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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 山の章
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74 おとぼけ侍

 

 キラによるアシハラへの一方的なスキンシップは徐々にエスカレートしていった。始めは手足を使った軽いじゃれ合い程度だったものが、非常に攻撃性の高い魔法を使ったものに変わるのは簡単だった。そしてそれは最終的にアシハラから赤いふんどし以外の衣服を奪うことに繋がった。


「そのパンツ、どうなってんの!?」


 キラは仁王立ちしているアシハラの股間の部分を杖で差しながら問いかけた。


「どうなってんのって……どう、なってんの?」


 質問の意図を計りかねたアシハラは困惑しきっていた。


「なんで、いっつも、そのパンツだけ無事なの!?」

「ああ……締め付けが良いんじゃないかなぁ?」


 自分でも理由がわかっていないのか、アシハラはお得意のおとぼけオジサンと化した。


「締め付けって……そんなきつく締めて、オシッコの時はどうしてるんだ?」

「横からこう、グイって引っ張るんだよ?」

「くっくっくっ……」


 アシハラの手の動きを見た私は想像して耐えきれず、喉の奥から笑い声を漏らしてしまった。このオジサン、やることなすこと全てがくだらなすぎる。


「じゃあ、うんちの時は!?」

「布だけウェイ!! って、背中に乗せて終わり」

「ええ!? お尻の紐は汚れないのか!?」

「お尻に紐は無い。紐は腰だけ」


 いつの間にやら熱いふんどし談義が始まっていた。


「ふーん……よくわからんけど、私も使ってみようかな……」

「女性用のもあるけど、オジサンは指導ができないからなぁ……イシュタル殿、頼めますか?」

「えぇ!?」


 思わぬ形で何とも言えない役割を託された。さらばカボチャパンツ。はじめましてふんどし。これは後から知ったことだが、女性ものの方がふんどしはデザインも機能性も優れている物が多かった。


「さて、それじゃあそろそろ、お昼ごはんの仕込みでもしようかな。なにか食べたいものはあるかな?」

「胸が大きくなるやつ」

「あいよ~」


 そんな夢のような食べ物、この世に存在するのだろうか。アシハラはキラの要望に軽快に返事をして、私の返答をも待っているようだった。


「あんまり重たいものでなければ、何でも大丈夫です」


 少しだけ倦怠感があるくらいで目立った自覚症状は無かった私は、しばらく無縁であったヘルシーな食べ物を注文してみた。今朝の貝の味噌汁が絶品すぎて、もう一度あれを味わいたい気分でもあった。


「う~ん……お蕎麦は好き?」

「食べたことないですね。うどんはありますけど」

「大丈夫かなぁ? アレルギーとか」

「それだったら、おそらく問題は無いです」


 蕎麦を取り扱った飲食店で何度か食事をしたことはある。その心配はほとんどいらないだろう。


「じゃあ、メインはお蕎麦にしようかな。それでは皆さん、出来上がるまで思い思いにお過ごしください」

「ピィッッ!!」

「なるほど、了解」


 アシハラは何やらピィちゃんと意思疎通を行うと、颯爽とテントの中に入っていった。その後、彼は私が指摘するまでの間、裸にエプロンという出で立ちで台所を占拠し続けていた。





 この旅において、キッチンがこんなにも機能したことがあっただろうか。アシハラの調理というのは人を自然と集める独特の魔力を持っていた。


 一定のリズムを刻む心地よい包丁の音が色も形も違う食材たちの姿を次々と変えてゆく。お湯の煮え立つ鍋からは熱気を感じ、また違う鍋からは食欲を刺激する香りが立っていた。私たちは五感をフルに活かして彼の調理を見物した。


 調理が終わるとシンプルな温かいお蕎麦と何品かの料理がテーブルの上に並べられた。私が知っている料理は天ぷらぐらいで、その他の料理は今までの食生活で見たことがないものばかりだった。


「これは何ですか?」


 私は一番近いお皿に盛られた料理について、早速伺ってみた。


「キャベツのクルミ味噌和えです」

「クルミ味噌!? へぇ~……いただきます」


 クルミと味噌。アシハラがいなければ、一生口にすることがなかったような組み合わせだ。クルミの香ばしさと風味、食感までをも楽しめながら少しだけピリッとした甘辛い味噌の味わいがキャベツと絡み合って最高だった。


