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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 空の章
90/160

90 アシハラ先生の話は長い

 

 屋外に設置された六角形のガーデンテーブルに腰掛けた生徒は私とキラ、それにピィちゃんの3人だった。


 対峙する講師、アシハラは起立した状態で身振り手振りを交えて説明を始めた。


「えーとね……魔法というのは、イメージが大切です」

「いめーじ……」

「存じてます」


 魔法において、イメージは基本中の基本である。転移魔法の場合、目的地を鮮明にイメージすることが出来なければ成功し得ない。ゆえに転移魔法のよる移動は、術者が一度以上訪れたことがある場所に限られる。いくつか例外もあり、術者が一度も訪れたことのない場所に転移する場合、専用の魔道具や魔法陣を使用すると問題なく行使できたりもする。今回の話では、そういったケースは除外した方が良いだろう。


「うん、それでね……転移の場合は」


 言いながらアシハラは体一つ分開けて素早く隣に転移し、またすぐに元の場所へと転移しなおした。


「……これを……どう説明したら、いいんだろうか?」


 アシハラは眉間に手を当て、自分のしてみせた魔法を言語化させるのに偉く難儀しているようだった。責任を感じた私は彼への助け舟を出すべく挙手した。


「あ、はい。イシュタル殿、どうぞ」

「先生、理論の方はどうなっているのでしょうか?」


 私は魔法理論を求めた。これさえわかってしまえば実現は容易い。逆を言えば、これを理解できない者は簡単にふるい落とされるのが魔法界の常だ。


「う~ん……理論、は……いったん、捨てましょう」


 たっぷり間をとって、返ってきたのは残念な返答だった。


「なぜ? どうしてですか、先生」

「先生はやめてください。苦しくなっちゃう。オジサン、慣れてないの。こういう……コミュニケーション」

「それじゃあ、アシハラさん」

「はい」

「どうして理論を捨てるのでしょうか?」

「捨てる……ごめん、あの~、そうでなくて、もう使えるじゃない?」


 使える、というのは転移魔法の事だろう。私は大きく頷いてみせた。


「だから理論はもう要らないのよ。使えるんだから。この~、何? これから覚えてもらう技術というのは、理論の先のお話になってくるわけだから……そうだね……そもそも、転移とはなんぞや?」

「はい、はい!!」


 元気よく挙手したのは転移魔法が使えないキラだった。


「はい、吉良殿」

「ワープ!!」

「違います」

「えぇ!?」


 どうでもいいけれど、こういうクラスメイト、小学校の時にいたような気がする。


「ワープっていうのは、空間ごと歪める畜生行為ですからね? たかだか一人の人間が、多くても数人か。そういう少人数が移動するために、わざわざ空間は歪めません。出来ないって言った方が近いかな? それに空間を歪めてワープしたとて、今度は歪められた空間にいた人たちはどうなっちゃうの? っていう話にもなってきちゃうし、ややこしいので、その考えも捨てましょう」


 アシハラの長めの講釈に、キラはふくれっ面で対応した。


「わからん。長い。つまんない。腹減った」


 へそを曲げた彼女の口から不平不満が次々と飛び出した。


「ごめんごめん。転移魔法っていうのは……目的地の接近じゃなくて、あくまで移動魔法だよっていう事。だから最適化すると戦闘面とか、あとはなんだ? ……生存、面か。そういうところでも役に立ちますよ、っていうお話をしたかった」

「瞬間移動、という事ですよね?」

「あ~、そうそうそうそう!! さすが、素晴らしい!! 卒業です!!」


 卒業はしたいが、それには早い。まだ何も教わっちゃいないのだから。


「おい、なんだ!! タルばっか褒めて……転移が戦闘にどう役に立つんだ?」

「じゃあ、ちょっとやってみよう。吉良殿、こちらへ」


 アシハラはキラを立たせ、開けた場所へ移動させた。息つく暇もなく、キラの背後に転移したアシハラは片手で彼女の首を抱え込んだ。


「……これです。お二人とも過渡期というか、成長期でしょう? だから、自分より格上の存在。そういったものと敵対することがザラにあると思うんだ。そんな時にはこれだけやっちゃえば、もう誤魔化せるから」


