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無頼の魔女イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 山の章
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65 不殺の必殺剣

 

 アシハラに技を伝授した大賢者は満足した様子で今夜の新メンバー歓迎会のための買い出しへ行った。私たちはテント内の快適な暮らしの空間でその帰りを待っていた。


 昼寝を終えたピィちゃんとの初対面の時は笑顔でいたアシハラだったが、今は床に座って一点を見つめ思い悩むような表情を浮かべている。それもそのはず、屋内へ入ってもなお、キラがアシハラのことを執拗に責め続けていたからであった。


「……吉良殿、あまり左の乳首ばかりを弄らないでいただけますか?」


 キラとの激しい雪遊びを終えてから、アシハラはずっと半裸の状態を維持していた。彼は着替えることもなく大賢者の技を習得し、テントの中に入っても上半身は裸同然の格好のままでいた。


「デュフフフフ。うるせぇ。お前はもう私に絶対服従だ」


 アシハラの気を引きたくてしょうがないキラは該当箇所をつねったり、毛を引っ張ったり、相手が無抵抗な事をいいことにやりたい放題していた。


「キラ、そんな遊びはやめなさい。アシハラさんも早く着替えてきてください」

「失礼いたしました。すぐに」


 これで万時が解決したかと思われたが、着替えを済ませリビングへと戻ってきてもなお、アシハラは表情を曇らせていた。それがキラの悪ふざけによってもたらされたものではなかったことに気が付いた私は、直接本人にその理由について尋ねてみることにした。


「アシハラさん。ずっと浮かない顔をしていらっしゃいますけど、どうかされたんですか?」

「……イシュタル殿には、先ほどの技はどのように見えましたかな?」


 先ほどの技というのは『不殺の必殺剣』とかいう、大賢者の独特な、言ってしまえばバカが考えたみたいなネーミングセンスの、それでも技自体はすごく難しい技術を使った剣技のことだ。非常に難易度の高いこの技をアシハラは10分とかからずに覚えてしまった。


「ドレイン斬りの事ですよね? 相手の魔力だけを奪って命までは奪わない、素晴らしい技だと思います」

「たしかに素晴らしい技です。しかし使い方を誤れば、恐ろしいまでに効率の良い殺しの技となります」

「殺し?」

「はい。短時間で急激に魔力を失った人間はどうなりますか?」

「あ……」


 日常生活を送っている上で遭遇することの少ないケースだが、稀にそういった事故が起きることがある。アシハラの言う状況に陥った人間は意識を失い、最悪の場合死に至る。私はそのことを思い出した。


「お気づきになられましたか。もし、俺が相手の魔力の致死量を見極めることを怠れば、あの技は簡単に死をもたらす殺人剣になります」

「じゃあ、不殺の必殺剣っていうのは……」


 アシハラは重々しくうなずいた。不殺でもあり必殺でもある表裏一体の狂気の技。最初に聞いた時はバカみたいな名前の技だと思ったが、それは本当に言葉通りの意味だった。


 私が今更ドレイン斬りの本当の性質を理解すると、アシハラはさらなる腹の内を明かした。


「何よりも怖ろしいと感じたのは、惜しげもなくそんな危険な技を俺に教えたレオナルド殿です。茨斬りと併用すれば、間違いなく確殺の技が生まれる。すぐにそのことを考えました。しかし、レオナルド殿はその確殺の技に対抗する(すべ)を持ち合わせているのでしょう。でなければ、今日会ったばかりのこんな危険な技を得た男と大切な腹心たちを一緒に残して、一人で買い物に行ったりはなさらない。44年の人生で、初めて人間相手に恐怖を感じました……」


 アシハラの言っている事のほとんどは、というか全て合っていると思う。それでも私は彼に少しだけ、大賢者という生き物を理解してもらいたい気持ちが湧いてきていた。


「……少しだけ違うと思います」

「え?」


 アシハラは当然の反応を示した。切り口としては何でもよかった私はそのまま自分の思いを言葉にした。


「うまく言えないんですけど……そうは見えないかもしれないけど、あの人は意外と細かく、きちんと人の事を見ています。それはアシハラさんについても例外ではなくて、なんというか……あの技の事について、それだけ真剣に思い悩むアシハラさんの姿を見て、彼は信頼して出かけて行ったんだと思います」


 アシハラの異変にしてもそうなのだが、私が気付いて大賢者が気付かないなんていう事は基本的に無い。もしかしたら私が茶番劇だと思ったあの面接にも、本当はちゃんとした意味があったのかもしれない。そう考えると、それが自然なような気がしてきた。


「すいません。感情だけで喋ってしまいました」

「いえ……それだけ信頼の篤い御方という事ですな?」


 アシハラは私の分かり辛かったであろう説明を聞いてニヤリと笑った。


「もぉ~!! カッコつけた喋り方するなよぉ~!! マカロンとか言ってた時の喋り方に戻せよぉ~!!」


 突然キラが割って入ってきた。彼女はアシハラの胸ぐらを掴んで体を揺すろうとしたが、体重に差がありすぎて自分の体の方が揺れてしまっていた。


「上下関係は大切ですから。あの時の俺の事は忘れて下さい」


 それが彼のやり方なのだろう。アシハラは愛想笑いを浮かべながら、キラを諭した。


「それをやめろっつってんだよぉ~!! つまんない!! つまんない!!」


 素足の酸いニオイを漂わせながら、キラはドタドタとその場で床を踏み鳴らした。アシハラは笑いながら困惑の表情を私の方に向けた。


「……少しずつでいいので、この子が言っているようにしてあげてください。お互いに、もう少し肩の力を抜いた関係を目指しましょう」


 自分で言っておいて何だが、大人になると中々それが難しい。しかしその方がお互いのためになることも、なんとなくわかってきてはいる。急激に変わらなくたっていいのだ。なにせ、旅はまだまだ続くのだから。


