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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 空の章

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86 試乗の結果

 

 上空からは草をかき分け爆速で低空飛行を続けるキラの姿が良く見えた。飛び始めてすぐに、製品自体に相当な練度の保護魔法がかけられているのがわかった。おかげでどんなにスピードを上げてもまったく視野が狭くならない。視界は今までに経験のないレベルの良好さを維持していた。


 キラの飛行する地上近くには試乗をしている他の客たちがそれなりにいた。ただ飛んでいるだけでこれほどに快適ならば、この製品には危険回避のための保護魔法もきちんと施されてはいるだろう。しかしキラの行為は見ていてあまり気持ちの良いものではないし、彼女の正体からして悪目立ちさせたくもない。そう思った私は少し高度を下げ、声が届く距離にまで詰めてから彼女に話しかけた。


「キラ~!! 他の人たちの迷惑になるから、もっと高度上げて!!」

「タル!? もう追いついたのか!? ……やだっ!!」


 活発すぎるその性格がマイナスに働いた。私はもう少しだけ加速して高度をさらに落とし、キラに並走する形をとった。すぐ横には大きく目を見開いて驚く彼女の表情がくっきりと確認できた。


「ええ!? なんでぇ!?」

「追いかけっこは慣れてるからね。一度、あの人たちの所まで戻りましょう。もっとスピードを出したいなら、その時にコツを教えてあげるから。さあ、もっと高度を上げて」


 抵抗を諦めたキラは素直にうなずいてくれた。私は加速して彼女を先導した。まずは高度を上げる。視認性の問題で、ある程度高さが無いと不測の事態に対応できない。高度を十分に上げた私は周囲の安全を確認し、Uターンをしたつもりだった。


「わっ……すごい……」


 製品の旋回性能の高さに思わず声が出た。通常の飛行用魔道具と比べ、まったく無駄のない転回。宙に描いた孤の幅が明らかに短い。それはUターンというよりもIの字に近いターンとなった。


 後方を確認すると速度を上げすぎたのか、キラがかなり膨みのある転回をさせていた。前進しか頭にない彼女らしいダイナミックな動きではあった。私は速度をキラに合わせ、彼女と会話ができる距離で並んでから真っすぐに飛び進めた。


「タル、約束通りスピードの出し方を教えとくれ」


 またなんでそんな言い方をするのか。細かい部分で好きな大人の口調を真似たキラが懇願してきた。


「いいけど、衝突だけには気をつけてね?」

「わ~かってるよ!!」


 ため息しか出なかった。どうしていつも、あの人の悪い部分ばかり真似をするのだろう。


「重心を前にするだけ。もっと前のめりの姿勢をとって」

「こうか!?」


 キラはあっという間に速度を上げて、前方へ進んでいった。私も速度を上げてまた彼女の隣に並んだ。


「勝負だ、タル!!」

「勝負?」

「うん!! 先にムガたちのところに着いた方が勝ち!!」

「ちなみにそれって……勝ったらどうなるの?」


 私はこわごわと聞いてみた。


「うーんと、えーと……勝った方がムガを嫁にできる!!」

「えぇ……」


 あんな汚い嫁、別にいらない……とも言い切れないのが悲しいところだ。いつからだろうか。異性に関して一定以上の中身があれば、容姿に目を瞑れるようになったのは。


 少し真面目になって、前向きに二人の将来を考えてみた。おそらくアシハラの負担だけがとてつもなく大きくなるんじゃないだろうか。そのことは彼にとっては気の毒であるが、もし本当に二人がそういう関係になったとしたら、それはそれで致し方ない。キラという理不尽なエルフに惚れられたアシハラが悪いのだから。私の気持ちは変わらない。もしこの子を泣かすような真似をしたら、彼を許さない。


「よっしゃあーー!!!!」


 コツを掴んだキラがさらに速度を上げて前進した。私はその少し後をついていき、明るい未来を夢見るエルフに花を持たせることにした。





 キラの上達ぶりはすさまじく、行きにかけた時間よりも半分ほどの時間で元の場所に戻ってこれた。私よりも先にゴールしたキラは両手を挙げて喜び、プロの箒レーサーの様に上空を飛び回っていた。


 私は地上で待つ大賢者たちの元に近寄った。


「あれ!? キラの方が速かったな……どうしよう。俺たち、お前が先に戻ってくる方に賭けてたんだけど」

「知りませんよ。なんですか、そのしょうもない賭博は」


 両方が同じ対象に賭けていたら賭けは成立しない。二人の男たちの頭の悪いやり取りを想像して私は苦笑した。


「それより、これどうやって降りるんですか?」

「もういいの? 森とか砂漠とかで、障害飛行はしない?」

「大体わかりましたから……とてつもない性能ですよ、これ」


 コンダ社の最新技術は素晴らしかった。ここまで意のままに操ることが出来る魔道具は初めてだったし、飛行直後に見られる特有の疲労感も残っていない。文句のつけようがなかった。


「そしたら、そのまま着地して」


 指示通り、地面に両足をつけた。すると靴の下で光っていた魔法陣は消え、靴底にピタリと一致していた魔道具がみるみる元の円盤の形を取り戻した。


「はい、お疲れ様。じゃあ、次はこっちね」


 大賢者は地面に突き立てていたサーフボードのような形状をしたエドガン社製の魔道具を渡そうとしてきた。


「いや……コンダにしましょう」

「え? 比較しないの?」


 直感による判断でしかないが、比べずともわかってしまった。おそらく順序を間違えた。あの旋回性と操作性に慣れた後に他社の物を使ってしまうと、無用な事故を起こしそうで怖いというのもあった。それに、スピード狂のキラにエドガン社の製品を使わせてしまうと、今度は追いつけるかどうかもわからない。安全を最優先で考えるとコンダ社の製品が一番のような気がした。


「あぶねぇっ!!!!」


 突然アシハラが叫んだ。驚いて彼の方を見ると、いつの間にか地上に降りてきたキラが彼の身体にしがみついて口に限りなく近い場所にキスをしていた。


「コラコラ、やめなさいってば!! な、なんなんだ、これは!? どうして!?」


 珍しく声を荒げたアシハラはキラを叱りつけるような言い方をした。キラはそれに臆することなく何度も何度も口にキスをしようと試みたが、アシハラは驚異的な反射神経で全部避けていた。


「レオ、ムガの口が臭い。オエッ!! 歯磨き粉を買いに行こう。強力なやつ。ヴォエッ!!」

「オッケー」


 二枚の円盤をカートに追加し、次はオーラルケアのコーナーを目指すことになった。

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