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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 空の章
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83 モノローグ:『続・外神桜子』

 

 私たちがいるのはキャナダの秘境にある火山の上空に浮かぶ飛行船? 魔空挺? どちらでもいいですわ。何はともあれ、私たちがいるのは仕組みも役割もさっぱりわからない外神家の私兵たちがよく使ういかつい空飛ぶお船の中でした。


「椿はどこにいったのかしら……」


 彼女が勝手に連れ出した、その存在目的もよくわからない特殊機動隊とやらは作間が救出した。特殊、ということは特殊でない通常機動隊もあるのかもしれないし、ないかもしれない。もうよくわからない。なんでこうなっちゃったのかしら。私は火山内での束の間の出来事を振り返った。


 到着早々、私はゾウアザラシに乱暴されそうになりました。なぜこんなところにゾウアザラシがいるのか。そんな事を考える暇もなく、押し倒され、あてがわれ、ヘコヘコヘコヘコ。完全に生命の営みの標的にされてしまいました。


 思えば小さい頃から私は、動物の雄に限って偉く気に入られるという特性を持っていました。遠足で動物園に行けばそこかしこに、剥き出しの本能が。大型犬を飼っているお友達の家に遊びに行けば、剝き出しの本能が。今日は乗馬にお出かけなんていう日も牧場へ行けば、剝き出しの本能が。


 おかげさまで動物たちの剥き出しの本能の造形について詳しくなってしまいました。それにしても、ゾウアザラシの本能を見たのも、全生物の中で剥き出しをあてがわれたのも初めてでした。さすがにそっちの癖の方は持ち合わせていない私は焦りました。このままでは嫁入り前に汚されてしまう。誰か、助けて。


 そう願った高貴な私の絶体絶命の穢されピンチを助けてくれたのは……。


「探しますか?」


 作間ではなかった。この人はもうオジサンだから仕方ないのかしらね。でもまあ、仲間思いというか。現場で倒れていた特殊機動隊員たちの事は、いの一番に助けに行きましたからね。冷たい男かと思いきや、みたいな。そういった点では高く評価できました。私の直属の部下じゃないですけど。


 誰よりも速く動き、私を助けてくれたのは無我でした。お顔も髪も出会った時よりもさっぱりとしちゃってて、一瞬誰だかわからなかったけれど、あの瞳、あの鼻、あの声、あの仏頂面。間違いなく葦原無我その人が、私の純潔を守ってくれたのでした。


 本当、どうしましょう。本格的に無我の事が好きになっちゃったかもしれない。レオナルド様は完全に私に興味がないみたいだし、揺れちゃう。あんなことされたら、私はもう……。


「どうしたらいいのかしら……」


 自分が分からない。何がしたいのか、どうなりたいのか、なにもかもが分からない。


「全員、出て行け」


 作間の一声で速やかに全員が退室しました。私の指示だったら、何秒遅れたかしら。なんて、ちょっと卑屈に考えちゃったりして。はっきり言って私はヘラっている状態だった。打ちのめされたというより、障害の大きさに気がついて、それにやられてしまった。どうにも、このままでは現実に立ち向かえそうにないほどに精神が参ってしまっている。


「桜子様、いい加減にしてください」


 ヘラった私の近くにいるのは、嫌な感じのスパルタ軍人おじさんだけ。嫌い、この人。怒られるのも嫌。落ち込んでる時ぐらい優しくしてほしい。それが出来ないのなら、そっとしておいてほしい。


「あんたは大将だ。迷いや恐れを持つなとは言いません。しかし部下たちがいる前では口が裂けてもあんなこと言わんでください」

「だってぇ……あなた、勝てるの?」

「誰に、ですか?」

「レオナルド様と、無我に」

「……無茶言わんでください」


 ほらね? それじゃあ、もう無理じゃない。いくら私でも結果の見えた勝負には何の価値も見いだせない。どうしようもないほどに強力な二人が手を組んでしまった。取り返しがつかない現実を前にした私の心はもう限界寸前。


「……それではもう打つ手はありませんね。日本へ帰って解散しましょう」


 振り絞った敗北の言葉は、足元から力を奪っていった。


「……どちらか一方でいいのならば、策はありますが?」


 ……はあ? 作間、お前というやつは……一休さん気取りなの? 策があったのなら、最初からそう言ってほしい。二人いっぺんには無茶です、みたいなそういう感じのやり取りを望んでいたのかしら? できないから。私、そういうの。


「策って、何ですの?」

「向こうが命を燃やすのならば、こちらは魂を使えばいい」


 そう言って、作間は目の奥を赤く光らせた。それは日本に古来より伝わる秘術を会得した者の証。


「あなた……化身術が使えるの?」

「正確には降魔術です」


 ふたつの違いはよくわからないけど、それよりも私にはもっとわからない事がありました。


「あなたはどうして、そんなに戦いたがるの?」


 術者の肉体だけではなく、魂にまで負荷をかける化身術は危険な技。国際基準で見ても禁術指定ギリギリの暗黒の術。そんな技と術を使ってまで戦う道理なんてない。私には作間の気持ちがまったく理解できませんでした。


「自分はそれだけしかない人間ですから……」

「……そう」


 嘘をついているのはすぐにわかった。それだけ作間に信頼されていないのだということも。


「さあ桜子様、ご命令ください。目標はどちらですか?」


 この男は死ぬ気なのかもしれない。直感的にそう思った。サクマの過去に何があったのかは知らないけれど、彼の内側にはゾウアザラシよりも重たいものを感じた。


 私は慎重に慎重を重ねて言葉を選んだ。


「……今はできません。あなたを戦わせる理由に納得する事ができれば、命令はその時に」


 結果は保留。おいそれと判断できそうにない重大な決断は後回しにし、私は当面の目標を二つだけに絞ることにした。


「まずは椿を探しましょう。彼女の安否が気になります」


 長きにわたってずっと仕えてくれている椿。幼少の頃はどこへ行くにも、それこそ剥き出しの牧場へ行くのにも彼女という存在が必要だった。牧場では誰よりも興奮していたけれど、そんな彼女が心の内では私を快く思っていない事は言われずともわかっている。それでも私にとっては大切な部下の一人。彼女の行方はなんとしても掴まなければならない。それが目標のひとつ。もうひとつの目標は……。


「作間、先ほどの日本への帰還の事については忘れてください。椿の捜索に関して、やり方はあなたに一任します」

「……了解」


  『悪魔殺し』の信頼を得ること。サクマはえげつない人殺しだ。どう足掻いたって悪人。それでも彼とは今こうして人間としてやり取りできている。仲間思いの一面だってある。人を思うことが出来る人間なら、私にも心を開いてくれる可能性はあるはず。だったら私はその可能性に賭けて、彼という人間を理解しなければならない。


 本当にやりたい事は家に帰ってシクシク泣くこと。でもそれはいつだってできる。これは私が始めたことだということを忘れてはならない。すでに被害が出てしまっている。本来関係のない人たちが下半身を丸出しにされて気絶させられちゃってる。ここまで来たら、腹を括るしかない。


 今は何にも見えやしない。けれど、そんな靄しか見えていないような状況だって、時が来ればきっと先が見えてくるはず。なんて、ポジティブに図太く生きていこうと思いました。それが私、外神桜子。以後、お見知りおきを。

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