「吉良殿のみならず、イシュタル殿までがそう言われるのであれば、甘えさせていただきます」


 アシハラは外見こそガサツな雰囲気を纏ってはいるが、内面は素直で紳士的だ。彼は私の提案を正面から受け止めてくれた。


「う~ん、まだ固いな。もっと私とお喋りしよう」

「承知」


 キラは鼻息荒く、アシハラの正面に座り込んだ。


「ムガは好きな女はいるのか? 初めてキスしたのはいつだ?」


 キラは抑えきれない思いを込めた質問をいきなり捻じり込んだ。思春期を通ってきた身からすると恥ずかしくて聞いちゃいられない。しかし、普通だったら答えなくてよい質問でも、アシハラという男は当然のように真摯に答えてしまうのだった。


「今は特別な思いを寄せる相手はいません。キスは……ずいぶん遠い昔のことです。あれは俺が15の頃でした。とある娼館の雑用として雇われていた時の事です。俺と同じ境遇にあった男色の……」

「ちょちょちょちょちょ!!!! 聞かれたからって、何でもかんでも話さないでください!!」


 なんなんだ、こいつ。バカなのか? しかも男色ってことは、相手は男? ちょっと聞きたくなってしまったじゃないか。


「やはりまずかったですか? すいません」


 わかっててやったのか。尚更質が悪い。


「本当にもう……気をつけてください。難しい年頃なんですから」

「なんでぇ~? 聞かせてくれよぉ~!!」

「キラの背が、もう少しだけ伸びたらね?」

「だ、そうです。なぁに、あっという間にそうなります。続きはその時に」

「なんだよ!! ふんっ!!」


 キラはそっぽを向いて可愛くむくれた。


「……ところで、アシハラさんはお酒は飲まれますか?」

「嗜む程度ならば」

「そうですか。それは良かった。今夜にでもあの人と三人で晩酌をしましょう」

「誰かと酒を飲むなんて事は久しぶりだ。楽しみです」


 それはこちらの台詞だ。キラには悪いけど、大人というものは汚いのだ。私は男色の話の詳細を晩酌の時に聞くことを心に決めていた。





 いつもより少しばかり遅く、大賢者は買い出しから帰って来た。歓迎パーティーを兼ねた夕食のメニューはマグロポキ丼とおでんだった。大賢者が日本人であるアシハラのために自分の苦手な生魚を使った料理を選んだ心意気に、私は静かに感激した。


 5人で土鍋を囲んでの夕食が始まった。最初の話題はマグロポキ丼のアボカドいるいらない論争から始まり、そこからアシハラの好きな食べ物やおすすめの日本料理の事などへと発展していった。キラについては、アシハラの好きな女性のタイプだとか、デートで行きたい場所だとか、自分から告白するタイプかどうかだとか、そういった質問ばかりをしていた。やがて話題も少なくなってくると、話は『巨人の里』についてのことになっていった。


「ダメだ、そんなの!! 」

「と、言われてもだなぁ。もう4人で予約取っちゃったからさ?」


 アシハラの合流を計算に入れていなかった大賢者は、明日の巨人の里への訪問を4人でするという約束を先方と交わしてきたらしい。そのことについてキラが猛反発していた。


「ムガ、いきなりで悪いけど、明日の留守を頼めるか?」

「仰せの通りに」

「ダメだ!!」

「キラ……?」


 普段聞き分けの良いキラが、これほどまでに激しく抵抗する姿勢を見せたのは初めての事だった。私は大賢者と目を合わせて、事態を丸く収められないか、聞くだけ聞いてみた。


「何とかなりませんか?」

「ん~……今回ばかりは相手があっての話だからなぁ。急なアクシデントとかで予定よりも人数が減るのは問題ないだろうが、特に理由もないのに人数が増えるのは大問題だ」

「それはまた、どうして?」

「タルさん? 趣味での訪問とはいえ、俺は大賢者ですよ? 形としては異種族交際という名の公務になるわけ。いきなり約束事を破って、向こう側の心象を損ねるのはあまりよろしくない」


 そういう事か。それはどうしようもない事だ。問題はキラがその理由を理解して、納得してくれるかどうかになってくる。


「というわけでキラ、お前の大好きなオジサンは明日はここでお休みです。お前もそろそろお休みしたらどうだ? 今日は色々あって疲れただろう?」

「……」


 キラは大賢者の事を無視した。


「雪山に入って、寒くなってきたし、風邪でも引いたら、大変だ。歯ぁ磨いて、風呂入って、温かくして、今日という日を、よ~く振り返って、おやすみなさい?」

「……??」


 大賢者は気味が悪いほど丁寧に、ゆっくりとした口調でキラに語りかけた。戸惑った表情を浮かべながらも彼女はしぶしぶといった様子でその場を離れた。


「タル、ゼノがもう寝てる!! こいつ、雪山苦手なんじゃないか!? ついでにベッドに寝かせてやってきてくれ!!」

「はぁ……」


 少しだけ騒動を起こしながらも、その日の夜は更けていった。ピィちゃんをベッドに寝かせ、食卓に戻った私はアシハラの熱い思い出話を聞くと、そのことはすっかりと頭の中から消え去っていた。

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