72 関係の再構築
目が覚めると巨人の国はどこにもなく、窓の外に映る景色は流れ、アシハラの髪の半分が丸坊主になっていた。
「あの……何がどうなって、こうなってしまったんでしょうか?」
リビングルームは全員が入り混じって床に敷かれた布団に眠る謎の部屋へと変貌を遂げていた。私は現状を把握するために、大賢者に説明を求めた。
「俺もあんまり知らない。こいつらなりにお前の事を心配したんだろうな。自然とこういう形になって……案外機能的だったよ、このシステム。オラァ!! 皆大好き、タルさんが意識を取り戻したぞ!!」
大賢者は寝ていた3人を無理やり叩き起こした。ピィちゃんとキラがむくりと起き上がり、小走りで近づいてきて私の事を抱きしめてきた。視界の奥ではふざけた髪型をした中年が布団の中で上体を起こし、腕を組みながら満足そうに笑って頷く姿があった。
「じゃあ、今日はもう……俺は寝るから。腹減ったらオッサンになんか作ってもらって食べな? あのオッサン、料理番としての能力がすごいから」
料理番がどうこうというよりも、私にはアシハラの髪型が気になって仕方なかった。何がどうなったら40を超えた人間があんな攻撃的な髪型を採用するのだろうか。
「こまめな水分補給を心がけて、おしっこいっぱい出して……さすれば、明日には完全に回復するであろう」
「あの……」
「うん……おやすみ」
私の呼び止めは聞き入れられず、大賢者はフラフラとした足取りで寝室へ続く廊下へと姿を消した。
「丸一日以上付きっきりで治療をなされていましたからな」
振り返るとアシハラが立っていた。気付けば敷いてあった布団と寝具が小さくまとめられ、リビングルームは元の姿をほとんど取り戻していた。
「軽い朝食を作ります。どうぞ、楽にしてお待ちください」
「はぁ……」
キッチンに向かうアシハラの後ろ姿を見つめた。右半分だけ綺麗に刈り込まれた頭髪は後頭部にまで及んでいて、私はなんだか切ない気持ちにさせられた。
軽いといわれた朝食の品数は多かった。一口サイズの小さなおにぎりと貝の味噌汁に茶わん蒸し。キラには専用の納豆巻きが用意され、小鉢もたくさん並べられた。テーブルにはそれ以上物を置くスペースがなくなってしまった。
「うまい!!」
「ピィッ!!」
子供たちはアシハラの用意した朝食に大満足していた。
「体調が優れないようでしたら、無理して食べなくても構いません。ですが味噌汁だけは召し上がってください」
アシハラのエプロン姿はガッチリムチムチとした体型をより一層引き立てるものだった。もしかしたら、私はこの時にインスピレーションが湧いたのかもしれない。
「あ、ありがとうございます。いただきます……」
私は警戒しながら貝の味噌汁をいただいた。優しく味付けされたまろやかな出汁のきいたスープが五臓六腑に沁みわたった。
「いかがですか?」
「お、おいしいですぅ~」
驚きのあまり、出したことのない野太い声が出た。それは今まで食べた味噌汁の中で文句なしに一番の美味で、疲れ切った魂を震わせるような味がした。
「苦手でなければ、ご自由に三つ葉も入れてください」
「ミツバ?」
知らない。なんだそれは。というか、食卓に当たり前のように野菜がある。この人、ひょっとして素晴らしい料理人なのではないだろうか。
私の好感度を急上昇させるアシハラは、いくつもある小鉢の中からひとつを手に取りこちらに勧めてきた。香草の一種だろうか。小鉢の中には名前の通り、葉が三つに分かれた小さな緑色の植物があった。
「これが三つ葉です。香りが独特なんで好き嫌いが分かれると思って、今回は別皿にさせていただきました。試してみますか?」
「私も食べる~」
横から入って来たキラに続き、私もミツバとやらを箸で少しだけつまんで口に含んでみた。
「まっじぃ!! ポォッ!!!!」
キラは迷うことなく苦笑するアシハラの手の中に三つ葉を吐き出した。
「……いける、かも」
私はしっかりとミツバを飲みこんだ。癖は無いがわずかに苦みがあった。シャキシャキとした食感のあとに爽やかな香りが鼻を抜け、なんともいえない余韻が残った。口と鼻の両方で味わった後に、心でも味わう。そんな印象を受ける食材だった。
「気に入っていただけて何よりです。こいつにはストレス解消だったり、消化を助ける働きなんかもありますんで、今のイシュタル殿にはぴったりだと思いまして」
「へぇ~」
私は効能に感心しながら積極的にミツバを取り入れることにした。味噌汁に浮かぶ深い緑色に趣を感じ、単品では取り立てて美味しくはない独特な味わいに夢中になった。
「巨人族との交際、お疲れさまでした」
「いえいえ、そんな……」
