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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 山の章
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81 一応の決着

 

 向こうが人数で勝っていたのも過去の話となっていた。現場は大賢者の変態魔法により、あっという間に9対5から1対5の構図へと変えられていた。


「わ、私は葦原と話をしているの!! あなたに用はないわ!!」


 よせばいいのにツバキはそれでもなお、大賢者に対して強気の発言をやめなかった。彼女の自分勝手な主張は、彼女よりも遥かに自分勝手な男に通じるわけもなく……。


「愚か者め。同じことを二度言わせるな。条件が飲めなければ5秒以内に去れっつったろ? こっちとしては、一方的に要求を突きつけるお前のレベルに合わせただけだが?」


 ツバキは押し黙った。状況を逆転させるのはかなり厳しいだろう。それに彼女はすでに大賢者のお得意の戦法にかかってしまっている事に気がついていないようだった。


「おいおいおい……都合が悪くなったらだんまりか? クソ面白くもねぇ。ウチのガキの方が余程面白い反応ができるぞ?」


 始まってしまった。大賢者は見えない毒の牙を深々と相手の精神に突き刺した。見るからにプライドの高そうな魔女の自尊心を、わざわざ子供と比較して傷つけたのだ。本当に性格の悪い男だ。


「それに、だ。俺とアシハラの主従関係はもう成立してるんだよ。面接もしたし、なぁ?」


 大賢者に笑いかけられたアシハラは照れた様子で後頭部をかいた。私の目から見れば、それはまったく可愛い仕草ではなかったが大賢者にとっては可愛かったのだろう。彼は笑いながらアシハラに何度か頷いてみせ、さらに口を動かした。


「俺の意思はアシハラの意思。こいつはそういう男だ。俺様抜きで話を進めようなんざ笑止千万!!」


 アシハラが大きな拍手を送った。大賢者は「よせやい」と言わんばかりの表情で拍手を受け入れた。二人とも自分たちで勝手に盛り上がって気持ち良くなってる。完全に痛い人たちだった。大賢者の独壇場はまだまだ続いた。


「日本の魔女よ。お前の気持ちはわかるぞ? 都合のいい男だもんなぁ? 主君に絶対服従の男、葦原無我。面白オジサン枠であり、ベビーシッターに料理番に、便所掃除までをもこなす。ところでこんなに都合のいい存在を、俺様が易々と手放すと思うか?」


 思い出したのはアシハラに振舞われた絶品料理の数々だった。私としても今更彼という料理人なしに旅を続けることなど考えられなかった。


「というわけで諦めて、さっさとお尻を見せなさい。お前の黒ずんだエイノウを全世界に晒し上げる時が来た」


 流暢な英語を交えた言葉を紡ぎ終えると、大賢者はようやくその減らず口を閉じた。彼はゆっくりと歩みを進めながらツバキとの距離を縮めた。


「ひっ……」


 向かってくる圧力に耐えきれずにツバキが短い悲鳴を上げた。悲鳴の反響だけを残して、彼女は転移魔法でその場から姿を消してしまった。


「はぁ!? うっそ~ん……マジ?」


 それは大賢者すらも想定していなかった事態であった。ツバキは逃亡した。天井からはまだ数滴の雫が滴っている。彼女は辱めを受けている真っ最中の部下たちを現場に残して、自分の身の安全だけを優先したのだ。


「まぁ……生存戦略としては間違ってないか。ああいうのが長生きするんだよなぁ~。残念だけど」


 全面的に同意できてしまった。世の中というものは彼の言う通りなのである。ツバキのした行為は上官として無能というより他ない行為だ。今回の場合は大賢者の計らいで死者こそ出ていないものの、部隊は全滅。隊を率いていた張本人はこれといった責任をとることもなく逃げ果せ、図太く生き永らえて愛する家族に見守られる中で安らかに息を引き取ったりする。なんとも胸糞の悪い話だが、現実としてこれがまかり通っているのだ。


 どうしたって、過去の自分の姿と天井で憂き目に合っている部隊員たちを重ねてしまう。もう、うんざりだ。私はせめて彼らが、彼らの納得できる上役と巡り合えることを心の底から願った。


「アシハラ、俺はお前の大抵の能力は評価してる。だが、女を見る目だけは最低のようだな?」

「面目ありません」


 薄く笑った大賢者にアシハラが頭を下げた。


 きっと私はあの二人のようにはなれない。だとしたら、私の望ましい状態はどこにあるのだろうか。天井に吊るされた8つの股が地上に降ろされるまでの間、ずっとその事を考えていた。





 祭壇のすぐ近くには私と大賢者が、出入り口付近にはアシハラとキラとピィちゃんの3人がそれぞれ位置を取って次の戦闘に備えた。8人の捕虜たちは私たちとは離れた壁際で意識を失ったままだった。


