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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 山の章

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69 『教え侍』

 

 広大な雪原を見渡せるデッキには大小二つの人影があった。二人の足元には黒髪の束が粗雑に置かれ、少女は悲痛な表情を浮かべながらも合間に笑顔を差し込ませていた。


「ムガ、その……デュフッ……ごめん、ね?」


 エルフの少女キラが見つめていたのは、一人の中年男性だった。男は腕を組み無表情で少女を見下ろしていた。


「なぁに。失敗は誰にでもあるさ。もう一回やってみたらどうだろう?」


 中年侍の葦原は怒るわけでもなく、キラが自分に施した髪切り魔法の失敗を慰め、再度チャレンジすることを勧めた。綺麗に右半分だけが丸坊主に刈られ、被害の及ばなかった残りの左半分の髪は肩まで伸びたままだった。


「でも……」

「何を怖がる必要があるんだい? オジサンの髪の毛がどうにかなったところで、誰にも迷惑はかからない。怖がらずに思い切ってやってみるといい。今度はうまくいくんじゃないかな?」


 葦原の内心の2割ほどは「やっぱりやりやがったな」という気持ちで占められていた。残りの8割は成長と可能性を秘めた目の前の存在に対する期待だった。


「できないよ……」

「そうかい? それは残念だな。それじゃあ、また今度」


 魔法というものは術者の精神状態が結果に大きく影響する。そのことを考慮した葦原はそれ以上無理に誘わなかった。


「……怒らないのか?」

「うん」


 今まで接していたとある成人男性とは雲泥の差を出す葦原の優しさに、キラは自身の持つ甘い感情をさらに濃密にさせられた。


「どうして?」

「う~ん? 吉良殿が善意でやってくれた事だからかなぁ?」

「ぜんい?」

「吉良殿はオジサンの見てくれを良くしようとしてくれたんでしょう?」

「……うん」


 鬱陶しく伸びている横と後ろの毛を刈り上げようとしただけなのに、思いが強すぎたのか結果は無情だった。


「だからだよ。わざとこうしようと思ったわけではないなら、怒る理由にはならないじゃないか」

「でも……ムガ、ごめんね?」


 普段の言動からは想像もつかないが、少女は内面にネガティブなものを抱えていた。故郷の里でも、旅をしていても、彼女の遥か上を行く存在からはいつでも軽んじられているように感じていた。キラは失敗を引きずり、葦原に嫌われてしまったのではないかと怯えていた。


「……吉良殿?」


 葦原は真顔でキラを見つめた。


「……グフ、デュフフフフ」


 面白い顔の上に乗った極端なアシンメトリー。キラはそのあまりにも滑稽な造形に声を出して笑ってしまった。芦原はそれを見て満足気に笑った。


「はい。これで、もうこの話はおしまいね?」


 中年のメンタルケアは少女をますます深みに引きずり込むものだった。


「きえぇぇい!!」


 突如、葦原は奇声をあげながら人差し指と中指を立て、その指先をデッキの床に無造作に置かれた黒髪の塊に向けた。


 炎も煙も立てず、切られた髪の毛が燃焼して消え去った。床には灰はおろか焦げ跡のひとつさえも残されていなかった。


「……おぉっ!?」

「証拠隠滅」


 自らの頭髪の状態が何よりの証拠となってしまっているのにも関わらず、葦原は自信に満ち溢れた面持ちで宣言した。


「すごいなぁ……今のはレオの魔法と似ている」

「いやいや。レオナルド殿に比べれば、まだまだ」

「でも、もうちょっとでレオの腕を斬り落とせそうだったじゃないか」

「そうでしょう? それが全てってこと」

「……どういう意味だ?」


 キラはキョトンとした顔つきをした。


「斬り落とせそうに見えても、実際には斬り落とすことができなかった。それだけのことだよ」

「……う~ん??」


 キラは眉間にしわを寄せながら首を傾げた。ますます意味がわからなくなった彼女はそれ以上考えるのをやめ、釈然としない気持ちを掌に込めて葦原の臀部にぶつけた。


「アダッ!!」

「デュフフフフ。ムガが難しいこと言うからだ」

「ごめんごめん」

「デュフフ……」


 デカいなりをしているくせに、ペコペコ頭を下げて情けない男だ。どうしてこの男は内に秘めた強大なパワーを誇示しないのか。キラにとって葦原という男は新鮮で不思議に溢れていた。