ようやく思い出した。私は酔い潰れたのだ。あのほとんどが悪ふざけのような晩餐会の中で、巨人族の族長と大賢者に延々と飲まされた紹興酒。そもそもあれは本当に紹興酒だったのだろうか。ともかく、その酒の味がどことなく身体に合わないな、と思っていたらこの有様だ。要するに私は二日酔いの状態というわけだ。これで状況のひとつには合点がいった。
「ねぇムガ~、このおにぎり具が入ってない~」
……少し見ないうちにキラの甘え方がいやらしくなっている気がした。私の考え過ぎだろうか。子供の甘え方というよりは、なんというか、女の甘え方になっているような。
「ああ。これはね、小鉢の中から好きな具を選んで。それを乗せて食べてみて?」
……あれあれ? アシハラの喋り方が初めて会った時のおとぼけオジサンに戻っている。彼はそのままキラにおにぎりの食べ方を手取り足取り教え始めた。ちょっと丁寧すぎだし、距離も近いんじゃないだろうか。これは後で大人だけでの話し合いが必要そうだ。
「すっぺぇぇなぁ、オイ!!!」
口をすぼめながらキラがアシハラの肩をバシバシ叩いた。彼女はその後も何度も同じことを繰り返した。どうやらキラは梅干しが嫌いではなかったらしい。
朝食を終えて小一時間ばかり休憩を挟んだ後、私はアシハラを外に呼び出した。岩でできていたはずのデッキは木材に変わっていて、デッキから一望出来ていたあの雪原はなくなり、代わりに違う雪景色が流れていた。どうやら何者かが魔法を使って拠点をまるごと移動させているようだった。
「これは……あの人が?」
私は理論さえさっぱりわからない、滅茶苦茶な大規模移動魔法の術者のことをアシハラに尋ねた。
「ええ。イシュタル殿の性格からして、旅の日程に遅れが生じると気に病むだろうから、と」
「そうだったんですか……」
これで二つ目の謎も解けた。大賢者は私に付きっきりで治療しながら、眠りながらでもこんな魔法が使えるわけだ。人間をやめた人が使う技法だ。しかし今更あの人のそういうすごい所なんていうのはどうでもよかった。
「それでアシハラさん、その髪型はどうされたんですか?」
私はついに一番気になっていた部分に触れた。ふざけているのか、真面目な理由があるのか。こんな髪型の中年男性にはこれ以上耐えられそうになかった。
「ああ、これですか? これは吉良殿が髪を切ってくれようとして、失敗したものでして」
「そういうことだったんですか。なるほど……」
犯人はキラだったのか。そうそう、キラと言えばアシハラには聞かなければならない事がある。
「……ところで、朝食の席でキラとやたら親し気に接していましたけど、私たちの留守の間に彼女と何かあったんですか?」
「いや、その~……特にわたくしからは、その~……」
「答えろ」
私はアシハラの鬱陶しい残り半分の髪の毛をごっそりと刈り落とした。刈り落とした部分はキラが失敗した右半分よりも地肌が見えるくらいに短く綺麗に仕上がった。本当の散髪魔法とはこうやってするものだ。
「一人残された私を、その~……気遣ってくれた、吉良殿の優しさに心打たれまして……」
「ふんふん」
私はなるべく容疑者が本音を話しやすいように笑顔で話を聞いた。
「だから、その~……吉良殿がそうして欲しいと言っていたわけですし、喋り方をですね、元に戻させていただいたと言いますか……」
「はいはいはい」
私も焼きが回ったものだ。そうかそうか、そうだった。私もアシハラに徐々にそうしてやるように言ってしまったのだった。それだったら、彼には悪いことをした。お詫びが必要だ。絶対にこの時を忘れない、強烈なお詫びが。
「じゃあ、一発殴らせてもらいますね? それでもう、この話は終わりにしましょう。跪いてください」
「え゛!? しかし、その~、私は何も吉良殿には」
「跪け」
アシハラは私の顔を見ながら片膝ずつゆっくりと地面につけた。
「武器を捨てて、顔を上げなさい」
帯に差した日本刀をこちらに転がすとアシハラは大人しく顔を上に向けた。
一発の平手打ちの音が現場に響いた。
「私はキラの意思を尊重します。あなたとあの子との関係については何も言いません。ですがこの先、もしあの子を泣かせようものならば、この程度では済まないと思ってください。くれぐれもお願いしますね?」
「あい!! わかり申した!!」
「それと、このままだといやらしいです。私とピィちゃんにも、あの子と同じ口調で接することを命じます」
「はいっ、合点承知!!」
「……髪を少し伸ばしましょうか? 私、髪に関する魔法が得意なんです」
「お願いします!!」
「髭はあえて伸ばしてみます? 印象が悪ければ、剃り落とせばいいし」
「へい!! イシュタル殿の良きに!!」
私は歪な坊主頭になってしまった可哀そうなアシハラに理容の魔法を使ってあげることにした。どうやら彼とは気持ちの良い関係が築けそうだった。




