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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 山の章
70/160

70 晩餐会

 

 私たちが立っていたのは円形のテラスだった。繁華街の一角なのだろうか、夜の街には巨大なネオンサインが浮かびあがっていた。


「あの……ここって、巨人の国なんですよね?」


 周囲をぐるりと見まわしてみた。繁華街の奥の方では高層ビル群が立ち並んでいる。特防課に所属していた時に住んでいた町とそう変わらない、近代的な建物があちこちに散見された。


「そうだよ? 相手方の粋な計らいで世界を俺たちに合わせてくれてるんだって」


 世界を合わせるとはどういう事で、どうやってそれを叶えているのだろうか。私の疑問が解消されることなかった。


「こちらへどうぞ」


 再び脳内に無機質な声が響いた。直後に何かが空間の中で揺れ動いた気がした。目を凝らすと、そこには丸みを帯びた半透明の大きな影が立っていた。


「その前に悪いんだが、認識レベルをこちらに合わせてもらえると助かる。精神感応に慣れてない人間がいてさ」


 すると空間に立つ大きな影が淡い光に包まれた。光がなくなると影はなくなり、代わりに身長2メートルはゆうに超える、人の良さそうな顔をした男性が私たちを見下ろしていた。男性の丸々とした顔と体つきは、私に熊を連想させた。


「すまないな。俺たち次元が低くて」


 大賢者にしてはへりくだった言い方だが、彼という人間を知りすぎてしまったが故か、私にはその言葉が嫌味なものにも聞こえた。


「こちらこそ、気を使えなくて申し訳ございませんでした。案内人のヤコーと申します」


 男性の口が動いて、そこから音が出た。人間と同じコミュニケーションツールを使ってくれたという事でいいのであろうか。


「初めまして。イシュタルと申します」

「ピピィッ!!」


 何はともあれ、向こうが姿を現してくれたおかげでようやくまともに挨拶することができた。


「お話は伺っております。ようこそ、巨人の国へ。族長がお待ちです。どうぞこちらへ」


 私たちは巨人族の案内人の後に続いた。ヤコーの安心感のある大きな背中から町の風景へと視線を移した。町の作りは何度見ても我々人間の町と同じ作りのように見える。不気味だったのは、人の気配がまったくないのに、繁華街特有の喧騒だけがよく聞こえることだった。


「あの……この町は、どういった町なのでしょうか?」


 ヤコーに直接質問すると、彼は歩きながら返答してくれた。


「我々巨人族は普段、あなた方と少しズレた世界で暮らしています。そのままではこうして交流することもできません。ですから、本来の我々の町の姿をあなた方にも認識できるように変えさせていただいています。どうですか? 少しは馴染めそうですか?」

「え~と……」


 正直に言うべきか、それとも社交辞令を言うべきか。私は困り、大賢者の横顔を見た。


「もうちょっと肉々しい男女の存在が欲しい所だ。こっちは声と物音しか認識できん」

「ははは、そうですよね。申し訳ございません。残念ながら、その部分につきましてはまだ研究中でして」


 どうやら正直に対応するのが正解だったらしい。大賢者はそのままヤコーとの会話を続けた。


「次来たらもっと良くなってるってことか。そいつはいい。だが俺たちばかりサービスを受けて申し訳ないね。巨人族はなにか欲しいものとかはないのかな?」

「それは族長に聞いてください。あの方の意見が我々の総意ですから」

「そうさせてもらおう」



 しばらく歩くと、巨大なネオンサインが輝く繁華街の風景はチャイナタウンによく似た町並みに変わり、巨大なドーム型の建物の前にまでたどり着いた。入り口まで続く広い通路の両脇には大きな噴水があった。ヤコーはそこで立ち止まり、私たちの方へ振り返った。


「中で族長がお待ちです。私は一度、ここで失礼いたします。お帰りの際はまたよろしくお願いします」

「うん。ありがとう」

「ありがとうございました」

「ピィッ!!」


 ヤコーは目尻を下げて笑い、空間に透過するように影の姿に戻った。


「さ、とっとと行こうか。おじいちゃん待たせるのは悪いからね」

「おじいちゃん?」

「行きゃあ、わかる」

「それはそうですけど……」

「へへっ、悪かったよ。早く行こう。ちなみにここは中華料理屋だよ?」

「飲食店なんですか?」

「うん。俺のリクエスト」


 本来の時間とはズレているが、さながら晩餐会ということか。私は襟を正して巨人族の代表が待つ建物内へ足を踏み入れた。





 建物の中は高級中華料理店そのものだった。少しだけ違うのは、巨人族の長と私たちが座る中華テーブルの大きさが人間世界の倍以上は大きかったことだった。


 こういう大型犬を見たことがある。族長の顔の印象はそれだった。白と灰色の混じった長い髪と眉毛、それに髭。体毛で顔の表情というものがほとんど見えなかったが、たまに見えるつぶらな黒い瞳が可愛らしい人物だった。当然体は大きかったが、ヤコーと同じくらいか少し大きいくらいのふっくらとした丸みのある体型だった。


