79 溶岩洞窟
洞窟を赤く照らしていたのは、ボコボコと音を立てて煮え立つマグマの沼だった。環境適応の保護魔法が苦手なピィちゃんは汗を垂らし、肩で息をしていた。地面に落ちた水分が音を立てて蒸発した。大賢者がいつものようにフードをつまんで保護魔法をかけ直してやると、ピィちゃんはすぐさま元気を取り戻した。
「うっわ、見てるだけで暑いなぁ……」
キラがぼやいた。私も内心、彼女と同じことを思っていた。魔法によって暑さから身を守っていても、視覚がこの場の熱を訴えてくる。感覚がおかしくなりそうだった。
「はやいとこ抜けるぞ。どうせ目的地まで何もないんだし。よいしょっ、と」
嘆息を漏らしながら大賢者が魔法を使うと、無数の靴跡が地面に白く浮かび上がった。
「基本的にはこの白い部分が歩けるところだけど、あんまり信用しすぎないように。 溶岩の熱で地面の強度が変わっている所もあるだろうからな」
魔力の痕跡は綺麗に消されていたと思っていたが、こんなものが残っているとは思いもよらなかった。私たちは少しだけホラーな光景の中を歩くことになった。
「なるほど……」
最後尾を歩くアシハラだけが大賢者の使った魔法を理解したようだった。
「アシハラさんにはこの魔法の事が分かるんですか?」
私はペースを彼に合わせ、横に並んで歩きながら質問した。少し先には大賢者がピィちゃんの足取りのサポートとキラと軽く言い合いをしながら進んでいる姿がよく見えた。
「魂の可視化だね。俺がセツコを呼び出した時のアレに近いものだよ」
「魂、ですか?」
セツコの場合は雪原や雪そのものの魂という事になるのだろうが、この場合は一体何の魂になるのだろうか。私はアシハラの顔を見つめ、解説の続きを促した。
「靴の魂だよ。前にイシュタル殿が言ってたでしょ? 魔道具にも魂があるって」
つい最近そんな話をしたばかりだった。刀には刀の魂がある。そう言ったアシハラに対して私はすべての魔道具にそれが当てはまりそうだと発言した。
「やはり、刀以外の魔道具にも魂があるんですね?」
達人の思考に一歩近づけた私は魔女として当然の感情がこみ上げ、口角が上がってしまった。
「とは言っても、魔道具に宿る魂なんてほとんどの魔法使いは知覚もできないような微弱なものだ。靴跡ともなると、それはさらに弱くなる。そんなものを、こんなにもはっきりと可視化させるなんて……」
アシハラは足を止め、白く浮かび上がる道標に視線を辿らせた。彼の目線が止まった先には大賢者の姿があった。
「おそらくレオナルド殿は死霊術師との荒事において、余程の場数を踏んでおられるのでしょう。そうでなければ、こんな魔法は使えない」
心の底から愛する伴侶に向けるような笑顔を浮かべながら、アシハラは嬉しそうに首を横に振った。その行為からは十分すぎるほどの大賢者への尊敬の念を感じ取れた。
「おーい!! な~にイチャイチャしてんの!? ダメですよ、不健全な行為は!! そういうことは、暗くなってから、もっと見えないところでやってどうぞ!!」
渦中の男はこちらに向けて大声でデリカシーのない言葉を飛ばしてきた。怒ったキラが杖で大賢者を叩く姿が確認できた。なんとなくアシハラの顔を見ると、シャイな彼は大賢者の言葉を真に受けてしまい、気まずそうな表情を浮かべていた。私もアシハラも黙って歩調を合わせ、大賢者たちとの距離を縮めた。
歩ける範囲を示す白い靴跡の描かれた地面が段々と狭まり始めた。沸き立つマグマとの距離も近い。横に10センチも動けば溶岩遊泳をすることになるだろう。私は地面とにらめっこしながら、一歩一歩力を入れて足を動かした。
「あっ……」
ふいに地面が柔らかくなった。私は足を取られ体勢を崩し、そのままマグマの沼に転落しそうになった。
「おっと」
アシハラの大きなごつごつとした手が私の腕を掴み、事故を未然に防いでくれた。その手からは魔力ともまた違う大樹のような強い力を感じた。
「大丈夫かい?」
「その……ありがとうございます」
心臓が早鐘を打っているのが分かった。間一髪のところで彼に救われた。さすがに溶岩に飛び込んで無事でいられるほどの保護魔法はかけていない。
「足は大丈夫? 火傷してない?」
「ええ……あの、はい」
「道が細くなってきたね。ここからは並んで歩くのはやめた方がいい。お先にどうぞ」
洗練された言葉と所作でアシハラは道を譲ってくれた。しばらくの間、自分の鼓動が耳について回った。
洞窟は進めば進むほどマグマの沼の面積が増えた。反対に地面の面積は減り、浮かび上がる白い靴跡は細い直線になっていった。どれくらい歩いたのだろうか。ふくらはぎに軽い疲労感を覚え始めたころ、溶岩の大きな滝が流れる開けた場所に出た。誰とはなしにそこで足を止めると、休憩の時間が始まった。
大きなドーム型に広がったその空間には、何本かの石柱が建てられていた。柱のうちのいくつかは地面に横倒しになっていたが、どう見ても柱は溶岩の滝に向かって続く道になっているようだった。その証拠に靴跡も柱の間を通って滝の直前まで続いていて、そこで途切れていた。
「さてさて……小腹が減ったな。アシハラ、どう思う?」
「う~ん。あまり食べ過ぎない方が良さそうです。あっちの方でお願いします」
事前に示し合わせていたのだろうか、男二人がこちら側にはよくわからないやり取りをした。
「オッケー。はい、お待ちぃ!!」
何もない所から6人掛けのテーブルセットが現れた。テーブルの上には人数分の水ようかんと冷たい緑茶が並べられていた。
「はい、戦闘が近いです。糖分と水分補給をしましょう。便意のある者は今のうちに、その辺で済ましてきなさい」
「おい、ムガ。オシッコするから私を守れ」
キラがトイレの護衛にアシハラを指名した。
「え゛!? 守れって……何から?」
「盗撮でもされたらどうするんだ!? この世には自分の意思で消さないと、一生記録に残し続けるおそろしい魔女だっているんだぞ!?」
なんだ、この子。なんで急に私に敵意を向けてくるんだ。
「ダメだよ、捕まっちゃうもん。IMSBの元捜査官だっている事だし。オジサン、さすがにもう皆と離れ離れになりたくないぐらいには情が湧いてるもん」
オジサンもオジサンでなんだ、急に。そんな心情を赤裸々に語られたら、こっちとしても嬉しくなっちゃうじゃないか。
「あんなでっけぇキンタマつけてるくせに、意気地がないんだな?」
おいおいおい。それだけは聞き捨てならない。事と次第によっては、アシハラを溶岩の滝つぼに突き落とさなければならなくなってしまった。
「なん……なんで知ってるの? そんなこと」
一番困惑しているのはアシハラだった。どうやら彼には身に覚えのない事らしい。
「ドゥフフフフ。あんな奇声を上げたり、下手くそな歌を歌いながら風呂に入ってたら、そりゃあ、な?」
キラは得意げに悪趣味な蛮行を自供した。
「イシュタル殿~?」
母熊を頼る子熊のような顔をさせ、アシハラは私に助けを求めてきたのであった。