「ムガはどうしてそんな感じなんだ?」

「そんな感じ? どんな感じ?」


 葦原は話しながら器用に表情を変え、キラを楽しませた。


「デュフフフフ。なんでもっと強そうに振舞わないんだ?」

「あぁ……うーーーんとねぇ……」


 表情を真面目なものに戻し、葦原は真剣に考えた。


「俺たち日本人がやってることって『だまし討ち』に近いことなんだけど、それって……何でかわかる?」


 キラは黙って首を横に振った。


「日本で暮らす普通の人たちはまず、外国人に魔力で勝てないの。絶対魔力の平均値で多分最弱なんじゃないかな、日本人は」


 葦原は惜しげもなく自国民の弱点をさらけ出した。


「魔法族の世界には『第5魔王理論』っていう、ほぼほぼ1000年にわたって使われている絶対的なルールみたいなものがあってね。ただ、それがまかり通ると俺たち最弱民族は非常に……生き辛い世の中になってしまう」


 前置きもなしに葦原に『知』の部分を出されたキラは口をポカンと開けたまま話を聞いた。


「だから日本人はどんな技術を持っていたとしても、自分の力をひけらかすような真似は基本的にしないの。自分たちが弱い事を誰よりも知ってるからね? その代わり、弱者が強者に勝つ方法というものを滅茶苦茶考えて、戦術を練って、そういう卑屈な感情というのは、恐ろしい魔術を次々と生み出していって……」

「おそろしい魔術?」

「うん。自分たちよりも強い魔力を持った存在を屠れる魔法技術。例えば魔力を溜める技術だったり、多人数の魔力を同期させて合成させる技術だったり、そういった魔術の事だね」

「魔力を溜める……シデンがやってたやつか!?」


 キラは以前見た日本人のプロ決闘者による未完成の技の事を思い出した。


「シデン?」

「うん、むちむちの魔女」

「えっ!? ムチムチ!?」


 キラは何も言わずに葦原の尻を思い切り引っ叩いた。乾いた音が雪原地帯に吸い込まれた。


「……でも、そうやって劣等民族が独自に進化させた魔法技術っていうのは、結果的には『第5魔王理論』に当てはまってしまうものだったんだけどね? どうだい? オジサンの話は全然わかんなかったでしょう?」

「うん!!」


 元気いっぱいに返事をしたキラに、葦原は満足そうに微笑んだ。


「じゃあ中に入って、甘いものでも食おうか?」

「う~ん……その前に聞きたいことがある」

「……なに?」


 葦原は警戒しながら聞いた。


「私の魔法は遅いのか?」

「いや……かなり早い方だと思うよ? 自分で遅いと思うの?」

「前にレオに言われたことがある。『お前の魔法は遅すぎて話しにならん』って」

「まぁ、あの御方に比べたら誰でもそうなるよ」


 あれは秘法だ。未踏の修羅場や、神格そのものとの戦いを何度も経験し、それでもなお人間が辿り着けるかどうかわからない領域。サクマを圧倒したことや茨斬りを防ぎ切ったことで、葦原はレオナルドがその領域にいることを確信していた。


「でも、タルにも負けた」

「……イシュタル殿に?」

「うん。私が魔法を使う前に杖を取られた」

「ほ~う……」


 葦原から見て、魔女イシュタルはどこか(かげ)りのある美人であった。魔女たらしくない、まともな人物かと思いきや、どうやらそうではないらしい。出会って間もない旅の仲間の深い部分を垣間見た葦原は、表情には出さず心だけを弾ませた。


「……今、魔法を使う所を見せてもらえるかい?」


 疑うわけではなかったが葦原は念のため、キラの動作に問題が無いかを確認するために提案した。キラはその提案に頷き、すぐに杖から3本の魔力の鞭を出した。


「特に問題はないね……」


 媒体への魔力の伝達からの発動。そこには何ら無駄な動きは存在しなかった。キラが杖と過ごした時間の長さを感じられる見事なものだった。


「ムガはどう思う? 遅いと思う?」


 葦原はその質問に正直に答えずに、言葉と動きで回答をした。


「だからその~……よく、最短距離でとか、最小の動きでなんていうけど、それよりも、しようとする動きというのが邪魔になるわけ。だから……」


 一瞬だけ葦原の腰の前あたりがギラリと光った。


「見えた?」


 キラは口を半開きにさせながら首を横に振った。葦原がしていた動きは抜刀、逆袈裟斬り、納刀の3つの動きだった。


「それはよかった。吉良殿が見えなかったということは、今の動きが自然だったということ。だから、なんて言ったらいいんだろうか。その~……」


 エルフと侍による野外での活動はまだ少しだけ続きそうであった。

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