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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 山の章
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68 巨人の国

 

 ブルークレーターの中心に立つと真っ青な氷の斜面に巨大な顔の造形が浮かび上がった。大きさこそ違えど、その顔は我々人類とほとんど同じ作りをしていた。


「こんにちわ。大賢者御一行様ですね?」


 氷の顔が私たちに向かって喋りかけてきた。表情は人懐っこい笑顔だったが、口調は感情も抑揚もない事務的なものだった。


「こんちわ~。一人急病で欠席してるけど、それでも大丈夫かな?」


 魔法族の代表者である大賢者が氷の顔に応対した。こちらに関しては敬語の使えない欠陥人間であり、感情の起伏だけは人一倍激しい面倒な人物でもあった。


「問題ありません。それよりも、その方のお身体の具合はいかがですか?」

「心配には及ばんよ。症状は軽いもので、万が一の事を考えて休ませただけさ」

「そうでしたか。養生なさってください」

「ありがとう」

「それでは参りましょう」


 巨大な顔と大賢者の会話が終わると突然身体が浮遊したかのような感覚に陥った。それまで見ていた青一面の景色は消え去り、足元の氷床が円形に切り抜かれて地中深くに沈み込んだ。


「巨人族は魔法が使えない。おそらく機械仕掛けの昇降装置だろう。動力についてはよく知らん。気分は大丈夫か?」


 大賢者が情報をいっぺんに吐き出しながら私を気遣った。


「……なんとか大丈夫です。いきなりで驚きました」


 すぐ近くにいたピィちゃんは縦に揺れてリズムを取っていた。どうやら降下によってもたらされた浮遊感を楽しんでいるらしい。頭上を見上げると、遥か遠くに闇夜に浮かぶ満月のような円形の穴が確認できた。穴から漏れる地上の光を見て、私は少しだけ現実感を失った。


 床の氷床が光源となっているのだろうか。地中にいるにもかかわらず、暗さを感じなかった。周囲は暗褐色の土のような壁面が水の様に流れていた。私は海底の大穴のことを思い出し、巨人たちの住まう場所について大賢者に尋ねた。


「巨人たちも地底世界に?」

「んにゃ。行けば分かるが……いや、どっちにしても理解は出来んかも。なにせ俺自身が未だに原理をよくわかってない」


 彼の言葉は私に不安と期待を同時にもたらした。


 流れていた壁面はすぐに止まった。身体の浮遊感は消失し、代わりに両足が支える重さを拒否するかのような気だるさをみせた。


「着いた。それじゃあ、行こうか」

「思ったよりも、早いんですね」


 眼前には一本のだだっ広い通路だけがあった。歩き出す前に再び頭上を見上げたが、そこには暗闇しか存在しなかった。地上からここまでの距離をなんとなく推し量ることができた。


「巨人ってやつは、せっかちなのかもな」


 お前が言うな、という思いは口から出さなかった。私のことを待っていた大賢者とピィちゃんが歩き出し、後に続いた。


 その場所は洞窟というよりも、切り出された石でできた建造物だった。通路の先は大きな四角い空間が広がっていた。壁や柱には一切装飾がなされておらず、シミひとつさえも見当たらなかった。空間の壁面にはそれぞれアーチ状の出入り口が1つずつあり、どれもが通路へと繋がっているようだったが、大賢者はよそ見もせずに真っすぐ前のアーチを目指して進んだ。


「さて。ここから結構歩くんだ。どうする? 巨人の歴史でも説明しようか?」


 堪え性のない男は颯爽と口を開いた。私の返答は決まりきったものだった。


「お願いします」

「よ~し」


 歩くペースを気持ち緩めながら、大賢者先生様は機嫌よく講義を始めた。


「時代は『神と悪魔の最終戦争』にまで遡る」


『神と悪魔の最終戦争』とは、我々魔法族が誕生する前の『神話の時代』と呼ばれる太古の年代に起こったとされることだ。この時代に使われていたとされる魔法について、魔法界では『古代魔法』と呼称する。