 キラは顔を真っ赤にしてジタバタ暴れたが、締め付ける腕の力が相当に強いのか、どうにもできないようだった。


「実際、自分よりも強い者と戦うと後ろなんか簡単に取られまくります。あの~……あれぇ? 間違えたかも? 間違えたな。逃げの方がいいな、お二人の場合は。この話は忘れてください。実際、そういうケースになったら、お二人は転移を使った逃げに集中するように。よく考えたら、適正距離が全然違ったわ」


 流石の私も混乱させられた。前半部分は忘れろという事らしい。


 解放したキラに太ももを叩かれまくっているアシハラに疑問をぶつけてみた。


「適正距離とは、何ですか?」

「戦闘においてのその人に合った距離。吉良殿なんかは体格も不利だし、中距離で何とかするしかない。イシュタル殿は長距離の経験あるでしょ? そこが適正だと思う」


 言葉を失った。秘匿戦争の際、私は長距離攻撃専門の魔女と組んでサポートを行っていた。誰にも、大賢者にさえ話したことのない経歴をズバリと当てられたのだ。一体なぜ、彼にそんなことが分かったというのだろうか。


「イシュタル殿?」

「……すいません、どうしてその、わかったんですか?」

「理由はね、色々とある。一つだけじゃない。それに、ある特定の魔法を受けた人間って、特有の痕が残るからね」


 アシハラはぼかした言い方をした。明らかにこちらに気を遣った言い回しだった。隣の席に戻って来たキラは気を遣うことなく、じろじろと私の体を見回した。


「直接、目には見えないよ? でもその……わかるのよ。俺みたいな、そういう、変な修業をしてきた人間には。もちろん、レオナルド殿もわかっておられる」


 私の目を真っすぐ見つめて、アシハラは頷いた。


「それで~……どう? 椿が逃げた時、どう思った?」

「それは……」

「ズル!! 卑怯者!! 人間のクズ!! 生きる価値無し!! クソババア!!」


 キラが私の思いの丈以上の事を口にしてくれた。


「言うねぇ。だけどね、あの~……一つの事実として、彼女は負けなかった。逃げに徹したおかげで自分だけが辱めを受けずに済んだ」

「なんだよ!! あのババアの肩を持つのか!?」

「違う。オジサンの、俺の心はね? 取り残された椿の部下寄りです。だから決して、そんな事はないんだけど……」


 熱くなったキラを冷静に受け入れつつ、アシハラは言葉を続けた。


「感情は大事だよ? でも残念なことに……『逃げ』というのはもっと大事なの。どんなにデカい組織にいようが、個は守られないから。だったらどんなにカッコ悪かろうが、情けなかろうが、末代までの恥と言われて魔法界から糞を投げつけられようが、自分の身は自分で守らないといけない。だってそうじゃない? 命さえあれば、またチャンスはやってくる。まだ元気があるなら、駆けずり回って自分から動いたっていい。気力も湧かなければ、何もしなくたっていい。膝をついてがっくりと、時間をかけて落ち込むこともできる。死んだら、なにもできやしないんだ。おしまい。おしまいなんだよ、死んでしまったら……そういう、お話」


 静かな力だった。アシハラの内側から、怒りにも似たエネルギーを感じた。そしてそのエネルギーは私の耳と心を容赦なくいたぶった。


「失礼しました。オジサン、つい熱くなっちゃって。え~、コツさえわかれば色々と応用も効くようになります。だから是非ね、この技術を習得していただきたい」

「だから、それをどうやってやるのか、早く教えてくれよ」


 思わず目頭を熱くさせられたが、キラが言っている事はその通りだ。空を見上げたが、まだ明るい。そういう話をするには早すぎる時刻だ。


「そうねぇ。前に吉良殿には話したことがあるけど、やろうとしないことが大事になってきて……」

「お~い、終わったぞ? 安全確認よし。全員中に入って、メシ食おう」


 痴話喧嘩の終了のお知らせが、テントから顔をのぞかせた大賢者本人により為された。時間を無駄にしないために緊急で行っていたデッキでの特別講義は時間の無駄となった。

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