 大賢者は黄色く透き通ったエルフの秘宝を手にしながら、出入り口付近にいる3人にも聞こえる大きな声で注意を促した。


「いいか!? これを置いたら、すぐに出てきて、いきなり襲ってくるからな!?」


 それぞれが了承のサインを出した。確認を済ませた大賢者は窪みのある祭壇に秘宝を近づけた。秘宝が窪みにピタリと重なると、私たちとアシハラたちのちょうど中間あたりの床に赤く描かれた魔法陣が現れた。その魔法陣はグルグルと回転しながら光の柱を立ち昇らせた。光の柱と魔法陣が消失すると、そこには身の丈5メートル以上はある巨大な獣が出現していた。


「グゴゴゴゴ……」


 守護獣は目を血走らせ、顔につけた長い鼻を震わせながら低く唸った。


「ゾウアザラシだぁぁ!!!!」


 戦いは大賢者の歓喜の声で幕を開けた。次の瞬間、2つの人影がゾウアザラシの近くに現れた。


「桜子とサクマだぁぁ!!!!」


 状況伝達のために大賢者は再び歓喜。サクマは桜子をその場に残して壁際に跳躍し、意識を失っている8人の部隊員たちを転移させた。


「ンモォォォォ!!!!」


 いきり立ったゾウアザラシは一番近くにいた桜子を押し倒し、素早く腰を動かし始めた。


「いやぁぁぁ!! ヌルヌル!! でか!! 重っ!! こいつ、手もないのにまさぐって……あてがおうとしていますわ!! デッカ!! ぬるぬる!! でも、思ったよりかわいい感触かも!? 誰かぁ!! 助けてぇ!!」


 3人の男たちが一斉に動いていた。私が詳細を確認できたのは、もっとも近い所にいた大賢者の動きだけだった。彼はオレンジ色に変わった秘宝を祭壇の窪みから取り外すと、それを異空間にしまいこんだ。


 どうやら桜子を助けたのはアシハラのようだった。移動距離だけで目算すると、サクマの倍は速く動いている。ショルダータックルでもかましたのだろうか。守護獣そのものと、着ていた袴の上半分が消え失せていた。アシハラは低くしていた重心を何とも言えないリラックスした動きで元に戻した。


「……無我、なの?」


 桜子は困惑しながらも完全に乙女の表情を浮かべていた。彼女は自分を助けてくれた勇者にそっと手を伸ばしたが、アシハラは無表情を返しただけだった。


「私、その……」


 慣れていないのか、桜子はお礼の言葉が出てこないようだった。アシハラは呆れた表情でため息をつき、仕方なしといった様子で彼女の手を取って地面に立たせた。


「……何しに来たんだ、お嬢ちゃん?」


 仏頂面のままだったが彼という人間を知っている身からすると、それでもどこか優しさを感じ取れる言い方には聞こえた。


「それは椿が……椿はどこ!?」


 桜子はキョロキョロと周囲に目を配らせた。すぐにサクマが無防備な彼女の近くに戻った。


「よぉ、サクマ。その小娘も非難させた方がいいんじゃないか?」

「勘違いするな。今回は暴走した部下を引き取りに来ただけだ」

「あの魔女なら真っ先に逃げたぞ!! 時すでに遅し!!」


 趣味なのだろうか。シリアスな中年同士のやり取りに大賢者が横やりを入れた。


「……貴様、隠していたのか? 本来の力を」

「んにゃ。俺は葦原だぞ? 求められれば、まだまだ。だけどさすがにまだ死ねんからなぁ……やっぱり、今だとあの辺が限界かもな」


 サクマはおとぼけオジサンを睨みつけたまま、しばらく動かなかった。


「オラァァ!! やれぇぇい!! やり合うんだよぉぉ!! いくつになっても男の子でしょうが!! 果たして、うちのアシハラに勝てるかねぇ!?」

「ムガァ~!! 頑張れぇ~!!」


 両サイドから無責任なヤジが飛び交った。サクマは不敵な笑いを漏らすと、桜子を連れて大人しく姿を消した。



 こうして、次々に現れては消える相手達との戦いは一応の決着がついた。振り返れば、納得できるような綺麗な収束はなかった。しかしながら、私たちの最重要目的であるエルフの秘宝の魔力だけはしっかりと取り戻すことができた。こういうところが、大賢者という男の持っている所なのかもしれない。



「さて……長居は無用だ。俺たちも帰るぞ」


 別人のように落ち着いた雰囲気を纏った大賢者が指示を出すと全員がそれに従った。これで残る封印の場所はあと1つのみとなった。

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