 人間と比較すれば大きいが、巨人族として考えると小さい。その辺はどういった秘密があるのか。私はテーブルに置かれた豪華絢爛な料理の数々を前にそんな事を考えていた。


「それで我々はついに肉体を捨て去り、精神だけの存在となることに成功しました。ところが、いざそういう状態にまでなってみると、これが……」


 毛むくじゃらの族長が穏やかな口調で話していた。彼ら巨人族がいかにして今の状態になったのか、という話の最中だった。


「まあ、暇で」

「だはははは!!」


 族長の本末転倒なバカ話を聞き、大賢者はテーブルを叩いて笑った。


「また笑っちまった。いやぁ~、そのくだり何回聞いても面白いわ」

「高位の存在なんていうのは、夢のまた夢。どこまで行っても、我々生命というのは変わらないんです」

「深いねぇ。さすが族長」

「いやいや……」


 隣り合わせで座っているバカオヤジ二人は紹興酒で何度目かの乾杯をした。


「それで、巨人族としては今後どういった展望をお考えになられているのですか?」


 私はなんとかちゃんとした外交の形になるように整えたい一心で、族長に尋ねた。


「……結局、我々はまた肉体を取り戻したくなりました」


 族長は私の質問に真剣に答えてくれた。巨人族の代表は魔法族代表と違ってふざけるだけではなかった。


「そのような場合、魔法族であればどういった技術をお使いになられますかな?」

「死霊術の応用か、転生の禁術か……ってとこじゃないかな? どっちにしても、非人道的な手段にはなる」

「ふむ……我々も過去に似たような研究をしておりました」


 これまでの雰囲気と一転して悍ましい会話になった。


「どうか勘弁していただきたい。巨人族は過去の罪に対して罰を受けている最中でございます」

「そんなのは俺らがどうこう言う話じゃないさ。それを言い出したら、俺たちだって過去に何度も許されざる行為をしている」

「ありがとうございます。あなたのような方が大賢者であられて良かった」


 大賢者は微笑んでグラスの中身を一気に飲み干すと、族長もそれに続いた。


「我々が過去に学んだことは技術や理論ではなく、道徳でした」

「……道徳、ですか?」

「ええ。生きとし生けるものが手を出せる範囲というものは決まっています。我々はその範囲をわきまえなくてはならない」


 ジャバジャバと音を立てて大賢者が空になった二つのグラスに紹興酒を注いだ。族長は軽い会釈を返した。


「長い時をかけて、我々はその範囲に収まる結果を出すことに成功しました。この身体がこそがまさにその結果であり、精神投影による仮想の肉体なのです」


 さっぱりわからなかった。実際にこの場にあるように見えるのに、仮想とはどういうことなのだろうか。


「今後、我々巨人族は仮想の肉体の研究制作に、より一層の力を入れて活動することを計画しております。大賢者様やお二方も興味があれば是非お気軽にお申し出ください。人道に反することなく新しい肉体を手にすることができますよ?」

「ふはははは!! 怖えからヤダよ!!」


 大賢者の恋人は大妖精だ。同じ時を過ごすのは難しい。もしかしたら彼は人間を越える寿命が欲しくて、巨人の国に来たのかもしれない。そんな考えがチラリと頭に浮かんだが、彼は迷いを見せることも無く族長の提案を断った。


「あとさぁ、俺は巨人族の友達になるから、そっちも俺の友達になってくれる?」

「種族を越えて食事を共にすることなど何世紀ぶりのことでしょうか。我々はもうすでに友です。存分に酌み交わしましょう」


 その後、彼らは私にも紹興酒を勧めてきた。目上の言う事に逆らえない私は言われるがままに飲み続けた。なにもかもさっぱりわからなかった巨人の国で私がひとつだけ学んだのは、勧められたお酒の味があまり好みではないという事だけだった。

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