「美味しいです」

「ありがとうございます」

「……こちらは?」


 お次はテーブルの中心に置かれた存在感のある大皿料理について聞いてみた。


「鶏とナスと小松菜のショウガ煮です」


 子供たちのために、ちゃんと食べ応えのあるものも作っているとは流石だ。野菜も自然に使われていて、色合いも優しくて、当然味も素晴らしい。爽やかなショウガの香りは胃腸を動かし、次なる料理を迎え入れるための準備を促してくれた。


「この天ぷらは?」


 蕎麦の隣に別皿で置かれた小さな天ぷらの盛り合わせ。赤とオレンジの2色には季節を感じさせられた。


「人参のかき揚げとカボチャの天ぷらです」


 はい、完璧。好き。かもしれない、ではなく、好き。アシハラという男は料理が絡んだ時だけ、地球で一番素敵な人間になるのだ。人生で初めて結婚という二文字が頭に浮かぶほどに、私はアシハラにとてつもない魅力を感じた。


「タルぅ……やめて?」

「ん~? なにが?」


 私はとぼけた。同じ女同士、キラにはわかったのだろう。私が一瞬だけアシハラに恋に近い感情を抱いたことを。キラの男を見る目に関して、かなりレベルの高いものを感じた。ただ魔力が高いだけではダメなのだ。生命力あり、忍耐力あり、笑いあり、ふんどしあり、そして料理の腕前はプロ級。これからの時代を生きる魔法使いというのは、そういうことが要求されるのかもしれない。


「アシハラさんて……何者なんですか?」


 先刻受けた質問のお返しではないが、彼の方こそ何者なのか、私は気になって仕方がなかった。


「路上生活者、ホームレス、ルンペン、宿無し、風太郎……お好きな呼び方でどうぞ?」

「いや……」


 なんと言ったらいいのだろう。そんなわけがない、と言ってもいけないのかもしれないが、そんなわけがない。技能も教養も、アシハラの持ち合わせているものはどれも一級品だ。それなのに、なぜそんな……そういう身分に甘んじていたのか、私にはよくわからなかった。


「ただのホームレスというわけじゃないでしょう?」

「まあ、独り身でいる時間が長いほど、こういうスキルが無駄に身についていくものでね?」


 待て待て待て。


「それって私に対する当て擦り、ですか?」

「なぁぁぁ!??? なぁ、なぁ!??」

「デュフフフフ」


 アシハラは表情と言葉の勢いだけで否定し、キラから湿り気のある笑いを引き出した。どうやらそういう意図は無かったらしい。大賢者と違って、彼があまり魔女慣れしていない事がうかがい知れた。


「冗談ですよ。少しだけ、聞かせてください。アシハラさんの事」

「いいよ?」


 強者たる所以か、たまに見せる余裕は大賢者そっくりだった。


「はいはいはい!!」


 勢いよく挙手したのはキラだった。


「どうぞ?」


 私は彼女に先攻を譲った。


「今日の晩御飯は何ですか!?」


 所詮この程度である。キラはまだまだ子供なのだ。


「え~、出汁が余ったのでカレーです」

「カレー!? やった!!」


 キラが喜びの声を挙げた。大賢者が辛いものが嫌いなため、カレーが食卓に並ぶことはあまりなかった。


「でもあの人、辛い食べ物が苦手でして……」

「そうか……そしたら、辛くないカレーも何種類か作って、カレーパーティーみたいにしよう。ピィちゃん殿の為に、シーフードカレーも作るよ?」

「ピピピィィッッ!!?!??」

「ぃやったぁぁ~!! カリーパーリィ!!」


 相変わらず、子供の心を掴むのが上手い人だ。それどころか、胃袋まで掴まれちゃって……待てよ。これがこの人のやり方か? 私を含めて、この場にいる全員がその術中にまんまとハマっているのではないだろうか。だとすれば恐るべし、アシハラ流人心掌握術。


 私は改めてじっくりとアシハラの顔を観察した。


「ど、どうしたんですか?」

「……どこまで計算なんですか?」

「もう辞めたんでしょう? 捜査官は。やめてください、そんな……犯人を見る目は」

「それは失礼しました。信頼してますよ?」

「その言葉がしてない事になるから。抜けきってないなぁ……ダメだよ、キミ。名前と所属は?」

「フフフフフ……レオナルド軍団所属、イシュタルと申します」

「イシュタルさん、ね? ちょっと後で、上の人に報告させてもらうね?」


 名前と所属を聞いてくるあたり、本当に経験豊富なのがわかった。私とアシハラは少しの間、大人のままごとを楽しんだ。

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