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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 山の章
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76 モノローグ:『外神桜子』

 

 逃がした魚は大きい。こんな気持ちにさせられるとは、夢にも思わなかった。


「……どうして皆、私のいう事を聞かないのかしら?」


 問題は山積み。椿も金剛も潰され、お父様から借りた作間とかいう男も作戦に失敗して帰ってきてしまっていた。


「作間ぁ?」


 とりあえずのところ一番無事で済んでいる男、作間を呼んでみた。初めて会った時からどこか太々しい態度だとは思っていたけど、あの態度でいてまさか失敗するとはね。ちょっと……なんなんだろう。見せしめに坊主頭にでもさせてやろうにも、軍人カットだからほとんどそうさせる意味もないし。このモヤモヤは、どうすればいいというの?


「はぁ」


 外神家の令嬢であるこの私に向かって倦怠感のある返事を……どこまでも気に入らない男だ。気に入らないといえば……。


「気に入らない女がいたら、あなたならどうしますか?」


 私の最も気に入らないポイントである、中東の魔女イシュタル。ツンとした態度でレオナルド様と帯同しているあの女を一発殴ってやりたい。恋敵だからだとか、そういうことではなく、ただただ気に入らない。あの女はなぜ、隣に魔法界の至宝が居てあんな普通の状態でいられるのか。なんなんだ、あの女は。とっても気に入らない。


「……自分だったら攫って、できるだけ歪んだ嗜好を持つ人間に安く売り飛ばしますかね」

「ふーん……そう」


 発想がキショすぎる。ダメだ、この男は。お父様の言っていた通り、生まれながらにして壊れちゃってる。私はただ「一発ぶん殴ります」とだけ言ってほしかったのに。


「ところであなた、どうしてここにいるの?」

「……耳が痛い限りです」


 私の計画では、今頃は作間が無我を生け捕りにしているはずだった。それなのに今、この男は手ぶらでこの場にいる。つっ立っている。何してんの? 気の利いた事も言えないくせに、何をおめおめと負けて帰ってきてるのですか?


 ……無我だったら。あの汚いブ男が手駒となっていたら、私の欲しい言葉を言ってくれたかしら? あのドロドロに濁った瞳。瞳術の使い過ぎかしら、普通の日本の魔法族ではありえない鈍色の瞳。脂ぎった清潔感のかけらもない長い髪と濃い体毛。腫れぼったい瞼と小さくて丸い鼻に血色の悪い唇。繊細という概念からかけ離れたトロルのような太くて硬い指。あの指が私の身体を弄んだのね……生まれも育ちも高貴な私の身体を。青春時代から私の妄想の中で温め続けていた物語の様に、欲しいものすべてを手に入れた美しい令嬢が醜くて卑しい使用人に犯されて堕ちてゆく。最近になって物語の続きばかりを考えてしまう。本当、惜しい存在を失ってしまったのね。


 それもこれも全部、椿のせいね。私の未来の為にちょっとくらい汚されても良かったんじゃないかしら。葦原家の世継ぎを産むなんて名誉なこと、そうそう無いのだから。血統的には私が代わってあげてもいいぐらいなのに。そうなったら、きっと……夫のレオナルド様とは似ても似つかない、不細工な子供が生まれるのでしょうね。家庭内の空気は険悪になり、レオナルド様は外に女を作る。それでも無我だけは私と私たちの子供を愛し続けるの。いけない、また現実と妄想の境界線が曖昧になってきてしまったわ。


 椿、か。何でもない一般人のくせに、外神財閥という組織で過ごしているうちに自分の存在価値を勘違いしてしまったのね。必死に抵抗してもあのゴリラのような分厚い腕に組み伏せられてしまって、そこから人間であることすら忘れて畜生にも劣る知能にまで劣化させられて快楽の波に溺れさせられる。なぜ、そんなこともできないのかしら。


 思えば、椿は昔から私の事を軽んじていたというか、見下していたような部分がちょこちょこ見受けられた。そんな彼女は勝手に無我と性行為の約束を交わして、一方的に反故にした。あそこからすべてが狂ってしまった。本当に何してくれてるの? あの人、責任も取れないくせにどうしてそんな約束をしたんだろう。


「……椿の容態はどうなのかしら?」

「どうでしょうな。ここに居ないという事は、芳しくないという事でしょう」


 こいつもこいつでまた私を小馬鹿にしたような態度をとる。でも待って。ここで癇癪を起してはいけない。外神が家訓のひとつ、物事は大局的に見よ。損して得取れ。大皿に余った最後の唐揚げは率先して食らえ。こういった精神性で外神財閥は日本の魔法界を動かしてきたのだから、短絡的な行動をとってはならない。


「あなた……どうしてここにいるの?」


 でもやっぱりムカつくものはムカつく。私はまた同じ質問をして、遠慮なく作間のプライドを踏みにじった。


「……思わぬ邪魔が入りまして」

「そうですか。『悪魔殺し』が言い訳ですか」


 作間は反抗的な目つきをさせながらも、何も言い返せず仕舞いだった。ざまぁみろ、バーカ。あー、スカッとした。


「……お言葉ですが、そもそも頭さえしっかりしていれば、今回のようなことは起きなかったかと」


 なーんでそういうこと言うの? 私が悪いって言ってくる、このおじさん。お父様に消してもらおうかしら。


「私に責任があると?」

「はい。葦原という男は忠義にだけは厚い。アレを怒らせるのは相当です。何かお心当たりがあるはずですが?」


 そんなこと言われても、困っちゃう。椿が悪いんじゃないのかしら? 私のせい? 私がしたことは……レオナルド様の為だけに大切に育てた胸を揉まれたこと。それも、大勢の部下たちの前で。でも。それってしたことじゃなくて、されたことだし……。


「義務は果たされましたか?」

「……義務?」

「はい」


 義務って、納税とか? それだったら令嬢として多少は対策しているけど。役員報酬を損金計上したりだとか、自家用の箒を社用にしたりだとか、取引先との交際費を経費にしたりだとか、他にも色々とプロがやってくれているはず。でもそれが、今回の件と何の因果があるというの?


「当然、税金の対策はしていますよ?」

「……スゥ~。そうではなくて、葦原という男との個人間でのお話です」


 それだったらやっぱり椿のせいだ。あの人が孕めばすべて丸く収まったのだから。自分の言葉に責任を持たなかった、あの勘違い魔女のせいじゃなくって?


「椿が葦原との約束を反故にしてから、すべてがおかしくなりました」

「……あなた個人は?」

「私ですか?」

「ええ。あの男は随分とあなたに失望していた。これはとても珍しい事です。葦原という男はどんな別れ方をしても、かつて関係した主君の事を悪く言ったりはしない」


 そんなこと言われても、思い当たる節としては……。


『これを渡す前に、あなたが本気で私に仕える覚悟があるのかを試させていただきます』


 こんな約束をした後に、無我に刀を渡すのを拒んだことぐらいじゃないかしら。というか、刀を渡すと言いきってすらいない。むしろこの場合、私の方が被害者なのではなくって?


 激しいノックの音が響いた。


「申し上げます!! 椿様が特殊機動隊を率いてカナダへ向かわれました!!」


 私の許可を待たず、メッセンジャーが勝手に入室してきて報告をした。


「……どうして皆、私のいう事を聞かないのぉ?」

「ふっ……我々も参りましょう。被害が無駄に増えるばかりです。そのあとで今一度、戦略を組み直しましょう」


 私は自らの高貴な足を使って、キャナダくんだりまで出向くことになってしまった。

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