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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 山の章

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73 感応

 

 拠点は白銀の世界を悠然と移動していた。新メンバーが加入したからか、デッキにはそれまであったピクニックテーブルの代わりに六角形の大きなガーデンテーブルが新たに設置されていた。今は絶賛睡眠中の大賢者以外の全員がそこに集まり、一人の男の命運を弄んでいた。


「なんか……短すぎるかも」


 キラからクレームが入った。丸く整えた短髪に無精ひげのガッチリムチムチとした中年男性の姿についてのものだ。私が仕上げたアシハラからは界隈の人のような雰囲気が出てしまっていた。


「おかしいな。なんでだろう……」


 理容の魔法は得意なつもりだ。この手のタイプの人だって何度か弄ったことがある。それがなぜか、アシハラに対してだけはこちらの思惑通りに事を進められなかった。


「もともと人相が悪いんだからさ、もっとワイルドな感じで……あの山みたいにギザギザさせて」


 キラは言いながら遠くに見える山々の激しい起伏を杖で差した。


「なるほど」


 全体的にボリュームが足りなかったのかもしれない。私はアシハラの髪をもう少し伸ばし、頭頂部に向かうにつれて隆起させるように立体感を出した。


「あ、いい!! あとはもみあげがいらなくて……この際、眉毛もいらないんじゃない?」


 それまで無言を貫き通していたアシハラの身体がピクリと動いた。


「……いいですか?」


 彼にだって人権というものがある。私は一応本人に確認を取った。


「構わないよ。とびっきり美しくしておくれ」

「オイ!! タルに色目使うな!!」


 どこら辺に色目があったのかはわからなかったが、キラはすっかりアシハラの恋人気取りだった。注文通りもみあげと眉毛をツルツルにすると、見事に悪人面に磨きがかかって箔が付いたものが出来上がった。


「おお~!! いい!! セクシー!!」


 キラは立ち上がりその場でピョンピョン跳び跳ねて歓喜した。大変満足していただいたようで何よりだ。


「確認しますか?」

「いや、結構。おいくらですか?」


 金持ってないだろ、あんた。彼の身の上話を少しだけ聞いていた私はそんな事を思った。大賢者は彼の給料をどうするつもりなのだろう。まあ、その辺の話は晩酌の時間にいくらでもできる。


「いりません」

「えぇ!? 無料!?」


 ふざけ始めようとしているアシハラを無視して手鏡を渡し、私は本人に見えるように大きめの四角い鏡で後頭部を映した。彼は手鏡を覗きながら太くて短い首を動かし、大げさに目を見開いた。


「これが……私!?」

「デュフフフフ」


 そのリアクション芸はあまりにもくだらなすぎて、私も笑ってしまった。





 完成したアシハラの容姿を堪能しながら、私たちはそのままガーデンテーブルでの談笑を続けていた。


「すごいなぁ……何回触ってもカリカリだ」


 キラは仕上がりが大変気に入ったようで、アシハラの横や後ろの刈り上げ部分を何度も何度も手で触って悦に浸っていた。


「イシュタル殿の故郷は中東の……多分、特別区の人だよね?」


 アシハラが唐突に私の生まれ故郷について話題にした。この人なら面倒な説明もしなくて済みそうだと思った私は素直に話題に乗った。


「ええ。シャハロンと呼ばれる山間の村です」

「シャハロン……シャハロン自治区?」

「よくご存じですね?」

「そりゃあ魔法界的に珍しい、治安の良い区域で有名だからねぇ」


 故郷シャハロン自治区は強力な自警団の存在によって犯罪者が近づかない区域と言われている。魔法界の治安というのは全体的によろしくない。治安が良いというだけでいち地域が有名になるということはそういうことである。


「それにしても、イシュタル殿は何者なんだい? プロの理容師だったとか?」


 アシハラはさらに話題を掘り下げた。私としてはプロと間違えられるなんて最高の誉め言葉だった。


「いや、全然。最近まで国際魔法警備局の特防課に所属していました」

「え゛!?」


 国際魔法警備局は非魔法界でいうところの国際警察にイメージは近いと思うが、おそらくは似て非なる存在だろう。略称でIMSBやインターマグなんて呼ばれていたりもする。治安が良くない魔法界の警備局は当然ながら大忙し。同一犯による事件が国境を跨ぐことなんてザラにある。そのため、ある程度の強制力を持つ組織なのだが、それがないと魔法界の犯罪というのは一生解決しないとも言えた。


 魔法界の犯罪対策として、賞金稼ぎというシステムも存在する。とある凄腕賞金稼ぎの活躍のおかげで、現在は暗黒期と呼ばれていた時代よりも犯罪発生件数自体は世界的に減少傾向にあった。ちなみに時代そのものを変えてしまったその凄腕賞金稼ぎが、我らが大賢者レオナルド・セプティム・アレキサンダーである。


 大賢者は個人で賞金稼ぎ業を営んでいた過去があった。その期間は約10年に及ぶ。賞金稼ぎとしてアンタッチャブルレコードの数々を生み出した彼は魔法界に多大なる貢献をした人物として評価され、それが大賢者として認定されるバックボーンにもなった。


「オジサンの場合は全部国内だし……まあ、大丈夫か」


 アシハラは私の前職に最初は驚いた様子を見せたものの一瞬で元の凶悪な面構えに戻した。


「そんな人が、何で理髪の魔法がこんなにも達者なんだい?」

「私にも青春時代というものがありまして……」


 自分の事に焦点が当てられるのは苦手だ。差し障りを覚えた私は言葉を濁した。


「ああ~、なりたかったんだね? ……美容師? 理容師?」


 外見を考慮しなければアシハラは人当たりの良いオジサンだった。なんといっても口が堅そうな気がした。私は彼を勝手に信頼し、少しだけ自分の過去を口にしようと思った。


「実はどっちの免許も取っています。両親には未だに言えてませんけど」

「大したもんだなぁ~……IMSBに入ったってことは勉強も相当やってたってことでしょう? そんな中で両方の資格を? ちょっと頑張りすぎじゃない?」


 私は頷いて答えた。涙が出そうになった。当時、周囲に求めていた言葉や態度をアシハラは簡単にくれた。


「あの……すいません」


 魔力が高い人からの温かい言葉というのはどうにも防ぎ難い。私は横を向いて結局流れてきた涙を拭った。タルが心配して私の隣に来て体を密着させた。


「……大丈夫かい?」

「すいません、突然……」

「こっちは気にしてないさ……その魔力感応は生まれつき?」

「ええ、そうです」

「それじゃあ神格も全然ダメだ?」

「はい……」


 強すぎる魔力感応は邪魔にしかならない。自分よりも魔力が強い者たちに極端に弱い。それが私の弱点だった。


「なるほどねぇ……今まで大変だったねぇ?」

「もう……やめてくださいよ……」

「ごめんごめん。わざとじゃないんだ」



 それからしばらくの間アシハラは何も言わず、ピィちゃんにお茶菓子をあげたり、キラの理不尽な占い遊びに付き合って時間を空けてくれた。


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