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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 空の章

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87 浮き沈みの激しい男

 

 オーラルケア商品は試乗コースからオズフォードの店内に戻り、角を曲がってすぐのところに配置されていた。通路の両側の棚にはオーラルケア商品の数々があるようだったが、私たちの目的である歯磨き粉はその通路に入る前の棚の横で山積みになっていた。


「蘇る歯茎。消臭効果、全米ナンバーワン。これでいいんじゃない?」


 大賢者は歯磨き粉を手に取り、宣伝文句をそのまま読みあげた。


「かたじけない」


 アシハラは恥ずかしそうにお礼を言った。


 飛行用魔道具を選んでいた時との態度の差が引っかかった私は、大賢者に直接そのあたりのことを伺ってみた。


「ちょっと……適当に選びすぎじゃないですか?」

「適当に見えた? でもナンバーワンって書いてあるんだよ?」


 アシハラに関連する商品を選ぶとなった途端、大賢者の態度が適当になったように見えたが私の勘違いだったようだ。


「う~ん、さっきのと違って試せないのが残念だな。一発勝負。買ったらもう、ず~っとこれ」


 日用品というものは消費ペースを正確に把握しきれないものが多い。歯磨き粉もその中の一つだ。無駄に物知りな大賢者ならば知っているだろうと、無駄に確信めいたものを持っている私は彼に尋ねてみることにした。


「歯磨き粉って、どれくらいで使い切るものなんですか?」

「大体の物は1本で3か月。この歯磨き粉の場合、アメリカンサイズだから通常の物よりも遥かにデカい。だけどアシハラの握力はゴリラより強いわけだし、その分いっぱい使っちゃうだろうから色々と差っ引いて……結局、3か月ぐらいなんじゃない?」

「デュフフフフ」


 キラが大賢者のお喋りの無駄な部分を聞いて笑った。大賢者も自らの愚行に笑いを隠しきれていなかった。


「フハハハハ!! よし、じゃあこれにしようか。フレーバーはどれがいい?」


 大賢者は白い歯を見せながらアシハラに尋ねた。


「何があるんでしょう?」

「えーとフレッシュアップルに、グリーンミント、キャラメルバニラヘーゼルナッツラテ? チョコレートバナナサンデー!? スモーキーBLTサンド!!?? おいおいおい……アメリカだねぇ」


 他の国では見受けられない後半3つのとんでもないフレーバーに、さすがの大賢者も驚いていた。


「リンゴ、リンゴ!! ムガはリンゴ好きだもんな!?」


 口を挟んだのは、なぜかアシハラの好物を知っていたキラだった。


「そう……だっけ?」


 どうやら、なにかが違うらしい。キラは頬を膨らませ、煮え切らない返答をしたアシハラの尻を叩いた。


「だぁい!! 好きです、リンゴ」


 叩かれた衝撃に合わせてアシハラがはっきりと返事をするとキラは満足そうに笑った。


「それじゃあ、リンゴに決定」


 大賢者が積み重なった歯磨き粉に手を伸ばすと、幾重にも連なった歯磨き粉がズルズルと引っ張り出された。


「ええええぇぇぇぇ!!??」


 その数に驚いた私は大声を上げてしまった。歯磨き粉は10は余裕で越えるセット販売だったのだ。


「なんだよ、今更そんな驚いて。魔道具は別だけど、あとの物はバラ売りなんかしてないよ? この店は」

「い、いくつあるんですか、それ?」

「24個入り。だから3か月を24セットで……どれぐらい持つの?」


 ポンコツ野郎に変わり、私は暗算した。


「ろ、6年ですね」

「フハハハハ!! だからアシハラはこれから6年もの間、リンゴの匂いを口からプンプンさせるわけか。どうする? 今なら間に合うよ? フレーバー変える? BLTにする?」

「大丈夫だって!! ダメな時はまた買いに来ればいい!!」


 フレーバーについてはアシハラよりもキラが頑として譲らなかった。


「お前……わかってるじゃんか。そういう事だな。アシハラ、俺に半分おくれよ。そしたら3年の刑で済むからさ?」

「私にも分けて下さい」


 私も便乗した。お店側の方もきっとそういう使い方を想定してのセット販売なのだろう。


「どうぞどうぞ。買ってもらう立場で言うのもなんですけど」

「はい、これでもう2年分になっちゃったよ? こうなったら全員で使おうぜ。そしたら……計算がめんどくせぇ!! あと一人いたら、ちょうど1年分だったのになぁ……」


 私としては新メンバーはいらないと思った。これ以上見知らぬ人物が増えたら、ストレスが増えるだけだし、何かあった時に収拾もつかなくなる。ただでさえ、そういう状況に陥ってしまう時もあるというのに。


「はい、歯磨き粉終わり。他に何か欲しいものがあったら、見かけ次第カートにぶち込んでいくように」


 24個セットの歯磨き粉をカートに収納した大賢者は私たちの購買意欲を煽りながら売り場を進み始めた。



 その後は歯ブラシやマウスウォッシュ等々、基本的なオーラルケア商品から噛むだけで歯間の垢を取り除く新製品のガムなどをカートに入れつつ、ペット用品のコーナーまで進んだ。そこに着くと、それまでとは明らかに様子が変わってしまった男が現れた。


「……はぁ」


 様子が変わってしまったのは大賢者だった。今の今までこっちが恥ずかしくなるくらい楽しくショッピングを続けていた彼だったが、売り場に並べられたペット用品を見るなり悲しそうな表情を浮かべ肩を落として大きくため息をついた。


「どうしたんですか、急に」


 大賢者のそういう態度は珍しいというか、気持ち悪いというか、怖い。私は勘弁してほしい気持ち半分でその原因を尋ねた。


「いや、ちょっと……サラマンダー君のこと思い出しちゃって。急に会いたくなっちゃった」


 サラマンダー君とは、大賢者のペット的な存在で彼の恋人であるソフィーさんにもよく懐いている火の精霊のことだ。


 サラマンダー君は本人の気分によって姿かたちを変える。普段は赤毛の大きな山犬だったことが多かった。他には焚き火の中だと大トカゲになったり、果てはソフィーさんの肌に紋章として擬態している時もあった。雌雄は不明だが、名前に”君”がついているので多分オスなのだろう。以前していた旅では、ピィちゃんと並ぶ癒しの存在だった。残念ながら今回の旅ではソフィーさんと共に不参加となっている。


「ちゃんとご飯貰ってんのかなぁ……」


 そのコーナーにいる間、大賢者は何をするにしてもどこか寂し気だった。彼の意外な弱点が判明した瞬間であった。

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