触っていい?」
コンマ数秒遅れた。アシハラのような素早さが欲しかった。私は未然に防げた犯罪を易々と見逃してしまった。
「……おいで?」
床からソファへと座りなおしたソフィーさんが優しく微笑んで両手を広げた。キラは顔を輝かせてその胸に飛び込んだ。
二人が接触した瞬間、うっすらと光ったような気がした。いつもと様子が違う。何かが起きている。大賢者の顔を見た。彼は薄く笑って私に頷いてみせただけだった。
もう一度ソフィーさんとキラの方に目をやった。ソフィーさんに抱きしめられ、優しく後頭部を撫でられているキラが声を出さずに泣いていた。
ソフィーさんがキラの耳元に顔を近づけて何かを呟いた。キラはボロボロ泣きながら何度も頷き、ソフィーさんの豊かな胸に顔を埋めた。ソフィーさんがキラの背中に手を回して優しくリズムをとると、やがてキラは眠ってしまった。
「……おやすみ」
そう言ってソフィーさんは眠りについたキラをソファにそっと寝かせると、私の隣に戻って来た。
「なにが……起きたんでしょうか?」
その場にいた全員に話しかけたつもりだった。私は今しがた起きた不思議な寝かしつけの解説を求めた。
「内緒」
首をかしげて答えたのはソフィーさんだった。
「ソフィーの得意技のひとつだ。大妖精とエルフは性質が近い。つまり……」
「レオ?」
ソフィーさんが大賢者を鋭く睨んだ。
「……まあ、久しぶりに母親に会えたようなもんだ。泣きもするさ」
大賢者はそれだけ言うと、あとはもう何も喋らなくなった。