「巨人もその戦いに参戦した」

「どちらの側で?」

「両方」


 そんなことがあり得るのだろうか。私は懐疑的な目を大賢者の背中に向けた。おそらく背中に目がついている彼は振り返って私と目を合わせた。


「いい目だ。おそらくその頃、地上に生きとし生けるものたちは皆、そんな目をして戦いの行方を見守っていたのかもしれない」

「両方っていうのは、どういった経緯でそうなったのでしょうか?」

「単純に悪魔が創った巨人と神が創った巨人。それぞれが自分たちの創造主の元についたってことだ」

「へぇ……」

「悪魔側の巨人というのは非常に破壊的であったとされ、神側の巨人というのはほとんど神に近い働きをしていたとされている」

「神に近い働き?」

「うん。傷ついた大地を修復する力を持っていたらしい」

「そうだったんですか……」


 悲惨な結末を迎えることを知っている私は、何とも言えない気分になった。


「最終戦争の結果はご存じのとおり。そこから静寂の時代が続き、外から新たなる神がやってきた。その神は生命を創りなおし、そこで自分に似せた分身も創り出した。これがいわゆる俺たちの言う巨人族。今から会いに行くのがその末裔。最も原始的な種族であり、新たなる神に近しい存在だ」

「神……」


 重々しい言葉を聞かされ、忘れていた緊張がまたしても沸き上がってきた。


「そんなに固くならなくても大丈夫だって。気の良い連中なんだから。さて、講義は終わりだ。一人1000カナダドルだよ?」

「……お高いですね?」


 大賢者の不敵な笑いで私はなんとか精神の安定を保った。



 しばらくの間は真っすぐ進み続けた。何もない四角い空間と通路を何度も経由すると、今度は巨大な扉に突き当たり、そこで立ち止まることになった。


「こんちわ~。大賢者ですぅ~。また来ました~」


 大賢者がお決まりの挨拶を扉に向かってすると、その扉は音も立てずに消失した。扉があった場所にはさらなる通路が続いていた。


「ここを越えたら、門番がいる。お前たちだったら大丈夫だろうけど、失礼のないように」


 地上で見たあの大きな顔は門番とはまた違う存在だったのか。私は気を引き締め直し、大賢者の注意に黙って頷いた。


 最期の通路を越えると、薄暗い巨大な部屋に出た。部屋は半円状で、中心にはピラミッドが逆さになったような真っ黒なオブジェクトが置かれていた。


「なんですか、あれ?」

「大賢者もお手上げシリーズのひとつだな。ただの芸術作品かもしれんし、世界の気候や地殻を滅茶苦茶にする装置かもしれん」

「えぇ……?」

「そんなに心配するなって。巨人族は人間よりもずっと温厚で知的な種族だ」

「……えぇ?」


 恐怖と困惑で言葉を探す努力を怠った。そんな私の事など構わず、大賢者は顔を近づけてきて声を潜めた。


「俺たち人間は踊らされてるのよ。巨人族自身が流布した、従来の定説ってやつに。俺もガキの頃からおかしいとは思ってたんだよ。だってそうだろ? ちっちぇえ犬は誰彼構わずキャンキャン吠えるのに、デカい犬はどっしり構えてて穏やかじゃないか」

「そういうものですかねぇ……?」


 犬と比べるのはいかがなものかとは思った。それに、それってただの飼い主側の躾の問題じゃないだろうか。


「そういうこと。さあ、行こう……あれ、どれだっけな?」


 ここに来て、大賢者は迷いを見せた。見ると、弧を描く壁際には全部で13個の球体が等間隔で並び、宙に浮かんでいた。


「すいませ~ん。ど忘れしちゃったみたいで。どれだったっけ?」


 大賢者の情けないため口の呼びかけが部屋にこだました。すると、右から5つ目にある球体の近くの壁面に巨大な人影が浮かび上がった。


「サンキュー!!」


 私たちは影が待ち構える球体の前まで歩を進めた。球体は胸に抱くとちょうど収まりそうなくらいの、人間の赤ん坊ほどの大きさで灰色に近い色を放っていた。


「話はモザークから伺っております。ようこそいらっしゃいました。大賢者御一行様」


 湾曲した壁面に映し出された巨大な人影が喋り出した。驚いた私は声をあげそうになったが、何とかこらえて相手に失礼にならない態度を貫き通した。


「それじゃあ、お邪魔しま~す」


 大賢者が私に目配せをしてきた。


「お邪魔します」

「ピィッ」


 私たちの挨拶を聞き届けると大賢者は小さくうなずき、次は目の前の球体に手を伸ばすように身振りで知らせてきた。こわごわと手を伸ばし球体に触れると、視界が一瞬だけ横に引き伸ばされてすぐに縮んだ。


「ようこそ、巨人の国へ」


 無機質な声が脳内に響いた。


「あの……」


 さっきまで見えていた部屋の様相と今現在見えている風景のあまりの変貌ぶりに、私は不安になって大賢者に呼びかけた。


「巨人の国へようこそ」


 巨大なネオンサインが輝く夜の大都会を背景に、大賢者がにこやかに挨拶を繰り返した。

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