7 大賢者の義妹
目の前の空間が正常に戻った時、そこにあったのは2人の女性とピィちゃんが仲良くお茶を楽しんでいるシーンだった。
「あれぇ!? おにいさま!? どうもどうも。この前はごちそう様でした~」
「ピィ!!」
「気にすんなって、いいってことよ」
「ピィちゃん? どうして? その姿にはもう戻れないはずじゃ……」
ふたつの会話がまぜこぜに展開された。つい先ほどまで私の家だったところで、まさに今一皮むけているであろうアランよりも、さらに若い印象を受ける魔女が最初に口を開き、次に私の存在に気が付いたピィちゃんがひと鳴き、その次に大賢者が若い魔女に応答し、最後に私がピィちゃんの今の姿に驚きの声を上げた。
「こいつなりに頑張ったらしいぞ? お前にまた会いたくて、いつでも神格の姿に戻れる状態で幼体のままいられる方法を編み出したらしい」
ピィちゃんの正体は第7魔王ゼノだ。本来は神格に分類される存在なのだが、一時的にその力を大賢者に奪われていた影響で、今のような害のない幼体の姿で旅の苦楽を共にした。その愛らしい姿に私はすっかり心を許し、気が付けば彼に対して深い愛情が芽生えるようになっていた。しかし、旅の終着点で大賢者によって力を戻された彼は本来の姿に戻ってしまった。神格に対して耐性を持たない私は二度と彼を抱きしめることができなくなったはずだった。
「ピィちゃん……」
「ピィ!! ピィ!!」
ピィちゃんは私のローブの裾を両手で引っ張り、再会の喜びを表していた。私は万感の思いで彼の小さな軟体を抱きしめた。
「種族を超えた愛だな」
「いいですねぇ~。ところでこの方は、どこのどちら様ですか? なんだかとっても頭の良さそうな匂いがしますけど?」
若い魔女から魔力ではない何かを感じた。私はピィちゃんを抱っこし、若い魔女に対してきちんと向き直ってから挨拶することにした。
「イシュタルと申します。ふた月前まで、こちらの大賢者様の旅の記録員を務めていました」
「おほぉ~……それはそれは……」
若い魔女から発せられる何かの質がみるみる変わっていった。きらきらと目を輝かせていたその魔女は私の眼をまっすぐ見つめた。と思うと彼女はすぐにウルウルと瞳に涙を浮かべ始め、私の手を丁寧に両手で包み込んでから口を開いた。
「どんなに辛いことがあっても、あきらめないでくださいね? 私でよかったら、いつでも相談に乗りますから」
「……え?」
不思議な子だった。見た目から推察して、おそらくまだ10代後半ぐらいだろうか。魔力的にはまったくもって大したことがない。それでもこの子には強烈な何かがある。確実にそれはわかるのに、その何かの正体が掴めない。私は目の前の魔女に魅入られ、その場を動けないでいた。
「弟の妻のメアリーだ」
「……え?」
大賢者の言葉に思考が停止した。メアリーは照れくさそうに笑って私に一礼しただけだった。
「ええぇぇぇぇ!???」
私は腹の底から驚きの声を上げた。
私が至った結論としては、大賢者の弟ユリエル・セプティム・アレキサンダーは変態である、という所で落ち着いた。誰にも知られることなく世界を救った英雄の正体はロリコン野郎である。これで間違いないと思う。後から聞いた実際の年齢からしてそんなことはないのだが、外見的に絶対におかしいカップリングであることに変わりはない。ティーンエイジャーのような少女性の抜けきらないメアリーと巨体のユリエル。国際魔法警備局は何をやっているのだろうか。アレとコレとがファックなんかしてたら逮捕しないで何をするというのか。それに内面的な問題だってあるはずだ。メアリーとはあの後少しだけ言葉を交わしたが、短い接触時間でもわかるほどに……少し足りない部分が目立った。一方で、夫のユリエルは教養の高さが体全体から滲み出ているような『知』の側の人間。そんな者同士の会話が成り立つものか。大人が5歳児と対等に会話はできないのだから、あの二人も会話が成り立たないはずである。だとしたら、なぜ二人はそういう関係に至ったのか。『知』の部分で有利にある側が、不利な側を手籠めにした。真実はこれしか無いと思う。歪んだ性の対象にされたメアリーは言葉巧みにユリエルに騙され、そういう関係に至ったのだ。よって、大魔導士ユリエル・セプティム・アレキサンダーは変態である。これならば、すべてに納得がいく。まぁ、私には関係のないことだが、それにしても……。
「おい、あんまりうちのメアリーを舐めるなよ?」
「……え?」
私の脳を貫いた衝撃は凄まじかったらしく、我に返るとそこは寝台つき列車の客室の中だった。
「あれでいて、かなり希少性のある魔女だ」
向かいの寝台に腰掛けた大賢者レオナルド・セプティム・アレキサンダーが珍しく他人を好意的に評価していた。もっとも彼は身内にだけは甘い部分がある。特に弟の話題に関しては、とても饒舌になったりする、いわゆる重度のブラコンであった。ここはできるだけ、客観的な事実を聞く必要性がありそうだ。
「例えば、どんなところが?」
「そうだな……聞いて驚くなよ? あいつは完全耐性者だ」
完全耐性者。それは神格と対峙しても精神汚染を全く受けない、幻の存在である。
「……まさか。冗談でしょう?」
そうに決まっている。私は笑いながら大賢者に言った。
「……」
大賢者の沈黙は、私の考えを改めさせるのに十分すぎるものがあった。
「……なぜ、彼女がそうだと分かったんです?」
大賢者は黙って私の隣に座るピィちゃんの方を顎で差した。
「いや、あの女と一緒にいるとあまりに気が抜けるもんでな。さしもの俺様も気付くのが遅れたんだ。そうじゃねぇかな、と薄々は思ってたんだが……ミラの証言でそれは確信に変わった」
『ミラ』 とは私たちが再開した場面にいたもう一人の女性のことで、精霊のウンディーネの名前だ。
「ゼノが本来の姿でこっちの世界に戻ってきた時、あの女、ミラの家で普通に紅茶とケーキを楽しんでたんだと」
そう言って大賢者は吹き出し、邪悪な笑い声をあげた。
「まぁ~~ったく、笑えるよな? 特攻課が何百年も欲しがってる、幻の完全耐性者。それが、何の戦闘能力も持たない、普通の田舎娘だなんて」
大賢者は腹を抱え、さもおかしそうに意地の悪い笑い声をあげ続けた。その不快な笑いに、私は何とか水を差してやりたい一心で、なにか言ってやれそうな言葉を探し、それを口にすることにした。
「でも、ミラさんがもし嘘をついていたら、その説は成立しませんよね?」
「俺様に嘘が効かないこと、もう忘れたのか?」
簡単にやり返され、何も言えなくなった。
「……この列車はどこまで?」
仕方なく、私は窓の外の風景を見て話を逸らした。
「アイスランド。到着まで2日かかるそうだ」
「……どうして、転移魔法を使わないんですか?」
「眠くなっちゃったから。それに、旅はゆっくり楽しみたいだろう?」
「そうですね!! おやすみなさい!!」
私はピィちゃんを抱きしめながら寝台に寝転がり、カーテンで外の世界を遮断した。外はまだ明るかった。




